湊の蕩けっぷりに危機感を抱いた煉。『もうシないの?』と戸惑う湊を起こし、持っていたパックジュースのイチゴミルクを湊に飲ませる。
煉は、湊が落ち着き正気を取り戻すまで、ギュッと大事そうに抱き締めたままだった。
煉の腕の中で、徐々に正気に戻っていった湊。イチゴミルクをちゅぅちゅぅと吸いながら、恥ずかしさが込み上げ顔を真っ赤にしてゆく。
まさか、自分があんなにも快楽に弱いなどとは思っても見なかった湊。頭をぽふっと煉に預け、小さな声で『煉のバカ』と罵った。
煉は、湊の身体がどんどん強張っていくのを感じる。想定外に蕩けていた湊だが、記憶はちゃんとあるのだと煉は気づき、悪口を零した湊に意趣返しを企む。
「お前が煽ってきたんだろ。俺以外にあんな顔晒すなよ。エロすぎだっつぅの。··あ、
「なっ··、え、エロくなんかないもん! 煉の意地悪····」
「意地悪じゃねぇんだよ」
煉は、湊の頬を包むように持ち上げて言う。
「お前、マジでエロいんだよ。キスだけでトロットロになってたん自覚あんだろ? あんな顔、俺以外に見せたくねぇの。····分かれよな」
「····っ。じゃ、じゃぁ命令とか言わないで、初めから普通にそう言ってよ」
いっぱいいっぱいになりながらも、何とか要望を伝える湊。そして、ある事に気づく。
「そうだ、気になってたんだけどね、僕たち、その··こ、ここ、恋人になったでしょ? だったら、僕が煉の命令に従うってやつ、なくならないのかなぁって。··は、流石に虫が良すぎるよね」
「そうだな。なしにしてやってもいい」
(してやってもいいって··、本当になんでも上からなんだから。よし、この際だからちゃんと対等に――)
意を決する湊だが、煉は先手をとって宣言してしまう。
「これからは命令じゃなくて
「····え?」
「2人ン時は前髪上げんの継続な。んで、俺の連絡には5分以内に返すこと。それから――」
「ま、待ってよ! それじゃ今までと変わらないよ」
「は? 全然違ぇだろ」
「····どこが?」
煉は、これまで強制していた事を、これからは湊の判断で行動していいのだと言った。あくまで、これからは恋人として“お願い”をするのだと強調する煉。
「うーん、なんか釈然としないなぁ。それじゃぁさ、煉も僕からのお願い聞いてくれたりするの?」
「当たり前だろ。俺は
煉の放つ言葉全てが甘く聞こえてしまう湊。蜜月とはよく言ったもので、両思いになった途端、湊は恋の深みにハマってゆく。
だが、夢現の湊を現実に引き戻す事柄がわんさかあった。
湊は、煉の『叶えてやる』という言葉で、ある約束事を思い出した。それは、湊にとってとても大切な約束。
「そうだ! 今日ね、すぐ下の弟の誕生日なんだ。惟吹って言うんだけど、それでね、惟吹のリクエストでオムライス作らなきゃなんだ!」
「へぇ··。んで?」
嬉しそうに話す湊。煉は、自分との時間に割り込んできた悔しさなど、その顔を見るだけで吹き飛んでしまった。
煉は満面の笑み話す湊につられ、柔らかい笑みを浮かべて話を聞く。
「で····ハッ! 特売の時間なんだよ、卵の! だから煉、一緒に来て?」
煉の胸ぐらにしがみつき、縋るような目で見上げる湊。あざとく縋ってくる湊に、込み上げる感情をグッと抑える煉だが、ふと『特売』という言葉が過ぎり我に返った。
「あ? とく··ばい?」
ひょんなコトから、人生初の激安スーパーに立ち入る事になった煉。見たことのない光景に、煉はスーパーの前でたじろいでしまう。
「これが··、スーパー····」
「何してるの煉、早くしないと卵売り切れちゃうよ」
そう言って、煉の手を引き卵売り場へ直行する湊。そこは戦場の如く殺伐とした空気で、みな一心に100円引きの卵を狙っている。
呆然と立ち尽くす煉を置いて、湊は群衆に押し入ってしまう。そして、湊は押し合う主婦に紛れ、残り少ない卵を2パックも勝ち取ってきた。
「1人1パックなんだ。1000円以上お買い上げで安くなるから、カゴ分けるね!」
湊は、鼻息を荒くしてそう言うと煉にもカゴを持たせ、1000円ずつになるよう買い物をしてゆく。必要な物をカゴに放り込むと、煉に代金を渡してそれぞれレジへ向かわせた。
カゴの最上にちょこんと乗せられた卵を見つめ、煉は状況を整理する。自分を置いて行ってしまう湊の背中と卵を交互に見て、わけも分からないままゆっくりと歩み始める煉。
コンビニ以外のレジを初体験し、荷物をエコバッグに詰める湊を手伝って煉は思う。
(コイツ、いつもこんな苦労して買い物してんのか。コンビニじゃ買えねぇのかよ)
スーパーを出たところで、嬉しそうに『煉のおかげで2パックも変えちゃった』と笑顔を見せる湊。あまりの愛らしさに、煉は心臓がギュッと締め付けられる。
そして、煉は深く考えないまま言葉を放った。
「お前、卵も買えないくらい··その··貧乏なのか?」
「え? そういうワケじゃないけど、安いに越したことはないでしょ。弟たちの学資金とか貯めておきたいし」
「学資金····あぁ。そういうもんなのか····」
「お金持ちには分かんないだろうけど、一般家庭なんてこんなもんだよ」
「そういや家事も大変だつってたよな。そういや、お前ん家も母親が居ねぇんだろ? ····そうだ、メイド。俺ん家のメイド派遣したら会える時間増えるか?」
突拍子もない発言をする煉。
その必死さに、湊は思わず笑いが込上げる。思うままに発言する煉を可愛いと思ってしまったのだ。
「あははっ! メイドさんはありがたいけどいいや。家族がびっくりしちゃうもん」
「あぁ··そうか。そうだな」
「でも、そうだね。僕の所為で会える時間少ないもんね」
多忙を極める湊の負担になりたくないと思う煉。だが、会いたい気持ちも抑えられなかった。
煉は、卵の入った袋をギュッと握り、躊躇いがちに言う。
「なぁ··、文化祭、どうにか一緒に回れねぇかな」
「え····」
「いや、やっぱいい。バレたら面倒だもんな。忘れろ」
パッと俯いて、手で項を隠すように撫でながら言う煉。バツが悪そうに、すぐさま発言を撤回した。
きっと、湊を困らせるだけだ。そう思った煉だったが、チラリと見た湊の表情は、煉の想像とはまるで違うものだった。
「忘れないよ」
湊は、瞳をキラキラと輝かせて言った。