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第50話 曖昧な関係


 樹と惟吹へ返す言葉を詰まらせる湊。けれど、湊の心は既に決まっている。

 思い悩む湊の手を、煉がギュッと握った。そして、優しく耳元で囁く。


「お前の素直な気持ち、まんま伝えればいいんじゃね? どんな結果になっても俺が居るから、変な気ぃ遣わねぇで言っちまえよ」


 煉の言葉が湊の背中を押し、湊はそれぞれに言葉を返してゆく。


「えっと··、樹」

「はい」

「今まで気づかなくて本当にごめんね。あのね、気持ちは凄く嬉しいんだけど、僕は今、れ、煉のことがすす、好きなんだ! だから、樹の気持ちには応えられない。けど····」


 俯いて、もじもじと指先を絡ませながら言う湊。続く言葉を、とてもじゃないが湊からは言えないでいた。それを察して、いつもの様に甘やかしてしまうのは、樹にとって惚れた弱味というやつなのかもしれない。


「分かってるよ。正直、煉の言う通りのが怖くて言えなかったんだもん。だから、俺としてもそれは望むところだよ、湊。これまで通り、幼馴染で親友のまま、な?」

「····うん。うん、樹、ありがと──」


 樹の言葉を聞き、湊は涙を浮かべたままぱぁっと笑顔になり樹を見上げた。けれど、それだけでは済ませないと、樹は湊に思い知らせる。


「でもさ、もう俺の気持ちは知ってんだから、こっからは遠慮も容赦もしないよ。告白は撤回しないからね」

「え····」

「当然でしょ? 幼馴染で親友のまま、これからは立場も利用して全力で湊をオトすから。覚悟しててね♡」

「ひぇ····。れ、煉、オトモダチがあんなこと言ってるけど、いいんですか?」


 思わず煉に助けを求める湊。煉は少しも動じず、にやっと笑って言い返す。


「ハンッ、オレに勝てるつもりならやってみりゃいいだろ」


 煉の挑発的な態度に、ガクッと項垂れてしまう湊。だが、湊はもうひとつ、対峙しなければならない大きな想いへ気持ちを切り替える。


「惟吹····」

「なに?」


 いつもと変わらぬ、甘く優しい受け応えと表情の惟吹。惟吹の気持ちを知った湊は、これまでの態度に『なるほど』と納得する。惟吹がただ優しい子なのだと、都合の良い解釈をしていた自分が情けなくなるほどに合点がいってしまった。

 だが、湊は誰よりも惟吹の気持ちを受け入れるわけにはいかなかった。なぜならば、惟吹は湊にとって何よりも大切な家族なのだから。湊は、惟吹に対してそれ以上の感情を抱くことはできなかった。


「僕、惟吹のこと大好きだよ。僕に甘えてくるのとか凄く可愛いし、なのに僕なんかよりずっとカッコいいし、僕の自慢だよ。惟吹が生まれた時から、僕の1番自慢のなんだよ····」

「うん、分かってるよ。それを覆すつもりはないし、俺はずっと湊にぃが望む兄弟で居続ける。聞き分けのいい弟で、たまにメンヘラなブラコンで、兄貴離れできない可愛い俺のままでいる」


 湊の手を取り、口元へ持っていくも唇は触れさせずに言う惟吹。ゆっくりと視線を上げ、湊を見てニコッと笑った。


「えー…っと? 今までそんな感じだったっけ?」

「うん。実はずっとそんな感じだったんだよ。湊にぃが気づいてなかっただけで、俺はずっとそういう美味しい立ち位置守ってきたからね」


 突如として悪寒が走った湊。樹と惟吹が、こんなにも強かだったなんて思いもしなかった湊は、初めて目にする2人の顔に驚きを隠せない。


 黙って聞いていた煉は、2人の白状っぷりにドン引きしている。よくもまぁ今までこれを隠せていたものだと、ある種の感心も込めて『怖····』と漏らした。

 樹と惟吹は顔を見合わせ、何のことやらととぼけて見せる。そして、これからも今までと変わらない接し方でいてほしいと言い、強引に話を締め括ろうとする玉砕コンビ。

 これ以上長引かせて、湊からはっきりと拒まれるのだけは避けたかったのだ。


「ねぇねぇ湊にぃ、俺のオムライスは?」

「あっ! そうだったね。··あ····、誕生日なのにこんな話になっちゃってごめ──」

「そういうのはもういいから、美味しいオムライス作ってよ。俺だけの為に湊にぃが何かしてくれたら、それだけで俺めっちゃ嬉しいんだよね」


 惟吹は、湊の腰を抱き寄せて言う。


「い、惟吹、腰····」

「ん? いつも通りでしょ。そうだ、あとでケーキあーんしてあげるね。ほら、行こ♡」


 これまでと変わらないと言っておきながら、堂々とこれまで以上に距離を詰めてくる惟吹。戸惑いながらも、湊は意識しないように努める。


「あんっのクソガキ····」

「惟吹は昔っからあぁだよ。あーやって敵視して対抗してくんの。この家ん中では特に、湊はリアルにアイドルだから手出しできねぇよ」


 べっと舌を出して、煉に『ざまぁみろ』と言わんばかりに意地の悪い顔を見せる樹。煉を置いて、そそくさと湊の後を追う。

 ムッとする煉だが、湊から聞いていたまんま過ぎる家族にふっと笑みを零した。思っていたよりも些か過激だったが、自分の敵ではないと思ったのだ。『負ける気しねぇわ』と小さな独り言を落とし、煉もキッチンへ向かう。


 ぎゅうぎゅう詰めのキッチンで湊がそれぞれに仕事を与えていく。それに従い、分担して手早く夕飯を作る4人。

 優秀な司令塔のおかげで、あっという間にオムライスとサラダ、コンソメスープが出来上がった。


 丁度、夕飯ができたところへ、ご陽気な父親が帰宅する。


「惟吹ぃぃ! 誕生日おっめで──··誰?」


 リビングの扉を勢いよく開き、クラッカーを引く寸前の手を止め、煉の顔を見て固まってしまった。



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