湊は、おずおずと話し始める。
「あのね、この間のさ、ほら、えっと····じ、事故の····」
「うん」
「事故じゃないほうがよかったのかって、あれどういう意味なのかなって」
「そのまんまだけど」
自分の心に鈍感な湊は、そう言われてもピンとこない。見るからに“分からない”という顔の湊を見て、多少なりと身構えていた煉だが笑ってしまった。
「ふっ····なんでわかんねぇんだよ」
「ご、ごめん。あの後ね、色々考えたんだけどよく分かんなくて····。それで、ずっとあの時の事がぐるぐるしてて····」
「で、結局分かんねぇまんま今日来たんだ」
大きな溜め息を吐く煉。
(あー····マジでイラつく。最近まともに寝れてねぇもんな··いや、コイツ見てっと··かな。なんだコレ、くそっ····やっぱ可愛いな)
思考のまとまらない煉は、湊の方へ身体を向けて背もたれに肘を置き、大きな手で頭を支えながらボーッと話を聞く。
まっすぐに自分を見つめる煉。湊は、恥ずかしさと緊張で言葉に詰まってしまう。けれど、今聞かねば後悔するだろうと、懸命に答えを探す。
「····うん。煉は、その“事故じゃないほうがよかった”の?」
落としていた視線を上げ、潤んだ瞳で煉を見上げた湊。
煉は、湊の言葉と視線にドキッとした。熱くなった顔を隠そうとそっぽを向き、側頭部の髪を掻き上げて言葉を探す。
(目ぇでっか。はぁ····コイツに真っ直ぐ見られっと調子狂うんだよば····)
煉は罪悪感から、本音と真実を
「あー····つぅかあれさ、もし事故じゃなかった··って言ったら、本当は、キスしたんだって言ったら、お前どう思う?」
「んぇ······どう····?」
湊はしばらく思考を巡らせ、ある結論に近づくにつれて頬を赤く染めていった。が、はたと気づく。
「煉は、誰にキスしたの?」
(流石に気づきやがったな。俺にも分かんねぇっつぅのに····)
「どっちだと思う?」
「質問に質問で返すの狡いよ····」
「じゃぁ、それぞれで考えてみろよ。蒼にシたんだとしたら?」
湊は、また考え込む。これまでの、煉の蒼への態度や言動から思うに、ファンである一線を超えたのだとしたら····。
「それはないかな。だって、
握手会や交流会で、嫌でも聞こえてくる『付き合いたい』や『抱いてほしい』といった願望。もしも、煉もそう思っているのならば、湊の弱みを握った時点でそれを要求してきたはずだ。
それをしてこないどころか、チケットやグッズは必ず自力で入手し、ファンとして蒼に迷惑を掛けないよう心掛けている。それに、何があっても蒼としての活動を優先させてきた。
そんな煉が、一線を超えてくるはずがないと結論づけたのだ。
湊の推論を聞き、煉は自分自身に呆れていた。自覚していた以上に、自分がキッチリと蒼のファンであった事に。
そして、それは湊とほぼ同時に、煉自身も気づき確信してしまった。
それぞれの答えに行き着いた2人は、己の心にそっと触れながら見つめ合う。そして、湊は湧き上がる心を必死に掴み、煉は込み上げた感情をギュッと握った。
「ねぇ煉。あれは事故だったの? それともキスだったの? 本当のこと教えて」
湊が煉に詰め寄る。初めて知る感情に、まだ名も与えられていないが、これをこのまま、ぼんやりさせていたくないと強く思ったのだ。
詰め寄られた煉は、目の前にいるのが湊なのか蒼なのか分からなくなり、戸惑いながらも正直に答えた。
「····キス··だった。ごめん」
「なんで謝るの? 僕、嫌だったなんて一言も言ってないでしょ」
「は?」
「言ってないよ」
(本当はちょっと嬉しかったんだ··なんて、そこまでは教えてあげないけどね)
湊はニコッと笑い、困惑する煉を翻弄する。
自分のことも湊のことも分からなくなった煉は、衝動的に湊の頬へ手を伸ばした。
「なぁ、ちゃんとキス··してみていい?」
熱を孕んだ瞳で見つめながら、甘い声でそっと言葉を置く煉。湊は、息を呑んで煉を見つめて答えた。
「いいよ」
見つめ合う2人。ゆっくりと、吸い寄せられるかの様に顔を近づけてゆく。
2人は一度、唇が触れ合う寸前で止まる。そして、相手との距離を確認すると、そっと唇を重ねた。
時間にしてほんの数秒。けれど、2人はその数秒間、世界が停止したかのような気がしていた。
離れるタイミングすら分からなかったが、どちらともなく名残惜しそうに唇を離す2人。ジッと湊を見つめる煉を、湊はチラッと覗くように見上げる。
視線がぶつかり、互いに逸らす事ができない。これまでは、ふいと逸らせていたのに。惹き込まれるように、熱を孕んだ瞳から逃げられなくなっていた。
それから、2人は言葉を交わすこともなく、引き合うようにもう一度唇を重ねた。
2度目もたった数秒。唇の感触を確かめるだけの柔らかいキス。あと少しで弾けてしまいそうなほど、
湊は、かろうじて手に持っていた台本を落とし、両手で胸元をキュッと握り締めた。
湊の肩が震えていることに気づいた煉は、唇を離すと湊を優しく抱き締めた。
「はぁ····、
さらっと気持ちを言葉にしてしまう煉。何度も心の中で迷っていたが、見つめ合ってキスをして、漸くハッキリと相手が見えたのだ。それを嬉しいと思えた煉は、少しだけ心に余裕を持てた。
湊は、煉の腕の中で顔を真っ赤にして頷く。上手く言葉を紡げずに、湊は煉の胸に顔を
そんな湊の頭を、ぽんぽんと撫でて煉は言う。
「怖い?」
「····ううん」
「そっか」
どちらも、心の奥底で求めていた事だったのかもしれない。が、あまりに想定外な展開。
きっと、2人とも正気ではなかった。けれど、やはり悪い気はしていない。間違ったとも思っていない。
(やべぇ、くっっっそ可愛い。つぅかキス····2回もしちまったな。けどこれ、この後どーすりゃいいんだ?)
湊の頭を抱えたまま、煉は天井を見上げて考える。湊を好きなことは自覚した。勢いでキスもしてしまった。だからと言って煉は、その先など考えていなかったのだ。