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第43話 一触即発で交わす宣戦布告


 湊のカップケーキに夢中過ぎた樹の失言に、煉は項垂れて『バカかよ』と悪口を落とした。


「あれ? 煉も湊きゅんと知り合いなの?」

「····まぁ、ちょっと」


 煉は視線を逸らして答える。仁が可愛い男子を好きな事は暗に知っている煉。樹が湊と自分の事を話していないところから察するに、仁が絡むと面倒だと判断したのだ。


「そーなん? ふーん、意外だねぇ····。俺はねぇ、湊きゅんとトモダチ」

「は?」


 慌てた樹は、コソッと煉にメッセージを送った。


──前に俺と湊で遊んでた時

──仁と遭遇して一緒に遊んだんだよね

──で、仁が湊のコト気に入っちゃって狙ってるっぽいん

──めんどいからどうにかしてよ

──あとお前

──湊と何かあった?


 かなり要約した内容を連投し、煉の反応を待つ樹。手っ取り早く、白々しい演技で仁を部屋から追い出そうと試みる。


「あー! やっべ喉詰まった! 仁、ジュース買ってきて」

「マ!? おっけおっけ、ちょい待ってな」


 部屋を飛び出し、急いで自販機に向かう優しい仁。樹は、ホッと胸を撫で下ろした。

 煉は、スマホを見るなり目をカッと見開き、眉間に皺を寄せ樹を睨み上げる。


「何これ。聞いてねぇ」

「偶然からの成り行き」

「あっそ。俺は湊のトモダチじゃねぇけど」


 煉は、膝に肘をついて前屈みになると、樹からスマホへ視線を下ろした。煉が仁に嫉妬しているのだと思った樹は、好機とみて湊を救わんとする。


「お前が脅したりするからだろ。で、湊とはどーなのよ。まだ奴隷ごっこしてんの? そろそろさ、もう解放してあげ──」

「付き合ってる」


 煉の言葉が理解できない樹は、ゆっくりと立ち上がって挙動不審に動き回る。

 漸く聞き返す言葉を見つけたのか、再び椅子に座って煉と同じ体勢になった。そして、絞り出すように声を発する。


「······誰と誰が?」


 樹の声が震えている。考えたくもない想像が拭えない樹は、自分の考えを否定するように、他人の話であれと願った。


「俺と──」 

「煉と? 誰が?」


 煉の言葉を遮る樹。これから突きつけられる現実を、少しでも先延ばしにしようと抵抗を見せる。

 樹の圧を感じつつも、煉はありのままの事実を伝えるのだった。


「····が」


 樹はググッと目を開き、最も聞きたくなかった言葉を脳に届けた。天井を見上げ瞼を閉じる。

 思考を巡らせ····る間もなく、先にキレかかってしまった。


「······は? はぁぁぁぁぁぁっ!!? なんでお前となんだよ! 俺は!? 俺がずっと影··いや表立って支えてたじゃん!? なんならゆっくり距離詰めてたしイイ感じだったじゃん!? あと一歩って感じだったじゃん!! だったら選ぶの俺でしょ!? なんでお前なの!? なんで俺じゃないの!?」


 耳に指で栓をして声を遮断する煉。樹の絶叫が止むのを待ち、静かに言葉を返す。


「うるっせぇな。つぅかお前、そんなテンションで喋れんのな。すげぇ早口。まぁ、ちゃんと両想いだから心配すんなよ」


 言い切るやふっと笑い、勝ち誇った顔を見せつけてくる煉に、感情が爆発する樹。


「いやいやいやいや、なんで!? どーなってそーなってんの!? ンなハナシ湊から聞いてねぇよ!?」

「別に口止めとかしてねぇけど」


 煉は、事の成り行きを淡々と、かなり端折って語る。踏み切れずに湊を傷つけた事、両想いになりお互いを求めあった事、煉の中でターニングポイントとなった事をまとめて話した。

 聞くに堪えないが、それでも真実を知りたい樹は歯を食いしばって最後まで聞いた。聞き終えた樹は、何も言葉を発せず煉を真っ直ぐに見つめる。

 少し赤らんだ頬で、幾分かのテレを含んだ煉の表情。それを見た樹は、今聞いた全てが煉の妄想ではないのだと確信する。


(コイツ、んな表情かおできたんだ。湊のこと、マジなんだろうな。うわヤバ、泣きそう····)


 樹は、溢れんばかりの感情を押し殺し、今にも滲んできそうな涙を飲み込む。けれど、湊の顔が浮かび想いが溢れる。

 煉と唇を重ねた湊を想像し、嫉妬と怒りが込み上げてきた。湊の為と言い訳をし、これまで勇気を出せずにいた度胸のない自分への怒りも然り。

 樹はフラッと席を立ち、教室の後方にある棚に座ると壁に背を預けた。


「なぁ煉」

「ん?」

「俺、湊渡す気ねぇから」

「っそ。勝手にしろよ。意気地なしのお前にくれてやるほど、マヌケじゃねぇよ」

「言ってろ。湊の事は俺のが知ってんだぞ? ソッコー取り返してやっから覚悟してろよ」

「ハッ、元々お前のじゃねぇんだよ。湊は絶対ぜってぇ誰にも渡さねぇ」


 2人の間にバチバチと火花が散る。どちらも譲る気などなく、一触即発な空気の中で宣戦布告を交わした。


 そこへ、何も知らない仁が息を切らせて戻ってきた。飲み物を3本抱え、樹の為に走って帰ってきたのだ。


「樹、まだ生きてる!? って、あれ? なんか空気重くね?」

「ぜーんぜん重くないよ〜。てか飲み物ありがとね」


 いつもの飄々とした雰囲気に戻して言うと、樹は棚からひょいと軽やかに飛び降りた。

 仁は首をかしげながらも、樹に炭酸水を投げ渡す。受け取った樹は『なんで炭酸水なんだよ! しかも投げんな!』とツッコんだ。樹はそれをヤケ飲みし、喉にくる炭酸の刺激に顔のパーツを中央へ寄せた。


 それから、仁は煉へイチゴミルクを手渡しながら聞く。


「そういや煉さ、最近穂月と会ってねぇの? 昨日穂月に捕まってさぁ、なんかすげぇ剣幕で煉不足語られたんだけど」

「····」


 机に乗せた足を組み、座っている椅子を後ろへ傾ける煉。残りのカップケーキを口へ運び、黙って窓の外を眺める。


「テキトーに誤魔化しといたけど····え、穂月となんかあったん? ついに煉ちゃんキレた?」

「····なんもねぇよ」


 煉は、湊を巻き込んだ一件を思い返し、厄介な事案を後回しにしてしまったと後悔していた。

 その発端となった樹に、少しだけ苛立ちを感じている。けれど、自覚していた厄介さを断ち切るには良い機会だと、煉はまた腹を括った。


(湊と関わってからあれこれ変わってくな····。まぁ、悪い気はしねぇけど)


 自分の変化を微笑ましく感じる煉は、無自覚に柔らかい笑顔を零した。それを見た樹と仁は、顔を見合わせて首を傾げる。


「煉さぁ、なんか変わったよね」


 椅子の背もたれを煉に向け、跨るように座った仁。背もたれへ掛けた腕に、ちょこんと顎を置いて言った。


「あぁ、かもな。日々アップグレードしてってんだよ」


 と、したり顔で言う煉に、またも顔を見合わせた樹と仁が声を揃える。


「······アホっぽー····」


 ムスッとした煉は、残っていた樹と仁のカップケーキを素早く回収し、2人が止める間もなく口へ放り込んでしまった。



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