諏訪は、紅茶のおかわりを注ぎながら小言を言い始めた。
「申し訳ございません、差出がましい事を申しました。ですが、煉様はどうにも相手のお心を蔑ろにしがちですからね。西条様を傷つけてしまわれたのではないかと心配になりまして····」
カップから2人へ、チラリと視線を上げる諏訪。ムスッとふんぞり返っている煉とは裏腹に、しゅんと落ち込んだ面持ちの湊。
ハッとした諏訪は、慌てて湊に声を掛ける。
「西条様、大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが····」
「だ、大丈夫です。····煉は、何も悪くありません。問題があるとすれば、僕のほうなので」
ピクッと眉を
湊は、煉の言動に腹が立つものの、自分にも決めかねている心があると自覚していた。湊なのか蒼なのか、以前にも増して自分が分からなくなっている。
湊はずっと宙ぶらりんなままで、それ故に煉に強く出られない。煉に『
なのに、煉が見ているのは、煉が想っているのは、
湊の発言に、諏訪はささやかなアドバイスを送る。
「おやおや····。お二人の間で起きた事に、どちらか一方のみが悪いなど有り得ません。それはもう、お二人の問題なのですから」
湊と煉は、それぞれ胃のあたりがドクンと熱くなる。頭の片隅では分かっていた事。それを的確に指摘されたのだから、心中穏やかではない。
「一度、腹を割って話してみてはいかがでしょうか····と口が過ぎましたね。年寄りのお節介だと思ってお聞き流しください」
諏訪はそう言い残して部屋を出ていった。残された2人は、顔を合わせることもなく沈黙が続く。
先に、重い口を開いたのは湊だ。迷い迷い、言葉を置いてゆく。
「あのさ、別に、諏訪さんに言われたからとかじゃないんだけど、僕たち、もっと話したほうがいい··と、思うんだ」
「何を話すんだよ。俺は結論言っただろ」
「それは····」
「結局、お前はどうなんだよ」
(好きかどうかってことだよね? 好き··ってなんなんだろう。今までそういうの考えたことなかったな····。そもそも煉は男だし、あれ? 男同士でキスってしていいの?)
「僕、は····まだ分かんない」
「じゃ、進まねぇな。つぅことで、この話はここまで。それ食ったら通しでやんぞ」
一貫して冷たい態度の煉。湊は、涙を堪えて返事をした。
誰に相談できるわけもなく、1人で抱えるには苦しすぎると悩む湊。例のシーンを数度演じたが、その都度キスをしてくる煉。
煉の意図が分からない湊には苦痛だったが、それでも煉と触れ合う度に高鳴る鼓動は、さらに湊を惑わせた。
2人の関係は変わらぬまま、新学期が始まった。文化祭まで半月を切っている。けれど、湊と煉にはそれよりも重大なイベントがあった。
打ち合わせとゲネプロを控えていた湊は、ホームルームが終わるなり教室を飛び出した。こんな時、担任の長話にはイライラさせられるものだ。
まだまだ暑さが残る8月下旬。汗だくになりながら、大急ぎで階段を駆け下りる湊。階段の中腹辺りから飛び、ヨタつきながらも1階に着地。
そのままの勢いで廊下へと飛び出す。が、そこでまた人とぶつかってしまった。
「んわぁっ!」
「チッ··ってぇー····」
「すすす、すみません! 僕、急いでて──··あ、煉····」
湊は、気まずさから視線を逸らす。けれど、それどころではない煉は、何度も同じ過ちを繰り返す湊に大層お怒りだった。
「テンッメ····何回出会い頭すんだよ! 前髪で前見えてねぇくせに走んな!」
「ご、ごめん···。でも、煉でよかったぁ」
ぶつかった相手は煉だった。湊は、煉の顔を見て思わず胸を撫でおろす。そして、煉には口元だけで分かるほど、ふわっとした柔らかい笑顔を零した。
「··っだーっ!! それ衣装の飾りだろ。ほいほい落としてんじゃねぇぞ。身バレ身バレつってビクついてる割にドジっ子すぎんだろ。ったく、マジでそのヒロイン属性どうにかしろ!」
捲し立て息を切らせる煉。キョトンとそれを聞いていた湊は、衣装につける装飾品をカバンにしまいつつ謝る。
不満そうな煉は焦る湊の手を引き、裏門付近に待たせていたタクシーへ押し込んだ。
(ひえぇぇぇぇ······なんでタクシーに乗せられてんの!? どこに連れてかれるんだろ。時間ないのにぃぃぃ!)
タクシーを降り、落ち込む湊は顔を上げて驚いた。それもそのはず。目的地だったライブ会場の裏口に立っていたのだから、湊は目を丸くして煉を見上げた。
「な、なんで?」
「は? お前、今日ここでライブだろ。聞いてた時間逆算したらギリギリなんくらい分かるわ」
当然、正規ルートでチケットを入手済みの煉。チケットをヒラヒラと湊に見せつける。
そして、開いた自動ドアの向こうへと、湊の背中を押した。
「頑張れよ、蒼」
トンッと背中を押され、ふわっと数歩前へ出た湊は振り向いて煉を見る。心から応援してくれているのだと分かるほど、穏やかで優しい笑顔。
「····う、うん」
湊はパッと表情を変え、笑顔で『ありがとう!』と言って走り出す。
煉の応援がどちらに向けられたものだとて、自分に向いている事は間違いない。気持ちを切り替えてライブに集中しようと、湊は応援を素直に受け取った。
駆けて行く湊の背中を、煉は頬を赤くして見送る。口元を片手で覆い隠し、周囲に誰も居ない事を確認した。
(っはぁぁぁぁ〜〜····。なんっだよアイツ、
煉はその場に座り込み、高鳴る心臓を落ち着かせるために大きな溜め息を吐く。気の抜けた煉は、煩い鼓動に耳を塞がれ、背後へ迫る足音に気づかないでいた。