リビングの扉を勢いよく開き、クラッカーを引く寸前の手を止めて、煉の顔を見て固まってしまった父・利幸。
愛おしい息子の誕生日に興奮してしまい、玄関の隅に並べられた靴など見ていなかったのだ。湊のおっちょこちょいは父親譲りなのである。
「あ、樹くんもきてたんだ。いやお恥ずかしい。年甲斐もなくはしゃいでしまって····で、そちらのとんでもないイケメンさんはどなたかな?」
クラッカーをスーツのポケットに仕舞い、被っていたパーティー用の煌めく三角帽子を脱いだ利幸。改めて、煉について尋ねる。
「突然お邪魔してすみません。初めまして、月宮煉といいます。湊くんの学友で──」
「彼氏だよ」
「ストーカーだって」
「オトモダチです」
「んん? え、待ってね。それぞれなんて言った?」
惟吹は『ストーカー』だと言い、樹は嫌味を込めて『オトモダチ』だと言った。問題は湊である。
「父さん、紹介するね。僕の彼氏の月宮煉くんだよ。煉はね、蒼のファンでもあって、いつも沢山投げ銭してくれるの」
煉をよく見せたい湊だったが、言い終えてから気づく。どう考えても、紹介の仕方を間違えた事に。
「要するにカモだよ、父さん」
便乗して惟吹が余計な事を言う。
「もう! 惟吹、余計なコト言わないで! 違うんだ、父さん。今のはナシね! 待ってね、整理するから····」
「あぁ、父さんもちょっと整理するよ」
湊と利幸は、揃って腕を組み頭の中を整理する。そのあまりにもそっくりな2人の姿に、煉は吹き出してしまった。
突然笑いだした煉に驚き、2人はポカンとして煉を見る。
「す、すんません····。マジで、めっちゃ似てるなって思って····」
まだ頭の中が整理できていない利幸に、一息吸って落ち着いた煉が改めて説明する。
「俺は蒼のファンだったんですけど、ひょんなことから湊と知り合って、お互い知っていくうちに俺は湊のコト好きになってました。俺が好きなのは湊なのか蒼なのか、すげぇ迷ったんですけど、気持ちがはっきりしたんで
「色々あったんだけどね、僕も煉のことが好きなんだって気づいて、それでお付き合いすることになったんだ」
湊は、煉の隣に寄り添って説明を繋いだ。煉が余計なことまで言ってしまうのではと勘繰った湊。初っ端から、煉の印象を悪くしたくなかったのだ。
親戚中でも知れ渡っているほど親バカな利幸だから、湊が少しでも傷つけられたことが知れたらややこしくなると思った、湊のファインプレーである。
2人の様子を見た利幸は、戸惑いながらも返事をする。
「そ、そうなんだ。そっか、アレだね。ビーエルってやつだね」
と、ドヤ顔で言う利幸。親のバカな反応に、湊と惟吹は恥ずかしさに堪えきれず頭を抱えてしまった。
「えーっとね、父さん、今日は2人も夕飯の準備手伝ってくれたんだ。そうだ! 卵なんてね、煉のおかげで2パックも買えたんだよ。ね、惟吹の誕生日パーティー、2人にも参加してもらってもいい?」
「父さんはいいけど、お誕生日様が不服そうだよ?」
「あぁ····。ねぇ惟吹、ダメ?」
惟吹の手を取り、上目遣いでお強請りする様に聞く湊。言葉と感情をグッと飲み込んで、惟吹は『ダメじゃない…』と、半ば言わされた。
「なぁ、あれって昔から?」
「あー、ね。昔っからアレ。距離感バグらせた惟吹の自業自得だよ。あと湊の無自覚な甘え上手」
「はぁ····。アイドル向いてるわけだわ」
「良くも悪くも、ね」
コソコソと話す樹と煉。煉は湊の魔性さを憂いて天井を仰ぐ。そんな煉に、樹は『せいぜい頑張れよ』と嫌味を贈った。
許可を得た2人は、晴れて西条家に交じりパーティーを楽しむ。時々目が合って、笑みを交わす煉と湊。誰にもバレないよう、こっそりと甘い瞬間を楽しんだ。
樹は何度か参加したことのある光景。だが、煉にとっては人生初となる体験だった。
家族揃って食事とケーキを囲み、家族の生まれた日を祝い
煉は自分でも気づかぬうちに、そういったものに対する羨望へ蓋をしていた。家族に向ける笑顔が、湊の心から溢れるものなのだろうと、煉は微笑ましく眺めて羨む。
いつか、その笑顔を自分に向けさせたいと、独占欲を掻きたてられる煉。そんな感情を湊に知られまいと煉は、憂い気な笑顔で心を誤魔化した。
秋の涼しさが顔を見せ始めた9月下旬。あれよあれよと訪れた文化祭の日。
開場1時間前から長蛇の列ができるほど、有名かつ人気の月宮祭。列の最前には、嵐と諏訪の姿がある。優雅にイスとテーブルを置き、紅茶を片手に開場時間を待っていた。
ギリギリまで準備に追われる湊。試食段階であまりに好評だった為、予定よりも多くのお菓子を作っているのだ。おかげで、早朝から登校し、煉とは会えないまま調理室にこもっていた。
前日は湊のレッスンがあり、最終の読み合わせができていない煉。昼からの公演を控え、柄にもなく緊張している自分に苛立っていた。
開場するや、月宮三王子の捜索が開始された校内。三王子が目当てで、毎年外部からの客は女子が8割を占める。
三王子は各学年に存在するが、、今年の一番人気は1年生の煉たち。なので、1年生の階が押し寄せた客で大混雑している。ついでと言わんばかりに、湊のクラスが催している喫茶店に客が流れ込む。
そして、口コミで湊のお菓子が評判を呼び、三王子と並ぶ人気のひとつと化していた。
ガラッと扉が開き、作業に夢中だった湊が身体を跳ねさせる。
「西条、カップケーキがラスト10個なんだけど、次いつ焼けそう?」
ウェイター役のクラスメイトがお菓子を回収しに来た。
「あと5分くらいで焼けるよ。パフェの盛りはできてるから持って行ってくれる?」
「おっけ! も~マジですげぇ好評よ? まだまだ来ると思うから頑張ってな! 手伝えるか分かんないけど、何かあったら言えよ」
そう言って、クラスメイトは湊の背中をパシッと叩き、パフェの器をクーラーボックスに詰めて持って行った。
「チッ··」
「ふぅ····。バレなくて良かったね、煉」
湊が立っている調理台のひとつ後ろの調理台、その陰からひょこっと煉が現れた。