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第40話 決着の時


 蒼と涙さんとして握手をした、湊と煉。その瞬間に沸き立った、煉に触れたいという湊としての想い。

 自分の中で渦巻いていた想いに気づいた湊は、帽子とマスクの間に見える煉の目をじっと見つめて、ぽそっと囁くように一言零す。


「好き····」


 思わず漏らしてしまった言葉に、煉だけでなく蒼自身も驚く。蒼は慌てて手を離し、早口で『今日も来てくれてありがとう!』と言って、次のファンへ回してその場を逃れた。


 煉は、固まったまま暫く動けず、状況が理解できないまま呆然と立ち尽くす。交流会が終わり、足早に楽屋へ戻る蒼を見送り、煉はボーッとしたまま会場を後にした。



 楽屋へ戻るメンバー。今日は珍しく、楽屋の前で社長が待っていた。

 社長は、テレビ出演の依頼があったと知らせに来たのだ。驚きつつも喜びを隠せないメンバーたち。着実に人気を伸ばしているのだと実感する。


 ご機嫌な社長が、メンバーの頭をくしゃくしゃっと撫でて回る。湊と尚弥は、頭を差し出しはにかむ。綾斗はすぅっと1歩下がり避けた。

 秋紘は社長の手首を掴み、キレ気味に『セット崩れるからやめてって言ってんじゃん』と言って拒絶する。この後、ライブ後に毎回行われる、サルバテラの公式チャンネルでの生配信が控えているのだ。

 が、社長も引かず、見慣れた取っ組み合いが始まった。こうなると、どちらも退かないので収拾がつかない。だから、配信が始まる頃にまた、綾斗が秋紘を回収する羽目になるのだ。


 綾斗は、手の焼ける秋紘を一旦放置して、湊と尚弥の肩を抱いて控え室へ連れて入った。


「湊、尚弥、今日もお疲れ様」


 綾斗は年下の2人を労い、冷たいジンジャーエールを渡した。


「ありがとう。綾斗くんもお疲れ様」

「綾斗くん、今日も歌ヤバかったね。ボク、ソロパートの時なんて思わず聴き惚れちゃったよ」


 尚弥は綾斗の歌声を思い出し、うっとりとした表情で紙コップへ唇をつける。


「僕もだよ! 綾斗くんの声、優しいもんね。あの曲に凄く合ってる」

「あはは、やめてよ2人とも。照れるなぁ」


 頬を桃色に染めた綾斗は、照れながら配信の準備を始める。


「そう言えば湊さ、さっき涙さんと何かあった?」

「ンブッ····」


 尚弥に聞かれ、焦って噎せる湊。驚いた尚弥は、慌てて湊の背中をさする。


「ちょっ、大丈夫?」

「ゴホッゴホッ、だ、大丈夫。な、何かって?」

「よく聞こえなかったんだけど··、湊が何か言ったあと、2人とも固まってたでしょ」


 まさか見られていたなんて。と、湊は焦りながらも『ちょっと目が合って、お互いビックリしてただけだよ』と言って誤魔化した。

 湊は尚弥から逃げるように、綾斗の隣へ行き配信の準備を手伝う。不服そうな尚弥だが、それ以上は聞かずにジンジャーエールをグビッと飲み干した。


 ライブが終わって1時間後、生配信が始まった。ライブの感想を言い合ったり、いくつかのコメントに返事をしていく。

 今日は、蒼と雪のウィンクと『バーン♡』の話で持ちきりだ。華麗にウィンクをキメた雪とは違い、ぎこちないウィンクしかできない蒼はいたたまれない。

 あれは雪のアドリブだったのだと言う蒼。ついでに、下手くそなウィンクを詫びた。

 けれど、ファンからの評判は抜群だった。少し自信をつけた蒼は、また頑張るとファンに約束をする。直後、コメント欄は『可愛い』や『頑張って』で埋め尽くされた。



 配信を終えて、メンバーはそれぞれ帰り支度を始める。すると、綾斗が着替えながら、会場入りした時に会った煉について話し始めた。

 あれが煉だとは知らない綾斗は、変な人がウロついていたと言う。それが煉の事だと、露ほども思わない湊は『気をつけなきゃね』と返す。

 その頃丁度、煉はくしゃみをひとつ····。


 帰路についた湊はスマホを開き、届いているメッセージを見た。ピタッと固まり、思わず立ち止まる湊。


「道のド真ん中で突っ立ってんじゃねぇぞ」


 背後から聞こえた声に、湊は血が沸き立つような感覚がして、勢いよく振り返った。1秒でも早くその顔が見たいと、本能が身体を動かしたのだ。


「煉····」


 振り向いた先には、ポケットに手を突っ込んで、無駄に格好良く湊を見下ろしている煉の姿があった。髪をハーフアップに結んでいて、顔が良く見える。

 煉を見た瞬間、心臓が苦しくなった湊は胸元を握り締めた。身体から顔まで、一気にぶわわっと熱くなる。けれど、ネガティブな記憶が頭をぎり、また心と身体が乖離してゆく。

 悲痛な表情で見上げてくる湊を、煉は心配そうに見下ろす。どうしたのかと聞きたいが、それよりも先に聞きたいことがあった。


「さっきの、何?」

「煉こそ、あのメッセージなんなの?」


 開かれたままのスマホには、煉からのメッセージが『腹括った』と一言だけ。


 それほど広くない歩道の真ん中で、ジッと見つめ合う2人。互いに相手の言葉を待ち、ヤキモキするような沈黙が続く。

 幸い人通りはなく2人きり。永遠に続くかと思われた沈黙を、煉が破った。


「俺さ、好きとか愛してるとか信じらんねぇんだよ」


 両親の事を話し、自身が抱えている問題を打ち明ける煉。それに応えて湊は、ずっとモヤモヤしていた迷いを伝えた。

 そうして、2人は互いの悩みを漸く知り、関係に決着をつけようと決心する。


「一生かは分かんないし、まだ約束もできないけど····。僕は、今、煉のことを好きって気持ちをもっともっと大きくしたい」


 顔を赤くして告白する湊。湊の素直な言葉にグッときた煉は、心に決めてきた想いを伝える。


「俺も湊が好き。蒼とは違う好きな。蒼は、応援したいし見守りたいし憧れでもある。けどお前は、湊のことは、触れたいし抱き締めたいし··、俺がこの手で守りたい」


 そう言って、煉は湊を迎えるべく両手を開く。湊は吸い込まれるように、煉の腕の中へ。

 想いの通じ合った2人は、惹かれ合うまま抱き締め合った。



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