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第53話 最終手段はキレてから


 煉と湊が夢中でキスを交わす間、湊には樹から、煉には仁と穂月からの着信が止むことはなかった。昂った気持ちが少し落ち着きを取り戻した頃、それぞれのスマホが同時に振動する。


「ったくうるせぇな。どんだけ執拗しつけぇんだよ」

「何かあったのかな…」

「どうせ暇なだけだろ」


 そう言って、煉は確認したスマホを机に叩きつけるように置いた。そのスマホの画面には『穂月』と表示されている。

 湊は、それを見て胸がキュッと締め付けられた。


「穂月って、榊須賀さん··だっけ?」

「····あぁ」


 湊から遠ざけるように、スマホを手に取った煉。難しい顔をして画面を見つめる。そして、小さな舌打ちを2回零した。

 言い知れぬ不安に胸を掻き立てられた湊は、恐る恐る聞いてみる。


「出なくていいの?」

「いい」

「ねぇ煉、ひとつ聞いていい?」

「穂月の事だろ」

「····うん。実はね、あの時から気になってたんだ」


 煉と穂月の関係、あの部屋で何が行われていたのか、煉にとって穂月とはどういう存在なのか、湊の聞きたい事はどんどん溢れてくる。けれど、バツの悪そうな煉の顔を見ると、怖くなり思うように聞けない湊。

 湊がどれから聞こうか迷っていると、煉はぽそっと呟いた。


「アイツ、腹違いの兄貴なんだよ」


 煉の言葉に、情報処理機能が停止してしまった湊。穂月を女性だと思っていた湊は、そこから認識を改める必要があったのだ。

 何より衝撃的なのは、穂月が煉の兄弟であるという事。穂月は、父親である理事長の隠し子。それは家族と限られた人間しか知らず、樹や仁も知らない事だと言う煉。


 煉は、かなり頭のネジが外れている穂月を、湊に近づけさせたくないと思っていた。

 煉に執心している穂月は、煉の言う事だけは必ず聞く。が、湊が煉の恋人だと知れた時、穂月がどういう行動に出るか煉にも予想がつかないのだ。


「もしかして、何かされてるの?」

「······聞かねぇ方がいい、と、思う」

「そんな事言われたら気になるよ」


 生半可な覚悟で聞くなと言われ、それ以上は教えてもらえなかった湊。腹を立てた湊は、とんでもない提案をする。


「ねぇ、文化祭一緒に回っても僕だって気づかれない方法あるよ。ひとつだけ、ね」


 そう言って、湊はコソコソと空き教室を出て、被服室からある物を拝借してきた。


 テキパキと準備をする湊。煉は、その様子をぽかんと眺めている。

 数分後、準備の整った湊に、煉はスマホを向けて無断で連写をし始めた。


「もう、撮らないでよ」

「だってお前、これ··マジかよ。セカンドシングルの裏ジャケットまんまじゃん」


 サルバテラの2枚目のシングル。『恋、していいかな』の裏ジャケットを飾ったのは、メンバーの女装姿だった。その時の衣装はセーラー服で、ウィッグを被ってメイクも施し、蒼と雪は特に完璧な女子に扮していたのだ。

 それが今まさに、煉の目の前に立っている。


 そう、湊が拝借してきたのは、過去に舞台衣装で使われたセーラー服だったのだ。それを着て、一緒に拝借してきた黒髪ロングのウィッグで仕上げた。顔に顔しては、化粧などせずとも持ち前の愛らしさで充分女子に見える。

 不本意ではあったが、煉と文化祭を共に回る為に苦肉の策を決行した湊。もう一つ、できてしまった目的はまだ、煉には秘密にしている。


「よし、行こっか」

「お、おう。名前、どうする?」

「秘密ってことでいいんじゃない?」

「おい、お前なんか怒ってねぇ?」

「怒ってないよ。ほら、折角だから満喫しようよ」


 煉が着替えに行くまでの数十分を楽しみ、このままの姿で煉の舞台を観劇し、その後は後夜祭までデートをするのだと計画を話す湊。

 煉は、腕を組んできた湊にたじろぎながらも、それを表情には出さないように空き教室を後にした。



 煉と腕を組んで歩く、女装した湊。周囲の者が、湊だと気づく様子はない。

 味を占めた湊は、調子に乗って煉の腕をギュッと抱き締める。


「面白がってんじゃねぇよ」

「煉だって、まんざらでもないくせに」


 コソコソと話す2人。その様子を見た女子が、あちこちで悲鳴を上げている。

 情報はあっという間に回り、2人を見ようと人が殺到した。


「なんかすごい事になってるね。これ、本当にバレないよね? 大丈夫だよね?」

「大丈夫だろ。さっきまでの余裕どこ行ったんだよ。最悪、バレても俺が何とかしてやっから堂々としてろ」


 煉はそう言って、組んでいた腕をすり抜けて湊の肩を抱いた。周囲から聞こえる悲鳴とシャッター音。それを掻き分けて、樹と仁がやってきた。


「あー··めんどくせぇ」


 煉は、心底ダルそうに頭をポリポリと掻いて嘆く。


「煉! お前どんだけ電話無視すんだよ!? つぅかその美少女誰よ!」


 声を荒らげて聞く仁。だが、無視された腹立たしさよりも、煉が見知らぬ美少女を連れている事に関心が向いてしまったようだ。

 煉は少し考え、にまっと笑って湊の腰を抱き寄せた。周囲が固唾を飲んで待つ答えを、煉は堂々と言い放つ。


「俺の宝物♡」


 そのセリフを聞き、湊は真っ赤に頬を染め上げ、仁は面白がって馴れ初めを問い質す。けれど、樹は美少女を凝視していた。


「なぁ煉、おい、まさかだけど、え、マジでそうなの!?」


 樹が湊に気づいた事を察した煉は、ドヤ顔で『俺の、な』と、今度は湊の頭を抱えて言った。

 これが、後に湊が狙っていたもう一つの思惑へ繋がるとは、この時の湊は思ってもみなかった。



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