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第38話 2人の問題だから


 諏訪は、紅茶のおかわりを注ぎながら小言を言い始めた。


「申し訳ございません、差出がましい事を申しました。ですが、煉様はどうにも相手のお心を蔑ろにしがちですからね。西条様を傷つけてしまわれたのではないかと心配になりまして····」


 カップから2人へ、チラリと視線を上げる諏訪。ムスッとふんぞり返っている煉とは裏腹に、しゅんと落ち込んだ面持ちの湊。

 ハッとした諏訪は、慌てて湊に声を掛ける。


「西条様、大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが····」

「だ、大丈夫です。····煉は、何も悪くありません。問題があるとすれば、僕のほうなので」


 ピクッと眉をひそめる煉。諏訪から、カップを奪うように受け取り口へ運ぶ。


 湊は、煉の言動に腹が立つものの、自分にも決めかねている心があると自覚していた。湊なのか蒼なのか、以前にも増して自分が分からなくなっている。

 湊はずっと宙ぶらりんなままで、それ故に煉に強く出られない。煉に『だったわ。俺がキスしてぇのも、惚れてんのも』と言われた時、心底嬉しいと思ったはず。

 なのに、煉が見ているのは、煉が想っているのは、だけでなくでもあるのだろう。そう感じて素直に喜べなかった。


 湊の発言に、諏訪はささやかなアドバイスを送る。


「おやおや····。お二人の間で起きた事に、どちらか一方のみが悪いなど有り得ません。それはもう、お二人の問題なのですから」


 湊と煉は、それぞれ胃のあたりがドクンと熱くなる。頭の片隅では分かっていた事。それを的確に指摘されたのだから、心中穏やかではない。


「一度、腹を割って話してみてはいかがでしょうか····と口が過ぎましたね。年寄りのお節介だと思ってお聞き流しください」


 諏訪はそう言い残して部屋を出ていった。残された2人は、顔を合わせることもなく沈黙が続く。



 先に、重い口を開いたのは湊だ。迷い迷い、言葉を置いてゆく。


「あのさ、別に、諏訪さんに言われたからとかじゃないんだけど、僕たち、もっと話したほうがいい··と、思うんだ」

「何を話すんだよ。俺は結論言っただろ」

「それは····」

「結局、お前はどうなんだよ」


(好きかどうかってことだよね? 好き··ってなんなんだろう。今までそういうの考えたことなかったな····。そもそも煉は男だし、あれ? 男同士でキスってしていいの?)


「僕、は····まだ分かんない」

「じゃ、進まねぇな。つぅことで、この話はここまで。それ食ったら通しでやんぞ」


 一貫して冷たい態度の煉。湊は、涙を堪えて返事をした。


 誰に相談できるわけもなく、1人で抱えるには苦しすぎると悩む湊。例のシーンを数度演じたが、その都度キスをしてくる煉。

 煉の意図が分からない湊には苦痛だったが、それでも煉と触れ合う度に高鳴る鼓動は、さらに湊を惑わせた。




 2人の関係は変わらぬまま、新学期が始まった。文化祭まで半月を切っている。けれど、湊と煉にはそれよりも重大なイベントがあった。


 打ち合わせとゲネプロを控えていた湊は、ホームルームが終わるなり教室を飛び出した。こんな時、担任の長話にはイライラさせられるものだ。

 まだまだ暑さが残る8月下旬。汗だくになりながら、大急ぎで階段を駆け下りる湊。階段の中腹辺りから飛び、ヨタつきながらも1階に着地。

 そのままの勢いで廊下へと飛び出す。が、そこでまた人とぶつかってしまった。


「んわぁっ!」

「チッ··ってぇー····」

「すすす、すみません! 僕、急いでて──··あ、煉····」


 湊は、気まずさから視線を逸らす。けれど、それどころではない煉は、何度も同じ過ちを繰り返す湊に大層お怒りだった。


「テンッメ····何回出会い頭すんだよ! 前髪で前見えてねぇくせに走んな!」

「ご、ごめん···。でも、煉でよかったぁ」


 ぶつかった相手は煉だった。湊は、煉の顔を見て思わず胸を撫でおろす。そして、煉には口元だけで分かるほど、ふわっとした柔らかい笑顔を零した。


「··っだーっ!! それ衣装の飾りだろ。ほいほい落としてんじゃねぇぞ。身バレ身バレつってビクついてる割にドジっ子すぎんだろ。ったく、マジでそのヒロイン属性どうにかしろ!」


 捲し立て息を切らせる煉。キョトンとそれを聞いていた湊は、衣装につける装飾品をカバンにしまいつつ謝る。

 不満そうな煉は焦る湊の手を引き、裏門付近に待たせていたタクシーへ押し込んだ。


(ひえぇぇぇぇ······なんでタクシーに乗せられてんの!? どこに連れてかれるんだろ。時間ないのにぃぃぃ!)


 タクシーを降り、落ち込む湊は顔を上げて驚いた。それもそのはず。目的地だったライブ会場の裏口に立っていたのだから、湊は目を丸くして煉を見上げた。


「な、なんで?」

「は? お前、今日ここでライブだろ。聞いてた時間逆算したらギリギリなんくらい分かるわ」


 当然、正規ルートでチケットを入手済みの煉。チケットをヒラヒラと湊に見せつける。

 そして、開いた自動ドアの向こうへと、湊の背中を押した。


「頑張れよ、蒼」


 トンッと背中を押され、ふわっと数歩前へ出た湊は振り向いて煉を見る。心から応援してくれているのだと分かるほど、穏やかで優しい笑顔。


「····う、うん」


 湊はパッと表情を変え、笑顔で『ありがとう!』と言って走り出す。

 煉の応援がどちらに向けられたものだとて、自分に向いている事は間違いない。気持ちを切り替えてライブに集中しようと、湊は応援を素直に受け取った。


 駆けて行く湊の背中を、煉は頬を赤くして見送る。口元を片手で覆い隠し、周囲に誰も居ない事を確認した。


(っはぁぁぁぁ〜〜····。なんっだよアイツ、モサ男で蒼の表情かおしてんじゃねぇぞ··クソ可愛い··じゃねぇ、毎度毎度ぽやっとしやがって····)


 煉はその場に座り込み、高鳴る心臓を落ち着かせるために大きな溜め息を吐く。気の抜けた煉は、煩い鼓動に耳を塞がれ、背後へ迫る足音に気づかないでいた。



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