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第46話 あれやこれやと大停滞


「僕も、煉と回りたいな····なんて言ったら、困る?」

「困る」


 即答した煉の言葉に驚く湊。自分が言い出したくせにと、湊は唇を尖らせる。


「せっかく我慢してやろうと思ったのに、ンなコト言われたら我慢できねぇじゃん」


 と、煉は自分の腹を抱え、とても照れくさそうに言った。その様子を見て、またも笑ってしまう湊。

 けれど、現実問題として、2人が一緒に文化祭を回るのは困難を極める。どちらが様相を変えたとしても、何かしら目立つのは必須。

 2人は、湊の家へ向かって歩きながら対策を練る。



「そうだ、俺が変装すればいいんじゃね?」

「変装って、涙さんみたいに?」

「そ」

「身長髪色雰囲気、その他諸々で即バレだよ」

「んじゃお前が──」

「即バレだよ。運良く僕が蒼だってバレなくても、蒼だって事はバレちゃうでしょ」

「そっか、お前と雪は学校とか非公開だもんなー··。あー····ムズ」


 悩ましげに歩く2人の後ろから、聞き馴染みのある声が聞こえる。


「お2人さぁん、デートですかぁぁ?」


 バッと振り返る煉と湊。そこには、焼きたてのパンを詰め込んだ袋を抱え、ムスッと眉間に皺を寄せた樹が立っていた。


「び、びっくりしたぁ····」


 安堵した表情を見せる湊。隣で、煉も胸を撫で下ろしていた。


(そりゃこっちのセリフだけどね。ンな堂々とデートしてるとか思わないじゃん)


「呼ばれてなくてもジャジャジャジャーン」


 樹が、空いている手を顔の横でパッと開き、笑顔を作って言った。心臓が落ち着かないまま、湊は表情だけスンと落として尋ねる。


「何それ」

「ばーちゃん来た時よく言ってたやつ。俺も元ネタは知らね」

「しょーもな。それよか何それ。パンすっげ。お前それ全部食うの?」

「まっさか〜。タイムセールでめっちゃ安売りしてたから買いすぎちゃってさ。湊ん家にお裾分けしに行こうと思ってたんだよ」

「わぁ♡ いつもありがと、樹。うち寄ってく?」


 いつもの調子で聞く湊。煉は苛立ちを露わに、湊の肩をグッと抱き寄せた。


「目の前で堂々と浮気かよ」

「ひぇっ····。待って、樹は何も知ら──」

「知ってる。俺言ったから」

「····え?」


 突然のカミングアウトに、理解が追いつかない湊。怖々と樹の顔を見ると、笑顔を絶やさずにいるがどこか悲しげにも見える。


(恋人ができたなんて、樹に言うの照れくさかったから言えなかったんだけど、内緒にしてたの怒ってるのかな····)


 樹の作り笑顔に気づいた湊は、その裏にある真意を覗こうと様子を伺う。けれど、樹はいつも通りに飄々と振る舞ってみせる。


「えー、寄っちゃおっかな〜。煉が居ないトコで、シよっか♡」


 馬鹿な事を言って、煉から強烈な蹴りを喰らう樹。

 湊を困らせたくない樹は、湊にだけは心の内を知られないよう気丈にしていた。


 そんな樹を痛々しく見る煉だが、易々と湊を預けるつもりなど毛頭なかった。


「俺も湊ん家行く」


 と、思い切った宣言をする煉。湊の頭には、惟吹への説明が面倒すぎると過ぎった。それは樹も然り。

 それというのも、湊はあれから惟吹に何も説明していないのだ。勘違いだったと言って終わらせていた。そのツケが今まさに回ってこようとしている。


「えっと、それは····ちょっと、困るかな」

「なんで」


 湊は、事情を洗いざらい白状する。それを聞いた煉は、買い物袋を掛けた手を腰にあて、反対の手で顔を覆って項垂れた。

 ある程度の事情を知っていた樹でさえ、テキトーすぎるとダメ出しをする始末。苦笑いで誤魔化す湊だが、自分で築いた壁を壊す術は今の所ない。

 それでも、煉は湊の家に行くと言ってきかない。堂々巡りの中、樹が妙案を繰り出した。


「じゃぁさ、普通に彼氏ができたって言って紹介したらいいんじゃね?」

「え····えぇーっ!?」


 驚く湊をそっち退けで、樹が敵なのか味方なのか、見定めるように樹をジッと睨みつける煉。しかし、依然として樹の本心は垣間見えない。

 煉は警戒をしつつ、樹の提案に乗ることにした。



 湊の家について来た煉と樹。慣れた様子の樹と、そわそわして落ち着かない煉を、湊はチラッと見て溜め息を吐く。

 惟吹はまだ帰っておらず、湊が玄関を開け『ただいま』と言うと、駆けてきた双子が出迎えた。


「湊くん、おかえりなさい。なんだ、樹くんも居たんだ。ばいばーい」


 辛辣に、笑顔を向けて樹に手を振り追い返そうとする碧。


「いやいや、待ってよみーちゃん。今日はねぇ、惟吹のお誕生日会の準備手伝いに来たの。で、俺も参加したいな〜って」

「ホントに!? やったー! 僕、みんなの分のスプーン並べてくる!」


 両手を上げて大喜びする光。嬉しさのあまり興奮して、湊に抱きつきぴょこぴょこ跳ねている。

 可愛らしさに翻弄される湊だが、光の肩を優しく押さえて落ち着かせた。


「待ってね、ひー。まだスプーンの準備するのは早いよ。オムライスができたら言うから、その時にお願いね」

「そっか。うん、わかった! ····あれ? もう1人のお兄ちゃん、誰?」

 光は、抱きついた湊の後ろを覗き込んで聞く。まだ玄関先で佇んでいる煉に気づいたのだ。


「えっとね、この人は····」


(どどどっ、どうしよう····。惟吹のことばっか考えてて、みーとひーへの説明なんて考えてなかったよ〜)


 焦る湊は、言葉を見つけられずにあたふた。その隙に、樹がテキトーに紹介を始めてしまう。


「えっとねぇ、これは湊の新しいカモ····じゃなくてぇ、おともだ──」

「彼氏な。誰がカモだコラ、はったおすぞ····じゃねぇ··、月宮煉··デス。あー··っと、よろしく」


 煉は、碧と光への印象を悪くしないよう、屈んで視線を合わせて挨拶をした。


「わぁ····すっごいカッコイイなお兄ちゃん! ねぇ、カレシって何?」

「この人は湊くんの恋人ってことよ。ぜっっっっっったいに認めないんだから!!」

「ぅえ!? ちょ、なんだよ····」


 わなわなと拳を握りしめていた碧は、込み上げる涙を堪えて煉にビシッと人差し指を向けて言い放った。

 そして、リビングのソファを目指して走り出す。ソファに置いてあるクッションに頭を突っ込むのが、碧の拗ねスポットなのだ。


「なんだよアレ。なんで俺いきなり嫌われてんの?」

「あれは恋する乙女なんだよ。煉は敵が多くて大変だねぇ」

「はぁ?」


 戸惑うばかりの煉。玄関でしゃがんだまま固まっている煉の肩に手を置き、湊が申し訳なさそうに労う。


「折角ちゃんと挨拶してくれたのにごめんね。みー··、碧はなんだか難しい年頃みたいでさ。僕もよく分かんないんだ」

「····マジで分かんねぇの? お前のがヤバくね?」

「え?」


 それぞれの感情が停滞する中、さらに状況を悪化させる人物が帰宅した。


「玄関先で何やってんの?」


 惟吹だ。『たでーま』と気怠そうに帰ってきた惟吹は、渋滞している玄関に入れずそう言った。

 全員が惟吹に視線をやったまま固まる。湊は、最悪のタイミングで迎えたこの瞬間を、誰かどうにかしてくれと心から願うのだった。



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