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第35話 秘密にしてた事


 煉との気まずい別れから約1週間。夏の暑さが厳しさを増す昼下がり、湊は綾斗の家でプールに入っていた。

 天宮家の庭にある、25mプール。ジュニアオリンピックで好成績を収めている、綾斗の弟の為に作られた物らしい。練習で使う時以外は、遊泳用にコースロープも外されている。 

 今日は夕方からレッスンがあるので、それまで遊ぶことにしたサルバテラの4人。真夏の太陽のもと、快適に過ごしていた。



 煉とキスをしたあの瞬間、幸せな気持ちで満たされていた湊。惹かれ合い、互いの気持ちも重なったように思えた。だが一転して、湊は幾つもの傷を刻まれてしまった。

 誰にも相談などできなかった湊は、悔しいのか悲しいのかも分からないまま、朝まで涙が止まらなかった。湊は、自分で思っている以上に傷心していたのだ。


 その翌日、泣き腫らした目を惟吹やメンバーに問いただされたが、下手な言い訳を並べて誤魔化した。

 明らかに湊が嘘を吐いているのは、当然全員が分かっていた。けれど、頑なに何も言おうとしない湊から、誰も何も聞き出せないまま。ただ、見守ることしかできなかった。


 けれど数日前、あまりに元気のない湊を案じ、ついに詰問した綾斗と秋紘。湊は、煉からの呼び出しがある事や例の一件については伏せ、単純に忙しいのだと説明した。

 湊が何かを隠している事など、綾斗と秋紘はすぐに勘づいた。しかし、やはり何も言ってはくれない湊。そこで2人は、思い当たる忙しさ理由、つまり家事や兄弟の世話を軽減させようと考え至ったのだ。

 そういう訳で、今日は湊と一緒に双子もお呼ばれしている。惟吹は部活で不参加だ。心底悔しそうな顔で、歯を食いしばって早朝に家を出た。


 惟吹と父親が家を出て暫くすると、綾斗が数人のメイドを連れて湊たちを迎えに来た。言わずもがな、綾斗の家は煉の家と変わらないレベルの金持ちなのである。

 司令塔と化した綾斗は、メイドにテキパキと指示を出す。戸惑う湊を横目に、メイドたちは今日一日分の家事を1時間程度で終えてしまった。

 物静かな綾斗は一見、温厚で消極的に見られがちだがその実、行動力に溢れ自由奔放に物事を進めてしまいがちなのだ。秋紘は、綾斗の思い切った行動を遠くから眺め『俺よか酷いかんね?』と、時々湊に漏らしていた。


 今回のもその一端だった。湊に元気を出してほしい一心で、綾斗はこっそりと計画し、思い切りよく行動に移したのだ。



 プールサイドから、浮き輪にハマって浮かぶ双子に声を掛ける綾斗。


「碧ちゃん、光くん、おやつ食べるかい?」


 2人は声を揃え、元気に『食べる!』と叫ぶ。元気の良すぎる2人に、綾斗は笑ってフルーツポンチを手渡した。

 プールの中で食べるおやつは格別。碧は、透明な器の中でキラキラしているフルーツの様に、瞳を輝かせて舌鼓を打つ。


「わぁ··美味しい。ケーキのお兄ちゃん、ケーキ以外も上手なんだね!」

「ケーキの··お兄ちゃん····?」


 尚弥が、首をコテンと傾げて聞く。


「わぁぁっ、ひー! しーっ、しぃーっ!」


 唇に人差し指を当て、言うなと合図をする湊。

 プールサイドに設置されたパラソルの影へ入り、浮き輪に乗って浮かんでいた秋紘が、サングラスをズラして湊の慌てた様子を見ている。


「まーまー湊さぁん、皆知ってるから慌てなさんなって」

「へ?」


 慌てふためいていた湊は、秋紘の方を振り返って間の抜けた顔を見せる。


「あはは、可愛いキョトンだこと〜♡ あのねぇ、いつもアヤがこそーっとケーキ持ち帰らせてんの、皆知ってるよ〜」


 言い終えた秋紘はサングラスを戻し、頭を水に浸けて『気持ちぃ〜』とおっさんみたいな掠れた声で唸った。

 バッと綾斗を見る湊。綾斗は困った顔をして、人差し指で頬を掻きながら『バレてたみたいだね』と言って笑った。


「ねぇ。ボク、知らないんだけど」


 ムッと頬を膨らませている尚弥。湊は、取り繕うように尚弥へ弁明する。が、それを遮る秋紘。


「ナオはすーぐ拗ねるから、教えらんなかったんだよね〜」


 と、手をひらひらと振って、軽い口調で尚弥を挑発する秋紘。尚弥は、秋紘をキッと睨んでテテテッと駆け寄っていく。

 尚弥の影が秋紘を覆う。秋紘は、手足もダラッとプールに浸けた状態で、どんどん迫ってくる尚弥を見上げた。


「なーにナオ〜? あはっ、拗ねてや〜ん──のォ゙ッ!?」


 尚弥は、プールサイドから思い切り跳び、両足を揃え踵から秋紘の腹部へ着地した。

 大きな浮き輪の穴へ吸い込まれるように、くの字に折れて沈んだ秋紘。碧と光は、それを見てキャッキャと大笑いしている。

 尚弥は、秋紘に代わってスポッと浮き輪へハマり、そのまま悠々と湊たちのもとへ戻ってきた。


「あっはは! 尚弥、最高だよ。んふっ··アキ、綺麗なくの字だったねぇ」


 綾斗は、立てた親指を尚弥へ向け、涙を滲ませながらお腹を抱えて笑っている。そして、綾斗はスマホを手に、沈んだ秋紘のもとへと駆けてい行った。

 秋紘へは、あからさまに辛辣な態度を見せる綾斗。秋紘が災難に見舞われると、大概面白がっている。決して、仲が悪いわけではない。


 プールサイドへ上がった尚弥は、気が晴れないのか隅っこのベンチへ向かう。湊は碧と光に、綾斗が戻るまでプールへ入るのは待つよう言いつけ、急いで尚弥の後を追った。


「ナオくん、待って! あのねナオくん、綾斗くんはね、僕の家の事情を気遣って····」

「大丈夫、分かってるよ。別に、湊や綾斗くんに怒ってるワケじゃないんだ。ボク、そんな事で怒ったり拗ねたりしないよ····」


 尚弥は、自分だけが除け者にされたような気分だった。綾斗は湊の家族を喜ばせ、秋紘は困っている湊をしれっと助けてしまう。

 それなのに、自分は湊の為に何をしてきたのだろうか。尚弥は悔しさをグッと堪え、何もできていない自分の不甲斐なさを悔やんだ。


 ベンチに膝を抱えて座り、俯いたままの尚弥。湊は、尚弥の肩にそっと上着を掛けて隣に座った。

 何も言わず、だた静かに、ギラギラと照りつける太陽の陽射しを浴びる。



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