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第59話 ジンクスの行方


 丸めたパンフレットをギュッと握り締め、煉への恨み言を放った樹。

 湊の首をタラリと垂れる汗が、花火に照らされてキラッと光る。そして、重い空気が静かに3人を包んだ。


「い、樹····?」

「そうだよー、樹くんだよー。ホンッッット、樹くんでよかったねぇ」


 嫌味ったらしく言う樹に、なんの事やらと首を傾げる湊。数秒後、その真意を理解した湊は、慌てて覆いかぶさっている煉を突き飛ばした。


 不意打ちをくらった煉は、バランスを崩して横に崩れ落ちる。


「ってぇ····」

「わぁぁっ! ごめん、煉。僕、焦っちゃって····」

「はぁ··、いーよ。邪魔した樹がわりぃんだし」

「おいこら違うでしょが。こんなトコでイチャついてるお前らが悪いんだろ。なんなら純情可憐な湊を襲ってる煉が悪い」

「だ、誰が純情可憐なのさ! 樹が思ってるほど、僕だって純情じゃないんだからね!」

「ふふっ、可憐はいいんだ。··ふぅ····湊はまだまだ純情だよ」


 ぽそりと呟いた樹。そんな事はさて置きと、樹はここへ来た経緯を説明し始める。

 もっと騒ぐと思っただけに、湊は拍子抜けしてしまった。


 樹は、仁を引っ張りまわし湊と煉を探していたが、結局見つけられずに文化祭が終わってしまった。あれよあれよと後夜祭が始まり、湊と花火を見ているだろうと思った樹はここまでやって来たのだと言う。


「──って感じでさ、俺らも女子に囲まれたりで大変だったんだよね。で、やっと抜けれたと思ったらこんな時間じゃん? ワンチャン、ジンクスやってるかもと思って穂月に聞いたら··ビンゴ。隠しもしないで教えてくれたよ」


 それから、仁が屋上まで一緒に来ると言うのを阻んだのだから褒めろと言って、樹はパンフレットで煉の頭をもう一発叩いて怒りを発散した。


「ってぇぇ····あーくそっ! あの野郎、暫くクチ聞いてやんねぇ····」

「そういや穂月、なんか機嫌良かったんだよね。珍しく俺からの電話もすぐ出たし。··てか、マジでジンクスやったんだ?」

「う····そんな事聞かないでよ。バカ樹」


 湊が顔を逸らして言った直後。ふわっと湊の顔を覗き込んだ樹が、湊の後頭部を優しく持って唇を奪った。

 パラパラと散ってゆく火花が、大きく見開かれた湊の瞳に映るのを、樹は目を細めて見ていた。


「え····」

「は?」

「好きだよ、湊。あーあ··、ジンクス、2人のじゃなくなったね。俺と煉、運命はどっちと湊を結んでくれるかなぁ♡」


 そう言ってニコッと笑った樹の頬を、煉が力一杯殴った。ドシャッと勢いよく倒れ込む樹。


「お前、何してんの? 俺のだつったよな?」


 冷ややかに樹を見下ろし、静かに言葉を落とす煉。頬を押さえて起き上がった樹は、対抗して煽るように言葉を返す。


「知らねぇよ。遠慮しないって言っただろ。油断してるほうが悪いんじゃない?」

「あ゙ぁ? 死ぬ覚悟できてんだろうなテメェ。勝手な事ばっか言ってんじゃねーぞ。つぅか、ンな事して困んのは湊だろうが」

「だね。まぁでも困ればいいんだよ。俺がどんだけ湊のこと好きで、どんだけ俺のモノにしたいか。煉にとられて俺がどんだけ傷ついてるか。湊には知ってほしい」

「珍しく利己的だな。それこそ知らねぇけどな。ンなくだんねぇ理由で湊を困らせんなら、俺が許さねぇかんな」

「本来の俺はこんなクソみたいな奴なんだよ。湊に嫌われないようにカッコつけてただけだし。つぅか別に、煉に許されなくたって痛くも痒くもないけど」


 これまで顔を覗かせた事もなかった樹の意外な一面に、そして、不意打ちで衝撃的な一連の出来事に、湊は酷く困惑していた。


「だから··さ、ねぇ湊、そんな泣きそうな顔しないでよ。ごめんね、怖かった?」

「····うん」

「俺のこと、もうちょっと男として意識してほしいだけなんだ。··、それでいいから····」

「そんなの····」


 樹は、悲しそうな表情を見せて湊に言った。付け加えて『勝手な事ばっか言ってごめんね。嫌いにならないで』と、瞳を潤ませて言う樹。

 そんな樹を、湊は責める事などできなかった。煉に駆け寄った湊は、煉の腕をキュッと抱き締めて言う。


「キス、されてごめんね。もう一回、シていい?」

「樹が見てんぞ。いいのか?」

「なんで今はそれ聞くの? あんな所でシといてさ」


 湊は煉に縋るように、煉は湊を宥めるように、甘いキスを樹に見せつけた。

 いつの間にか花火は終わっていたが、2人はジンクスを上書きしたかったのだろう、キスをしながら互いを慰める様にギュッと抱き合った。


 湊の、煉に惹き込まれている顔を見ていられなかった樹。苦い顔を見られまいと、平気なふりをしてそっぽを向く。

 そこへ、穂月が仁を連れて屋上へ出てきた。花火が終わり、そろそろ下校しなければいけないと促しに来たのだ。

 湊と煉は、慌てて距離をとる。


「あらやだ、樹くんのイケメンが台無しじゃない」


 樹の顔を見て、驚きと揶揄いを交えて言う穂月。


「え? うわっ、マジで!? どうしたんだよ、誰にやられ…えっ、もしかして煉がやったの? なんだよ、喧嘩?」


 煉以外に思い当たる犯人などおらず、仁は騒がしく煉を問い詰めた。


「うーっるせぇな。自業自得なんだよ」

「えー…もうちょい説明してくれても良くない? てかさ、俺察しちゃったんだけど、煉と湊きゅんってもしかしてそーゆー関係?」

「チッ····この中で知らないの仁くんだけよ」


 小さな舌打ちを零し、穂月が面倒そうな口調で言った。さらに騒がしくなった仁は、聞いてもいないのにその推察に至った理由を語り始める。


「樹と2人で湊きゅん探し回ってる時にさ、煉とあの美少女がキスしてたって女子が騒いでんの聞いたんだよね。そしたら、樹が血相変えて穂月探し出してさ。樹が必死ンなんのって湊きゅんの事くらいでしょ? んでぇ、さっき煉と湊きゅんがバッて離れたの見えちゃって··って、あれ? じゃぁ、あの美少女と二股って事? ヤバくない? あーもうわけ分かんね····。つぅか、俺全然文化祭楽しめてないんだけど~」


 1人で延々と喋り倒した仁。その場の全員が怠そうな表情を隠そうともせず、極めつけに穂月が仁へ言葉を投げつける。


「結局何が言いたいのよアンタ。ホント、清々しいくらいバカ丸出しよね」


 穂月の言葉にギャーギャーと喚いて反論する仁。ともあれ、事の経緯を説明しなさいと穂月に促され、煉が渋々あらましを話すのだった。



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