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第77話 仲は悪くない王子たち


 テーブルに3人分の代金を置いて行ってしまった煉を、仁と樹はケーキを頬張りながら見送る。何を言うでもなく、樹はケーキのおかわりを取りに行き、仁はスマホを弄りながらそれを待つ。


 樹が満足するまで小一時間、仁はコーヒーを啜りながら樹の話を聞き続けた。煉への不満や、湊の愛らしさについて語る樹。仁は、時々相槌を入れながらテキトーに聞いている。


「なぁ、聞いてんの?」

「んぇ? あぁ、聞いてる聞いてる。湊きゅんが可愛いんっしょ?」

「聞いてねぇじゃん! それ常識だし。だからさぁ、湊が俺を要らばなかった理由って何だろうってハナシ!」


 レモンティーをストローでくるくる混ぜ、時々意地悪をする様にレモンを沈めて言う樹。


「んじゃ真面目なハナシね。湊きゅんの中で、お前は幼馴染から抜けれなかったんじゃない? 知らんけど」


 仁は、飲まずに混ぜ続ける樹の手を、そっと持って止めた。


「てかさぁ、混ぜんのもうやめな? レモン崩壊してんじゃん。きったね」


 そう言われて、樹はレモンティーに視線を落とす。


「うわ、キモ。····仁」

「ん?」

「あげる」


 樹は、グラスを支えていた手をそっと押し出し、レモンの果肉がバラけ散って濁ったレモンティーを差し出した。


「要らねーわ!」


 仁の嫌悪感が漂う顔を見て、ふっと笑った樹。それを見て、仁は少し安心したように表情を緩める。


「なぁ、ナンパしに行ってみる? 俺、可愛い男の子見つけんの得意よ?」

「知ってるって。けど、俺お前みたいに可愛い男が好きとかそういうんじゃないんだよ」

「分かってるよ。樹は湊きゅんだから好きなんでしょ。でもさ、そうやってウジウジしててもじゃん?」

「それは····」


 悩む樹へ、あれやこれやと甘い誘い文句を流し込む仁。女子力にまみれたファンシーな空気に耐えられず、一刻も早く可愛い男の子を摂取したいだけだとは、口が裂けても言えない。


「今日だけは湊きゅんのことは忘れてさ、パーっと遊ぼ? 気晴らし大事!」

「うー··それはそうだろうけど····」


 あと一歩、押せば首を縦に振りそうな樹。


(っしゃ! もうひと押しな感じ? マ~ジで早くここ出たいんだよね)


 女性ばかりの空間に居るのが、限界値を超えていた仁。一刻も早く店を出ないと、気が狂いそうだと急いていた。


「俺、樹のしょぼくれた顔見てんのツラいんだよね。ちょっとでも元気になってほしくてさ。だから早くここ出て──」


 煉の置いていった万札と伝票に手を掛ける仁。そのまま立ち上がろうとした時、意を決した表情で樹が溌剌と言う。


「俺、ナンパは行かない。仁の気持ちはありがたいけど、やっぱり湊を裏切るような事したくないんだよね」


(っだー! めんっどくせ!!)


 心底ゲンナリした顔で、仁は冷たく言い放つ。


「あそぅ。んじゃ、勝手に頑張んな。俺、ナンパしてくるわ」

「え、あぁ、うん。って、おい待てよ! 一緒に出るからさ」

「なら早くしてよ。俺もうここの空気1秒もムリ。女ばっかでフワフワしてんのマジで死ぬる」

「死ぬるってなんだよ····」


 最後の一口を口に詰め込み、不機嫌マックスの仁を追いかける樹。2人はあわただしく店を出て、人通りの多い通りまで出た。

 ムスッとしたままの仁は、行く手に見える人集りを見て何かを察する。


「ん? あれ、煉じゃない?」

「え? あー、ぽいね。何してんだろ」

「あれ、集られてるくない?」

「んー、ぽいね~」


 2人は少し悩んだ末、顔を見合わせて溜め息を吐く。仕方がないので煉を救出することにした。


 往来のど真ん中で、通行人の妨げになるほどの人集りに囲まれている煉。かなり苛ついた様子で『退け!』『散れ!』と喚いている。

 そこへ、仁と樹が群がる女の子を掻き分けてゆく。女嫌いの仁にとっては、かなりの苦行。それでも、困っている煉を放っておけなかったのだ。


「はーい、ごめんね。通してね」


 樹は、伸びてくる無数の手から守るように、仁の手を引いて進む。怯えて表情を強張らせている仁は、ただの無口で無表情なイケメンでしかない。

 事態は悪化し、あちらこちらから聞こえるシャッター音。飄々とした雰囲気のイケメンと、寡黙なイケメンが加わった空間に、群がる女子たちの興奮はさらにヒートアップする。

 樹は、煉の手を掴むと、2人を引っ張り駆けだした。人にぶつかるのもお構いなしに走り抜ける。



 限界まで走りきり、緑地公園にある銀杏並木に身を隠した。


「こんだけ離れたら、流石に、撒けたよな」


 2人の手を離し、息を切らせて言う樹。


「すーっげぇ走ったね。走る靴じゃねぇっつの」


 お洒落なスニーカーを履いた足を上げ、仁が言う。


「それな。つぅか最近走ってばっかなんだけど」


 湊を連れて走ったことを思い出しながら、煉はふはっと笑って言った。


「あー、なんか走ったらスッキリした!」


 そう言って、樹は柵を超えると木と木の間にトサッと倒れ込んだ。黄色や赤茶の落ち葉がふわっと舞う。


「それ気持ち良さそ~」


 仁が樹に続いて隣に寝転がる。しょうがねぇなと顔に書いて、柵を超えてきた煉。

 3人は並んで落ち葉のカーペットに横たわり、冬の澄んだ晴空を見上げた。


「俺さ、湊が好き」


 唐突な告白に、煉と仁は『知ってる』と声を揃える。


「俺もさ、湊とえっちシたい」

「あ? 一生ムリだわ」

「あはは。ムリそー」

「何とでも言えよ。俺は諦めねぇから」

「無理矢理とか襲ったら殺す」

「合意じゃねぇとヤらねぇよ」


 3人は、空を眺めたまま乾いた会話を続ける。


「諦めろとは言わねぇけど。俺、年明けたら1人暮らしすっから。んで、ゆくゆくは湊と住む」

「勝手な妄想やめてください~」


 どうせ煉の思い描く独りよがりな幻想だろうと、樹は高を括って返した。



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