それぞれの感情が停滞する中、惟吹の帰宅により状況の悪化が加速する。
「玄関先で何やってんの?」
気怠そうに『たでーま』と言って玄関扉を開けた惟吹は、渋滞している玄関を見て呆れていた。全員が惟吹を見て固まる。
湊は、最悪のタイミングで迎えたこの瞬間を、誰かどうにかしてくれと心から願った。
「ひーくん、みーちゃんに元気だして〜って言ってきてあげて」
「わかったー」
聞き分けの良い光は、樹に頼まれ碧を構いにリビングへ。惟吹は、煉と樹を掻き分け、湊を押さないように靴を脱いで上がる。
優しく『湊にぃ、入んないの?』と聞く惟吹。他2人は視界に入っていないらしい。湊は、聞かれて漸く言葉を発する。
「入る。惟吹、おかえり」
ニコッと笑顔を見せる湊。惟吹は、そのいつもと変わらない笑顔に癒される。が、湊の背後が気になり笑顔を返せずにいた。
惟吹が『ところでさぁ』と切り出す。が、先手必勝と言わんばかりに、湊は『後でちゃんと説明するからね』と言って、惟吹には聞く間を与えず先にシャワーを浴びるよう勧める。
その隙に、湊は煉と樹を家へ上げ、荷物をキッチンに置いてから自室へ通した。
湊は、自室のドアを開けて『どうぞ』と言う。呆然と立ち尽くす煉は、部屋の中をぐるっと見回してから一歩踏み入れて尋ねる。
「······物置?」
「僕の部屋だよ」
「部屋? これが?」
20畳近くある自室を持つ煉にとって、6畳ほどしかない湊の部屋は酷く狭いように思えたのだ。
部屋の中央に立ち、また部屋を1周ぐるっと見回す煉。広さを図るかのように、壁でも触るかのように片手を前へ伸ばした。
「いや、俺ん家のクローゼットよか狭いぞ? 住めんのか?」
「なんなのお前、一般家庭初見かよ。失礼すぎだかんね? つぅか俺ん家なんかもっと狭いっつぅの」
「は? 嘘だろ····って、あぁ、前に写真見せてきたトコか。犬小屋だと思ってた」
「お前なぁ····」
樹は、ピキピキと青筋を浮かべる。湊が慌てて宥めるけれど、煉の態度に立てた腹は収まらない樹。
煉は、喧嘩を吹っ掛けているつもりなどなく、純粋に感想を述べているだけなのだ。余計にタチが悪い。
樹がグチグチ文句を垂れ続けるが、煉は無視して湊の部屋を物色する。と言っても、丸いローテーブルとベッド、小物を収納するこじんまりとした引き出ししかない。
「お前の部屋、なんもねぇのな。ミニマリストってやつか?」
「ん〜、どうなんだろ。僕、昔からあんまり物欲ないんだよね」
「ふーん。その分が食欲にいってんのか」
煉はうっすらと笑い、合点がいったという顔を見せた。けれど、湊の眉がピクッと反応を示す。
「え? 湊そんなに食わなくない?」
樹の反応に、煉は違和感を覚え湊をチラリと見る。見るからに“マズい”という顔をしている湊。
察した煉は『飯作んなくていいの?』と話を逸らした。湊はハッと思い出し、慌ててキッチンへ向かう。
部屋に残された煉と樹。煉は、先刻の発言について樹に問う。
「なぁ、湊ってあんま食わねぇの?」
「なんで?」
「チッ··いちいち警戒すんな。さっさと答えろ」
「なにイラついてんだよ··。んー、そだねぇ····小さい時はよく食ってたイメージあんだけど、おばさんが亡くなってからかな····、あんま食わなくなったの。すげぇお母さんっ子だったからショックだったんだろうな」
(ショック····ねぇ。それもあんだろうけど、あれは違ぇな)
煉は、湊のこれまでの食べっぷりを思い返して確信する。
「つぅかこの部屋マジで質素すぎねぇ? ミニマリストじゃなかったらなんなの?」
「あぁ、それは湊の優しさっつぅか気遣いっつぅか··、だな」
「····は?」
「無駄なもん買って親父さんに負担になりたくないんだよ。湊から家の事情とか聞いてねぇの?」
惟吹の進学や双子にかかる金銭面を考え、湊はできる限り無駄を省いてきた。進学する高校が決まってからは、アイドル活動を始めたりと稼ぐ側にも回った。
そんな湊を、樹は支えてきたのだと煉に豪語する。
「あー、そういうの一通り聞いたけど、実際目にすんのとは違うっつぅか。····なんか、現実味なかった分ビビった」
「へぇ~。
「茶化すな。なぁ、湊のコトもっと教えろ」
「は? なんで敵に塩送んなきゃなんねぇの」
「あ? お前、マジで俺から湊盗る気かよ。バカじゃねぇ?」
「盗ったのお前だつってんでしょうが。なんだよ。自信ねぇの?」
「っざけんな。お前に勝ち目なんかねぇから、さっさと諦めろって教えてやってんだよ」
一触即発の危うい視線が、バチバチと火花散らし睨み合う煉と樹。今にも胸ぐらを掴み合いそうだ。
けれど、そこへ湊が戻ってきて事なきを得る。
「ねぇねぇ、ちょっとお願いがあるんだけど····って、どうしたの? 喧嘩?」
不安そうな表情で2人を見つめる湊。すすっと2人の間に座った湊は、兄弟喧嘩の仲裁に入る母親の様に2人を交互に見る。
バツの悪そうな煉はスンと無表情に徹し、樹は慣れた様子で笑顔を作り誤魔化す。
「なんでもないよ。ちょっとフザケてただけだから。いつも通り、ね」
樹は、煉に目配せをする。それに気づいた煉は、ぶっきらぼうに話を合わせた。
「もう、仲良くしなきゃダメだよ? そうだ、それよりちょっと手伝って――」
湊が改めて手伝いを頼もうとした時、ドッダッダッダッダッと激しい足音が近づいてきた。
そして、バンッと勢い良く扉が開かれる。そこに立っていたのは、血相を変えた惟吹だった。
「湊にぃっ!!」
「んわぁっ! な、なに惟吹、そんな開け方したらビックリするでしょ。ノックくらいしてよ」
「そんなんどーでもいいよ! ソイツ、その金髪のふてぶてしいチャラ男、湊にぃのか··か、かかかかかか彼氏ってホント!?」
「んぇっ!? もう··、後で説明するって行ったのに····」
「まさかガチでホントなの!? だったら今すぐ聞くよ!」
湊は、惟吹を部屋に入れて座らせる。丸くて真っ白なテーブルを囲み、惟吹から時計回りに湊、煉、樹と座って4人は向かい合った。