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第42話 誰の為の甘々


 めでたく想いが通じ合った煉と湊。しかし、浮かれてばかりもいられない。

 ライブの翌日と言えど、日常はいつも通り巡る。



 目下の課題は文化祭。開催まで半月を切っていた。

 煉は劇の練習が大詰めを迎えている。湊は、クラスの出し物の準備を進めていた。

 湊のクラスは本格的なカフェをするのだが、目立ちたくない湊は当然裏方。けれど、どうにも目立ってしまう流れなのである。

 というのも、日頃の成果と言ってもいい、得意な料理の腕を振るうハメになっているのだ。


 お菓子作りができる人員を募集していた際、役に立てるのならばと女子に混じって立候補した湊。立候補した数人がお菓子を持ち寄り、クラスで試食会が行われた。

 そこで、群を抜いて評判の良かったのが湊のお菓子。満場一致で、湊のお菓子がメインで提供されることになったのだ。


 第2回目の試食会と称して、湊の作ったお菓子が並べられる。その出来栄えがあまりに良く、瞬く間に噂は広まり他のクラスからも続々と人が雪崩れ込んできた。

 有象無象が湊の料理に群がり、遠慮の欠片もなく食い荒らしていく。


 そこへ、三王子が颯爽と現れた。煉を先頭に、気怠そうに飴を口の中で転がしている仁と、愛想良く群衆に手を振る樹がついて歩いてくる。

 湊もそれに気づくが、お菓子を配るのに精一杯でそれどころではない。けれど、煉たちがズンズンと進めば自然と、料理に集っていた生徒たちがザザッと退いて道を開ける。女子が主立って、男子を押し退けて道を作っているのだ。


 女子が数人、三王子に料理を勧める。が、もう随分と食い散らかされた後。不満そうな煉は、女子たちをジロっと睨む。


「ひゃぁ〜♡ 月宮くんに睨まれちゃった」


 ウザさを隠そうともしない煉などお構いなしに、女子たちはキャッキャと喜んでいる。


「ね〜これ、めっちゃ美味いって聞いて来たんだけど····もうない感じ?」


 樹は、煉を押さえるように肩を組み、残っていたカップケーキの欠片を摘まみ上げて言った。


「あ、あるにはあるけど····」


 他人行儀に聞く樹。湊と親しい事がバレないよう、樹なりの気遣いなのだ。

 湊もそれに合わせる。けれど、湊が気になるのは煉の様子。


「ね、樹。湊くんとなんかあったん? よそよそしくね? 俺狙い目?」


 何も事情を知らない仁が、樹に耳打ちをする。


「バカじゃねぇ? ンなわけねぇだろ。後で説明するから、とりあえず黙ってて」

「おけー」


 仁と樹のやり取りにさえ気づかず、湊はチラリと煉を盗み見る。不機嫌そうにしている理由が自分の手料理だと気づくと、湊はふっと笑ってしまった。


「ん? 何か面白かった?」

「あ、いや、なんでも····」


 樹に聞かれ、ふいっと視線を逸らした湊。だが、すぐにまた煉をチラッと見上げる。

 同じタイミングで、煉も湊をチラ見する。視線がぶつかり、一瞬微笑んでから視線を外した煉。湊は、頬を少し赤らめて俯いた。

 湊の機微に聡い樹は、その視線にいち早く気づく。けれど、この場で問い詰めることなどできず、グッと言葉を飲み込んだ。


「あー··まだあるんならさ、俺らにもちょーだい?」

「あ、でも····」


(もう、樹のバカ! それは、この後クラスのみんなで食べる──)


 湊が、後ろの机に置いてあった箱を確認しようと振り返った時だった。女子がその箱を手に、樹へ渡してしまったのだ。

 ブーイングを寄越す男子と、文句があるのかと睨みつける女子。女子が圧力で制し、カップケーキは樹たちの手に渡った。


 満足そうに教室を出ていく樹と仁。見えなくなる一瞬の隙に、煉は湊を盗み見る。

 煉の目に映ったのは、一軍男子から『明日も何か作ってきてくれ』とせがまれハニかんでいる湊の姿。珍しく、クラスの輪の中心に居る湊を見て、煉は少しモヤッとした気持ちをくすぶらせた。



 湊のお菓子を抱えてルンルンと歩く樹を先頭に、別館へ向かう三王子。煉の目を盗み、仁は樹に耳打ちをした。


「なぁ樹、さっきのなんなんだよ」

「さっきの? ··あぁ、湊のコト?」

「そっ。なんかあった?」

「湊ねぇ、目立つの嫌がるから学校では俺と関わんないようにしてんだよね。ホラ、俺カッコ良くて有名人じゃん?」


 くるっと振り向き、仁にドヤ顔を決めて言う樹。そのキメ顔が無駄にカッコイイと、湊に言われてからお気に入りのキメ顔になっている。


「バカはお前じゃんね。あぁ、そんでこないだお前地味男だったんだ。つぅか湊きゅんも可愛いから目立ちそうなのにね」

「湊きゅん言うな。バカはお前だっての。湊は可愛すぎんのがバレないように前髪下ろしてんだよ。まぁ、他人のフリめっちゃ寂しいんだけど。だぁからぁ、仁も学校では湊に絡むなよ? 湊、困ると泣いちゃうからさ」


 樹は、仁の首にガッと腕を掛けて言った。


「何それ可愛い。泣かせたい」

「は? 真面目にボコんぞ」

「わぁ〜こわーい」

「おい」


 煉の目の前でコソコソと話す2人。それに気を悪くした煉は、2人を呼び止めひと睨みして樹からカップケーキを取り上げた。


「あっ、おい! それ俺の戦利品!」

「うっせ。どうせ皆で食うんだろ? お前が持ってたら潰しそうだから持っててやるよ」

「はぁ!? お前ふざっけんなよ! みっ··──」


 湊の手作りだからって····と言いかけて、樹はまた言葉を飲み込んだ。

 仁は何も事情を知らないのだ。煉と湊の関係を知られると、さらに話がややこしくなりかねない。そうなれば、湊に迷惑が掛かる結果に繋がるだろう。

 そう判断した樹は、もどかしくも仁に多くを語らないでおこうと心に決めた。



「つぅかさぁ、煉が人の手作りとか食べんの珍しいね」

「あ?」


 別館の空き教室へ入るなり、誰よりも先にカップケーキを口に詰める煉。


「ちょっ、俺らの分食うなよ?」


 物凄い勢いで口へ運んでいる煉に、仁が呆れて言った。


「煉てさ、シェフの作ったもん以外食わねぇイメージ」

「んなこたねぇけど····」

「つぅか文祭とかも参加しないイメージ」

「まぁ、今回は気まぐれっつぅか····。ンなの俺の勝手だろ」

「へぇ〜。めっずらし〜····って、それ1個頂戴よ」


 煉が抱えている紙袋に、仁が手を突っ込もうとした。それをひょいと避けて阻む煉。

 仁は、わけが分からないと言いたげな顔をしている。


「こーら、煉。ちゃんと分けなさいって」


 樹が、煉の背後から紙袋を取り上げた。そして、テーブルに置いて紙袋を破り開く。

 樹は仁の隣に座り、カップケーキを頬張った。


「ん。うま♡ 湊のお菓子、久々ぁ♡」

「甘すぎじゃねぇ?」


 散々食べておいて言う煉。仁と樹は、ジトッと煉を見て言う。


「んじゃ食うなよ。俺が全部食うから」

「そーそ。って樹さん、俺も食うかんね?」

「やだよ。湊が作ってくれたんだから俺が食う」

「お前の為に作ったんじゃなくない? てかもう隠さない感じなの?」

「何が?」


 話半分に、大きな口を開けてカップケーキにかぶりつく樹。


「何がって··、お前が湊きゅんラブなの」

「あ〜、ね、うん。もうういいや。お前らに隠してもロクな事になんないだろうし」


 キョトンとする仁。煉は項垂れ、樹に悪口を落とす。


「····バカかよ」

「··へ····?」


 湊のカップケーキに夢中の樹だったが、自分の発言を振り返ってハッとした。



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