文化祭は終盤を迎え、残すところ後夜祭の花火だけとなった。月宮祭の名物でもあるこれには、ありふれたジンクスが存在する。
後夜祭の花火が打ち上がっている間に、キスを交わして想いを伝えれば
非科学的なものなど信じない煉は、そんなジンクスを信じているわけでもなく、それに頼りたいわけでもない。だが、元の制服に着替えさせた湊を連れ、施錠されているはずの屋上で花火が始まるのを待っていた。
「屋上に出るの初めてだぁ」
湊がネットフェンスに手を掛けた拍子にガシャンと揺れる。ぶぉっと吹く風に髪を乱し、朱色と紺の混じった空の紫を眺めて言った。
煉は、湊の隣に立つとフェンスに指を掛け、校庭に群がる生徒たちを見下ろして言う。
「普段は施錠されてっからな。お前が着替えてる間に、穂月呼び出して鍵ゲットしたんだよ」
「へぇ。穂月さんって、なんだかんだ煉に甘いんだね」
「まぁな。······あの後、穂月から何か聞いた?」
あの後とは、煉が劇の為に湊を穂月に預けた時の事だ。
「ううん、なんだか聞ける雰囲気じゃなくて····」
「ならよかった。今度、俺から話す」
あの瞬間は決心がつかなかった煉。けれど、穂月の口から知らされるよりはと思い、自分から話しておこうと思ったのだ。
覚悟を決めた煉の横顔に、湊は見惚れて頷くのを忘れてしまった。
「文化祭、思ってたよか悪くなかったな」
「うん、そうだね。煉のカッコイイ王子様も見れたし」
「今日のが1番だった?」
「んーっとね····、ううん。僕を姫扱いしてる時のほうがノッてた」
「そりゃそーだわ。誰の王子だと思ってんだよ」
キザなセリフを吐き、湊の頬にキスをする煉。照れる湊を見て微笑む。
「俺は、お前の女装見れたんが最高でした」
「え、なんで敬語なの? なんか煉って、蒼の事になると急にオタクっぽいよね」
「あ? フツーだわ」
「フツーってなんなの····。あ、僕はさ、学校で顔出したの初めてでね、なんか気持ち良かったっていうか··、視界が広かった!」
「ははっ、いつものモッサリ行方不明だったもんな。そりゃ同じクラスの奴でも気づかねぇわ」
「ね、本当にバレなくて良かったよ」
2人は今日一日を思い返し、予想外の濃さだったと笑った。
ベンチに座り、花火を待つ2人。校庭が騒がしくなり、煉はそろそろかと腕時計を見る。
「お、花火もうすぐ始まんぞ」
「もうそんな時間?」
煉の腕時計を湊がチラリと覗いた瞬間、ドンッと一発目の花火が打ち上がった。
2人は同時に花火へ視線をやり、色鮮やかに染まる空を眺める。
想像とは違う、ドタバタしっぱなしの一日だったが、2人は存分に楽しめたと感想を言い合った。湊がまさかの女装をし、樹と仁から逃げ回り、穂月とのひと悶着を経て、屋上デートまでしている。本当に濃い一日だったと、湊はまたケラケラと笑った。
花火を見上げながら話す湊を、優しい笑みを浮かべて見つめる煉。いつキスをしてやろうかとタイミングを計るが、楽しそうな湊に水を差せないでいた。
「そうだ!」
「うぉっ、··どした?」
驚く煉に構う余裕もなく、何かを思い出した湊はボケットから小さな包みを取り出し煉に見せた。
「これね、メニューにはなかったんだけど、チョコと抹茶のマーブルクッキーなんだ。甘めにしてるんだけど····食べる?」
「食う」
掌の上で包みを開け、どうぞと差し出す湊。
「んぁ····」
煉は、食わせろと言わんばかりに口を開けて待つ。湊は『仕方ないなぁ』と言って、煉にクッキーをあーんしてあげた、
「甘。これめっちゃ好き」
「んへへ、良かった。いつ渡そうかなって思ってたんだけど、もし口に合わなかったらなぁとか考えてたら渡しそびれちゃったんだよね」
照れ隠しに、にへっと笑う湊。煉はクッキーをもぐもぐしながら、早くも2枚目のクッキーに手を伸ばす。
「バーカ。お前からもらったもんなら何でも食うし、
「あははっ、何それ。僕だって美味しくないの作っちゃう事あるんだからね」
「マズくても湊に貰ったもんは
煉は湊の頬を両手で包み、視線を交わして想いを伝える。
「そんくらい、お前が好きなんだよ」
「····っ、ぼ、僕も、好きだよ。お菓子作ってる間、ずっと煉のこと考えちゃって、気づいたらこんな甘いクッキー作ってたんだからね」
花火に照らされ、互いの顔が赤く染まる。
「ふはっ··。どんだけ俺のコト好きなんだよ」
「僕からキスできできるくらい··かな」
湊は煉の胸倉を掴んで引き寄せ、背伸びをして勢い任せにキスをした。
そっと唇を離した湊は、目を丸くして驚いている煉に言う。
「あのね、僕··、煉みたいに上手くできないから、ついついされるの待っちゃうけど····。僕だって、煉にキスしたいと思ってるんだよ」
耳まで真っ赤な湊。大きな瞳でまっすぐ煉を見つめて言った。お互いに、花火の所為ではないと分かるほど頬を赤く染めている。
ここで湊に呑まれるわけにはいかないと、煉はグッと息をのみ、なんとか巻き返そうと強気に出た。
「お前、こんなトコで煽ってんじゃねぇぞ」
「んぇ?」
キョトンとする湊を、トサッと押し倒した煉。煉は、これまで抱いていた劣情を言葉にして湊の耳へ流す。
湊とシたいあんな事やこんな事を、甘く熱い吐息を絡めて語る煉。両手首を押さえられ抵抗できない湊は、顔を真っ赤にしてそれを聞くしかなかった。
そして、耳に流し込まれる甘い声と時折かかる熱い吐息に、湊の身体はどんどん熱を帯びてゆく。
湊の漏らす甘い声に、煉は驚きと戸惑いを見せる。それは、自分の知っている蒼でも湊でもなく、全く知らない新しい何かだった。
湊の身体に触れ、それに対する初心な反応を楽しむ煉。知らない湊が顔をのぞかせる度、煉はどこまでも高揚していった。
湊の声にアテられ、どんどん理性を失ってゆく煉。手を差し込んでいたシャツを捲り、胸にキスをしたり舐めたり、湊が知らぬであろう快感を与えていく。
「んぁっ··煉、なにしてるの? やぁっ、胸、擽ったいよ」
「ん··、すぐにヨくしてやっから
ぷくっと膨れた湊の乳首を、煉は舌で弾く。戸惑いながら甘い声を漏らす湊。煉が湊の股に膝を押し当て刺激する。
「れ、煉····」
「シねぇ····。最後まではシねぇから」
そう言いつつ、触れるのを辞められない煉。
だが、夢中で湊を貪る煉の頭を、分厚い月宮祭のパンフレットを丸めて叩き、強制的に止める男がいた。
「っっってぇな!
ガバッと見上げる煉。そして、恐る恐る見上げる湊。そこには、冷ややかに2人を見下ろす樹が立っていた。
「何だよじゃねぇわ。どこで盛ってんだよ。つぅか堂々と湊食ってんじゃねぇよ。マジ殺してぇんだけど」
丸めたパンフレットを、ギュッと握り締めて樹が言った。
湊の首をタラリと垂れる汗が、花火に照らされてキラッと光る。そして、重い空気が静かに3人を包んでゆく····。