周囲が固唾を飲んで答えを待つなか、煉は『俺の宝物♡』と言い放った。腰を抱き寄せられた湊は、予想もしなかった一言で頬を真っ赤を染め上げる。
仁は面白がって馴れ初めを問い質す。けれど、樹は美少女をまじまじと見て驚愕する。
樹が湊に気づいた事を察した煉は、ドヤ顔で『俺の、な』と、今度は湊の頭を抱えて言った。普段の煉からは想像もつかない言動に、周囲はどよめきと悲鳴でえらい事になっている。
煉に肩を抱かれたまま歩く湊。背後には、ピッタリと張り付いている樹と仁。煉が『散れ』と言っても聞かず、樹は面倒くさがる仁を巻き込みついて回る。
周囲の視線が刺さり、湊は正体がバレてしまわないかと気が気でなかった。
まずは、湊のクラスへ向かう煉。湊が作ったクッキー以外のお菓子も食べたいと言って、嫌がる湊を強引に連れ込んだ。
「リスク高すぎるよぅ····お菓子なんて後でいくらでも作ってあげるのに····」
湊はポソポソと文句を垂れながら席に着く。隣の席には樹と仁。周囲には、湊の正体を探ろうと数多の女子が群がる。
運ばれてきたパフェにスマホを向け、無表情のまま写真を撮る煉。それを見た湊は、不満など忘れてクスクスと笑う。
「お前、それ以上笑うな」
「え、なんで?」
「蒼だってバレんぞ。顔はそこそこ知れてんだからな。もっと自覚しろよ? 笑顔がトレードマークみたいなもんだろ。真顔でいろ、真顔。無になってろ」
知名度が鰻登りのサルバテラ。学園内にもチラホラとファンがいる事は、湊もそれとなく知っている。湊よりも実状を把握している煉は、警戒心を強めて湊に警告した。
「えぇ〜··。そんなの無理だよ。····れ、煉と一緒に居るのに、無になんてなれないよ」
湊は、熱くなった顔を俯かせて言った。その言葉に、煉は照れてそっぽを向く。
「うへぇ〜··アイツ、あんな顔すんのな〜。ねー、何の話してんだろーね。すげぇ照れてね?」
「知らねぇっつの。コソコソ喋ってんだから聞こえねーよ」
「あーらら。樹くんたらこわ〜い」
深い丸底の大きなグラスに入ったメロンソーダが、シュワシュワとアイスを溶かしてゆく。カップル用らしく、ストローが2本刺さっている。ハート型になるよう絡み合った、特殊なストローだ。
仁は机に肘をつき、その片方をちゅうちゅうと吸い、樹を挑発するように見上げて言った。
腹を立てた樹が、仁と反対側のストローから勢いよく吸い上げ、一気に飲み干してしまった。仁は、樹の荒れ具合を面白がりながら、底に落ちたアイスをつつく。
「アイツらカップル用飲んでんぞ。キッツ····。あ··なぁ、俺らも一緒に飲むか?」
「飲まないよ。あんなの、カップルじゃないから飲めるんだよ」
「····? カップル用なのにか?」
「クラスの人達が言ってたんだ。あんなネタみたいなの、カップルでは飲めないよねって」
「ふーん··、そういうもんなの? 俺は湊としか飲みたくねぇけどな」
「なっ、なんですぐそうやって照れさせるようなコト言うの? 煉のばかぁ····」
耐えかねた湊は、顔を両手で覆って俯いてしまった。垂れた髪が、上手い具合に顔を隠してくれる。
ガタッと静かに立ち上がった煉は、机を挟んで湊の髪を指で掬う。髪を耳に掛け『ほら、クリームつくぞ』と言って周囲をザワつかせた。
そして、おまけに耳元で囁く。
「樹たち撒いたらもっと照れさしてやっからな」
腰からザワッと
「
ニヤッと悪い笑みを浮かべる煉に、湊はわなわなと小さな声で『バカッ』と叫んだ。
湊のお菓子を全種類制覇した煉は、満足そうな顔で店を出る。当然のようについてくる樹と仁。
仁は、樹に『煉の彼女に興味無いからさ、湊きゅん探そーよー』と駄々をコネる。が、目の前に居るのが湊だとは言えない樹は、適当にあしらって煉の後をつけ回した。
「湊、走れっか?」
暫く歩き回り、樹と仁が少し気を逸らした時、煉は湊の腰を抱き寄せ耳元で言った。ビクッと身体を強ばらせる湊だが、か細い声で『う、うん』と返事をする。
その直後、煉は湊の手を引いて走り出した。群がる群衆を押し退けて突き進む。
群衆にまみれた樹と仁は、道を阻まれ追うことができない。こうして上手く2人を撒いた煉と湊は、
「ハァ··ハァ····煉、足速いんだね。ぼ、僕····も··走れない」
「普通だろ。つぅか、担いでやれなくて悪かったな。
煉の目線を追い、湊は自分の服装を見て驚く。
「へ····? あははっ、こんなカッコしてるの忘れてたよ」
湊はケラケラと笑いながら、壁に背を預けて座り込んだ。すると、煉が湊を覆い隠すようにしゃがんで壁に手をつく。
「れ、煉──」
「シィーッ····。人、通るから黙れ」
横目でチラリと確認する湊。煉が顔を隠してくれている腕の向こう側に、ワイワイ歩く数人の客が見えた。
湊は息を殺し、煉の服にしがみついて落ち着きを取り戻す。
「行った····?」
「んー··、まだ」
もう人影などない。けれど、煉は湊を黙らせる為に嘘をついた。
汗で張りつく髪を、そっと掻き分けて頬に手を添えた煉。視線を深く合わせ、ゆっくりと唇を近づける。
「だ、ダメだよ、こんな所で····。見られちゃう」
湊は、なけなしの力で煉の胸を押し返した。
「嫌? シたくねぇ?」
「······この格好では嫌だ」
「なんで?」
煉の苛立ちが顔を覗かせる。ささやかに押し返してくる湊の手を、キュッと握ってそれを分からせた。
「だ、だって··、煉が、僕以外の人とするみたいで、なんか··嫌なんだもん」
「····はぁぁ〜······」
大きな溜め息を吐き、よっこいせと立ち上がった煉。続いて、湊の手を引いて立たせる。
煉は、別館の使われていないフロアへ向かい空き教室を探す。
埃っぽくてあまり気は進まないが、今はほとんど使われていない国語科の準備室が空いていた。
周囲を確認し、ドアを開ける煉。そこへ湊を押し込み、煉も入って後ろ手にドアを閉める。が、ガッと何かにつっかえて止まった。
原因を確かめようと振り向く煉。数センチの隙間に煉が見たのは、穂月の鬼の形相だった。