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第56話 煉と穂月の秘密


「湊くん、ね。知ってるわ。ごめんなさいね、アタシ煉の親衛隊蝶だから、煉の周りをうろつくコバエはみーんな調べなくちゃなの」


 家庭の事情からアイドル活動の事まで、湊の全てを調べたと言う穂月。けれど、あの時煉が下した言いつけを守り、これまで何もアクションを起こさずにいたのだと言った。

 そして、ようやく湊の質問へ返答を始める。


「アナタの質問に答えてあげるのは簡単。でもね、アナタが嫉妬してアタシを憎んで嫌悪するような事よ。本当に聞きたいの?」

「おいっ、やめろ──」

「聞きたい。たとえ僕が傷ついたって、煉の全てを受け入れる覚悟はできるから」


 湊は、凛とした姿勢で穂月を真っ直ぐに見て行った。その目に迷いはなく、いつものオドオドした湊ではない。煉は、様子の違う湊に違和感を覚えながらも、圧倒されて何も言えずに穂月の言葉を待つ。


 煉の全てを受け入れるつもりだと言い放った湊の、その凛とした姿勢を見て、穂月は諦めたように話し始めた。


「その背中のタトゥーはね、アタシがで煉に入れてあげたの」

「え····、これを、アナタが····?」


 穂月の母・榮美えいみは、凄腕の彫師だった。

 海外で生まれ両親に捨てられた榮美は、彫師の夫婦に拾われ育てられた。養父母の仕事を覗き、幼少期から一心に腕を磨いた榮美。

 十代の頃に自らの太ももに彫った千手観音が、あまりにも美しいと評判だった。だが、ソレを職にして生きていけるほど甘くはなく、身体を売り生計を立てていた。


 そんな折、仕事で海外視察に来ていた初老の男に買われた榮美。男は榮美の美貌と腕に惚れ込み、妻子ある身でありながら孕ませた。

 恋も知らない榮美は、男を愛してなどいなかった。いやらしい目で、舐めるように自分を眺める男の視線にいつも身震いがした。自分の事は一切語らず、妻子がある事は穂月を腹に宿してから知らされた。

 榮美に執心していた男は、子を堕ろす事を決して許さなかった。そうして生まれた母そっくりの穂月を、男は我が子よりも蝶よ花よと愛でた。


 そうして、生まれた穂月。榮美は、弱々しい産声を上げた穂月を深く慈しんだ。憎い男の血など忘れ、愛を込めて幼い我が子の背中に自分と同じ千手観音を刻んだ。

 穂月の長命を願い彫った母は、病を患い長年入院している。その面倒を見ている件の男が、煉の父親である晃太郎こうたろうだ。


 煉と穂月が互いの存在を知ったのは小学生の頃。当時、既に病気を患っていた榮美に、先進技術を用いた治療を受けさせる為、穂月の養育も兼ねて、晃太郎は2人を日本に永住させようと来日させた。

 本宅とは別に居を構えた晃太郎は、そこに穂月と世話役を住まわせ、榮美も自宅で療養できるように設備を整えた。時々、穂月の遊び相手に煉をあてがったが、到底受け入れられるはずもなく、煉が穂月と馴染むことはなかった。


 一方、煉に一目惚れした穂月は、中学生の頃に想いを告げる。が、煉は穂月を拒んだ。

 けれど、家族に嫌気が差し、人生に光を見いだせていなかった煉は、不意に見てしまった穂月のタトゥーに惹かれてしまう。煉が穂月に心を許すことはなかったが、受け継いだ才能だけは認めたのだ。

 穂月が高1、煉が中3の夏。煉は、彫師を志していた穂月に、自分の背中にも美しいタトゥーを彫るよう要求した。

 煉の身体を傷つける行為は本意でなかった穂月。だが、煉の執拗さに負け、穂月はある事を条件に『救いの天使を背負わせてあげる』と言い、誰にも内緒でそれを刻み込んだ。



 穂月の話を聞く煉は、胸糞が悪いと舌打ちが止まらない。この事実を知ってから、煉は父親をゴミの様に見ている。そんな父親に性質が似ている自分を嫌うのは、煉の心が穢れていない証だと、穂月は何度も言って聞かせてきた。

 別世界の様な、まるでドラマや映画の様な生い立ちを聞き、心を痛めて言葉を失う湊。穂月はほんの僅かに気遣い、こんな話は珍しいものではないと言い放った。

 これが、あの部屋で行われていた事を話す為の、前段階であると穂月が言う。既に疲弊している湊。だが、ここでハッと思い出す。


「あっ、煉! 舞台!」

「お、やべ····」

「この話はまたあとね。じゃぁ湊くん、アタシと一緒に煉の劇観に行きましょうか」

「え?」

「テメェ、何企んでんだよ。俺がンなコト許可するとでも思ってんのか」


 湊を下がらせ庇う煉。警戒心剥き出しの煉に、穂月はやれやれと先程まで纏っていた殺気を消し、自分と行動するメリットを説明しだした。


「あのねぇ、あんな騒ぎ起こしておいて、湊くん一人で観劇してみなさい。どうなるか分かってんの? 樹くんと仁くんだってバカみたいに騒いでたじゃない。万が一、湊くんに何かあった時、舞台上の王子様に何ができて?」


 穂月のド正論に、ぐうの音も出ない2人。些か軽く考えていた湊も、あの騒動には恐怖を感じていたのは事実。しれっと観劇してやろうと企んでいた湊だが、身の危険を度外視していたと反省する。


「アタシがついてたら、そうそう手出ししてこれないでしょ。煉の、アタシが守っててあげるわよ」

「穂月さん··。でも、どうして····」

「決まってるじゃない。アナタが煉のだからよ。煉の大切なものはアタシの大切なもの。煉の相手が女じゃなければ別にいいのよ。····だって、女相手じゃアタシに勝ち目なくなっちゃうもの」


 ポロリと心の内を漏らした穂月は、躊躇う煉を急かし部屋から追い出した。


「さ、私たちも行きましょうか」


 先ほどまでとは別人の様な美しい微笑みを見せる穂月に、湊は戸惑いを隠せなかった。何かを企んでいるのではないかと、警戒心を持って共に講堂へ向かう。勿論、湊は再びウィッグを被り、美少女に化けている。

 道中、煉ではなく穂月と歩く湊に、周囲は全く別の反応を示す。一切騒ぐことはなく、近寄って来る者もいない。ヒソヒソと話す声がざわめきと化しているが、穂月はお構いなしに歩みを進めた。


 講堂は既に満席。けれど、最前列に空席がある。嵐と諏訪の両隣りだ。


「やっぱり空いてた♡」

「穂月··と、そちらの美少女はどなたかな? 穂月のお付き?」

「この子は····まだ秘密。それより嵐ちゃん、2名お邪魔するわよ。ほら寄って」

「え、えぇ··?」


 穂月は、強引に諏訪と嵐に席を詰めさせる。ワケが分からないと騒ぐ嵐と湊を、穂月と諏訪で挟んで座った。

 あれよあれよと暗くなる場内に合わせ、喧しい嵐を黙らせた穂月。ブザーの音が消え、煉の初舞台が幕を開ける。



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