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第55話 美形が怒ると怖い


 閉めようとしたドアが突っかかり、原因を確かめようと振り向いた煉。2年生の学年カラーである赤いラインの入った上靴が、ドアのレールを踏んでいる。

 それを見た煉は、恐る恐る視線を上げ正体を見る。そこには、これまで見た事もないような鬼の形相で、ドアに手を掛けて開けようとしている穂月の姿があった。


「ぉわっ····」


 あまりの不気味さに、思わず声を上げた煉。それに驚き、湊が『どうしたの?』と振り返る。


「その女、だぁれ? ねぇ、煉····『宝物』って、どういう意味かしら?」

「なんだよ、聞いていたんかよ。つぅかこえぇよバカ力!」


 穂月の足を挟んだまま、力尽くでドアを閉めようとする煉。それに対し穂月は、ドアを閉められないよう両手でグググッと抵抗する。

 何度も何度も『ねぇ、その女だぁれ?』と、激しい攻防戦とは裏腹に静かな声で聞き続ける穂月。煉は『関係ねぇだろ』と言うが、納得のいく答えを聞くまで同じ質問が繰り返される。


「おい、ドア閉めんの手伝え! ガッといけ、ガッと!」


 煉に言われ、慌てて協力する湊。煉の後ろに立ち、扉を力一杯押す。


「ちょっ、あ、足挟まってるけど!? 痛くないかな? 閉めて大丈夫なの!?」


 無論、穂月の足が挟まったままでは、どんなに力を込めようがドアは閉まらない。穂月とて痛くないはずなどないが、そんなことよりも穂月が求めるのは美少女の正体だったのだ。


「こんな足千切れてもいいからとりあえず閉めんだよ! 今コイツに関わんのが1番めんどくせぇ····」

「あらぁ、アタシに知られたくない子なの? 増々気になっちゃうじゃなぁい♡ ねぇ、煉にまとわりつくそこのハエ女ちゃん、貴女、お名前教えてくれるかしらァ?」


 悪寒が背筋を走り、一瞬力が抜けた湊。その隙をついて、穂月が全力でドアを開けてしまった。


「やべっ··、走れ! 後ろのドアから逃げろ!」


 湊を庇うように手で穂月を遮り、声を荒らげて指示を出す煉。湊は返事もままならぬまま後方へ走り、急いでドアを開けようとする。が、鍵を開けたはずのドアがビクともしない。


「何やってんだよ。さっさと逃げろ!」

「そうしたいけど··くっ····ドアが開かないの! 外で誰かが押さえてるみたい」

「はぁ!?」


 踏ん張ってドアを引く湊。だが、鍵でもかかっているかの様に。


「アタシの下僕どもがお邪魔様♡ もう逃がさないわよ。さぁ、あの女が誰なのか教えなさい、煉」

「チッ··。テメェに教えるギリはねぇんだよ」

「あらそう。せーっかく穏便に済ませてあげようと思ったのにィ····」

「ハンッ、嘘つけ。テメェが関わって穏便に済んだ事なんかねぇだろ」

「あ〜ら、そうだったかしらぁ」

「まだボケるには早くねぇかァ? 中学ン時、俺の靴箱に詰められてたラブレター校庭で燃やして高笑いしてた狂人は誰だっけなぁ」


 声を張り、意識を自分に向けさせる煉。背に回した手で、指をクイクイッとしてサインを送り湊を呼ぶ。

 気づいた湊は、そそくさと煉の背後に駆け寄って、ぴったりとはりつき穂月の様子を窺う。


 それを見た穂月は、首やこめかみに青筋を浮かべてイラつきを見せ始める。


「アタシの目の前で煉とイチャつくなんてイイ度胸ね。ぶっ殺す」


 嫉妬に狂った魔女の如く、美しい顔を歪ませる穂月。容姿に似つかわしくない、本性をさらけ出すようなドスの効いた声で言い放った。


「ひぅっ··。れ、煉····」

「心配すんな。コイツ、めんどくせぇけど俺の言う事は絶対だからな」

「はぁ? アタシねぇ、女を庇う貴方の言う事なんて聞かないわよ。貴方が··、煉がアタシ以外の女を見るなんて許さない」


 冷徹な表情を浮かべ、静かな殺気の籠る目を湊へ向ける穂月。湊は、ビクッと怯えて煉の後ろに隠れた。


 けれど、湊は意を決して穂月に話しかける。これこそが、湊の女装した第二の目的だったのだから。


「ぼ··私と煉が付き合うのに、アナタの許可なんて要らない。アナタと煉の間に何があるのかは知らないけど、煉はアナタに渡さない。煉はぼ··私のだから! 煉を開放してあげて!」


 穂月に煉を諦めさせる、それが湊の狙うもうひとつの目的だった。煉と親密にしている女子が居れば、穂月は黙っていないと踏んでいたのだ。

 そして、煉が弱みでも握られているのならば、自分が助けたいと思い女装を決意したのだった。まさか、こんなにも早く直接対決をする事になるとは思ってもみなかったが。


「何も知らないなら黙ってなさい。アタシと煉は、身体の隅々まで知る深い仲なの♡」

「チッ··キモい言い方してんじゃねぇぞ。つぅか誤解されるような言い方すんな」

「だぁってぇ〜、紛れもない事実じゃなぁい♡」


 怒りを蓄えたまま、穂月は煉へウィンクを飛ばす。煉は舌打ちと共に、一瞬の躊躇いを捨ててガバッとシャツを脱いだ。


 湊は、目を見開いて驚く。背中一面に、美しい天使のタトゥーが描かれているではないか。

 顔を伏せて視線を落とし、肉付きの良い背中に舞う天使を背負った煉が、湊には天使よりも酷く美しく見えた。


「あらやだ。アタシと煉の、2人だけの秘密じゃなかったの?」

「るっせぇ。誰もンなコト言ってねぇだろ。変に疑われるよかマシだわ」


 煉は振り向き、戸惑う湊の頬に手を添えた。


「別に、隠してたわけじゃねぇけど····。こういうの好きくねぇかなって思って····」

「好きとか嫌いとかはないけど、ビックリしたよ····」

「····嫌いになんねぇ?」

「なんで? 凄く綺麗だよ。天使も、煉も」

「ちょっと、2人の世界作んないでもらえるかしら。アタシのコト忘れてない?」


 見つめ合っていた2人は、ハッとして穂月へ意識を戻す。

 煉と穂月で抱えていた秘密を知った湊は、さらにもう一歩、踏み込んで聞いてみる。


「暴露ついでにもう一つ教えて。で、2人は何をシてたんですか?」

「は? おいそれは──」


 煉が慌てた様子で遮る。だが、湊は『これ以上はフェアじゃないよね』と言って、ウィッグを外して正体を晒した。


「騙してごめんなさい。以前、あの部屋に煉を迎えに行った時に会ったの、覚えてますか? あれ、僕です。西条湊、煉の恋人です」


 ほんの少し驚いた様子の穂月だったが、納得のいった顔をして湊の質問へ答え始めるのだった。



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