テーブルに3人分の代金を置いて行ってしまった煉を、仁と樹はケーキを頬張りながら見送る。何を言うでもなく、樹はケーキのおかわりを取りに行き、仁はスマホを弄りながらそれを待つ。
樹が満足するまで小一時間、仁はコーヒーを啜りながら樹の話を聞き続けた。煉への不満や、湊の愛らしさについて語る樹。仁は、時々相槌を入れながらテキトーに聞いている。
「なぁ、聞いてんの?」
「んぇ? あぁ、聞いてる聞いてる。湊きゅんが可愛いんっしょ?」
「聞いてねぇじゃん! それ常識だし。だからさぁ、湊が俺を要らばなかった理由って何だろうってハナシ!」
レモンティーをストローでくるくる混ぜ、時々意地悪をする様にレモンを沈めて言う樹。
「んじゃ真面目なハナシね。湊きゅんの中で、お前は幼馴染から抜けれなかったんじゃない? 知らんけど」
仁は、飲まずに混ぜ続ける樹の手を、そっと持って止めた。
「てかさぁ、混ぜんのもうやめな? レモン崩壊してんじゃん。きったね」
そう言われて、樹はレモンティーに視線を落とす。
「うわ、キモ。····仁」
「ん?」
「あげる」
樹は、グラスを支えていた手をそっと押し出し、レモンの果肉がバラけ散って濁ったレモンティーを差し出した。
「要らねーわ!」
仁の嫌悪感が漂う顔を見て、ふっと笑った樹。それを見て、仁は少し安心したように表情を緩める。
「なぁ、ナンパしに行ってみる? 俺、可愛い男の子見つけんの得意よ?」
「知ってるって。けど、俺お前みたいに可愛い男が好きとかそういうんじゃないんだよ」
「分かってるよ。樹は湊きゅんだから好きなんでしょ。でもさ、そうやってウジウジしててもじゃん?」
「それは····」
悩む樹へ、あれやこれやと甘い誘い文句を流し込む仁。女子力にまみれたファンシーな空気に耐えられず、一刻も早く可愛い男の子を摂取したいだけだとは、口が裂けても言えない。
「今日だけは湊きゅんのことは忘れてさ、パーっと遊ぼ? 気晴らし大事!」
「うー··それはそうだろうけど····」
あと一歩、押せば首を縦に振りそうな樹。
(っしゃ! もうひと押しな感じ? マ~ジで早くここ出たいんだよね)
女性ばかりの空間に居るのが、限界値を超えていた仁。一刻も早く店を出ないと、気が狂いそうだと急いていた。
「俺、樹のしょぼくれた顔見てんのツラいんだよね。ちょっとでも元気になってほしくてさ。だから早くここ出て──」
煉の置いていった万札と伝票に手を掛ける仁。そのまま立ち上がろうとした時、意を決した表情で樹が溌剌と言う。
「俺、ナンパは行かない。仁の気持ちはありがたいけど、やっぱり湊を裏切るような事したくないんだよね」
(っだー! めんっどくせ!!)
心底ゲンナリした顔で、仁は冷たく言い放つ。
「あそぅ。んじゃ、勝手に頑張んな。俺、ナンパしてくるわ」
「え、あぁ、うん。って、おい待てよ! 一緒に出るからさ」
「なら早くしてよ。俺もうここの空気1秒もムリ。女ばっかでフワフワしてんのマジで死ぬる」
「死ぬるってなんだよ····」
最後の一口を口に詰め込み、不機嫌マックスの仁を追いかける樹。2人はあわただしく店を出て、人通りの多い通りまで出た。
ムスッとしたままの仁は、行く手に見える人集りを見て何かを察する。
「ん? あれ、煉じゃない?」
「え? あー、ぽいね。何してんだろ」
「あれ、集られてるくない?」
「んー、ぽいね~」
2人は少し悩んだ末、顔を見合わせて溜め息を吐く。仕方がないので煉を救出することにした。
往来のど真ん中で、通行人の妨げになるほどの人集りに囲まれている煉。かなり苛ついた様子で『退け!』『散れ!』と喚いている。
そこへ、仁と樹が群がる女の子を掻き分けてゆく。女嫌いの仁にとっては、かなりの苦行。それでも、困っている煉を放っておけなかったのだ。
「はーい、ごめんね。通してね」
樹は、伸びてくる無数の手から守るように、仁の手を引いて進む。怯えて表情を強張らせている仁は、ただの無口で無表情なイケメンでしかない。
事態は悪化し、あちらこちらから聞こえるシャッター音。飄々とした雰囲気のイケメンと、寡黙なイケメンが加わった空間に、群がる女子たちの興奮はさらにヒートアップする。
樹は、煉の手を掴むと、2人を引っ張り駆けだした。人にぶつかるのもお構いなしに走り抜ける。
限界まで走りきり、緑地公園にある銀杏並木に身を隠した。
「こんだけ離れたら、流石に、撒けたよな」
2人の手を離し、息を切らせて言う樹。
「すーっげぇ走ったね。走る靴じゃねぇっつの」
お洒落なスニーカーを履いた足を上げ、仁が言う。
「それな。つぅか最近走ってばっかなんだけど」
湊を連れて走ったことを思い出しながら、煉はふはっと笑って言った。
「あー、なんか走ったらスッキリした!」
そう言って、樹は柵を超えると木と木の間にトサッと倒れ込んだ。黄色や赤茶の落ち葉がふわっと舞う。
「それ気持ち良さそ~」
仁が樹に続いて隣に寝転がる。しょうがねぇなと顔に書いて、柵を超えてきた煉。
3人は並んで落ち葉のカーペットに横たわり、冬の澄んだ晴空を見上げた。
「俺さ、湊が好き」
唐突な告白に、煉と仁は『知ってる』と声を揃える。
「俺もさ、湊とえっちシたい」
「あ? 一生ムリだわ」
「あはは。ムリそー」
「何とでも言えよ。俺は諦めねぇから」
「無理矢理とか襲ったら殺す」
「合意じゃねぇとヤらねぇよ」
3人は、空を眺めたまま乾いた会話を続ける。
「諦めろとは言わねぇけど。俺、年明けたら1人暮らしすっから。んで、ゆくゆくは湊と住む」
「勝手な妄想やめてください~」
どうせ煉の思い描く独りよがりな幻想だろうと、樹は高を括って返した。