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第33話 それぞれ答え


 湊は、おずおずと話し始める。


「あのね、この間のさ、ほら、えっと····じ、事故の····」

「うん」

「事故じゃないほうがよかったのかって、あれどういう意味なのかなって」

「そのまんまだけど」


 自分の心に鈍感な湊は、そう言われてもピンとこない。見るからに“分からない”という顔の湊を見て、多少なりと身構えていた煉だが笑ってしまった。


「ふっ····なんでわかんねぇんだよ」

「ご、ごめん。あの後ね、色々考えたんだけどよく分かんなくて····。それで、ずっとあの時の事がぐるぐるしてて····」

「で、結局分かんねぇまんま今日来たんだ」


 大きな溜め息を吐く煉。


(あー····マジでイラつく。最近まともに寝れてねぇもんな··いや、コイツ見てっと··かな。なんだコレ、くそっ····やっぱ可愛いな)


 思考のまとまらない煉は、湊の方へ身体を向けて背もたれに肘を置き、大きな手で頭を支えながらボーッと話を聞く。

 まっすぐに自分を見つめる煉。湊は、恥ずかしさと緊張で言葉に詰まってしまう。けれど、今聞かねば後悔するだろうと、懸命に答えを探す。


「····うん。煉は、その“事故じゃないほうがよかった”の?」


 落としていた視線を上げ、潤んだ瞳で煉を見上げた湊。

 煉は、湊の言葉と視線にドキッとした。熱くなった顔を隠そうとそっぽを向き、側頭部の髪を掻き上げて言葉を探す。


(目ぇでっか。はぁ····コイツに真っ直ぐ見られっと調子狂うんだよば····)


 煉は罪悪感から、本音と真実をほのめかしてしまう。


「あー····つぅかあれさ、もし事故じゃなかった··って言ったら、本当は、キスしたんだって言ったら、お前どう思う?」

「んぇ······どう····?」


 湊はしばらく思考を巡らせ、ある結論に近づくにつれて頬を赤く染めていった。が、はたと気づく。


「煉は、誰にキスしたの?」


(流石に気づきやがったな。俺にも分かんねぇっつぅのに····)


「どっちだと思う?」

「質問に質問で返すの狡いよ····」

「じゃぁ、それぞれで考えてみろよ。蒼にシたんだとしたら?」


 湊は、また考え込む。これまでの、煉の蒼への態度や言動から思うに、ファンである一線を超えたのだとしたら····。


「それはないかな。だって、を好きなのはアイドルとして、頑張ってる姿が好きだから、だったよね。いくら顔が好きだって、煉ほどファンとして割り切ってる人って珍しいし····」


 握手会や交流会で、嫌でも聞こえてくる『付き合いたい』や『抱いてほしい』といった願望。もしも、煉もそう思っているのならば、湊の弱みを握った時点でそれを要求してきたはずだ。

 それをしてこないどころか、チケットやグッズは必ず自力で入手し、ファンとして蒼に迷惑を掛けないよう心掛けている。それに、何があっても蒼としての活動を優先させてきた。

 そんな煉が、一線を超えてくるはずがないと結論づけたのだ。


 湊の推論を聞き、煉は自分自身に呆れていた。自覚していた以上に、自分がキッチリと蒼のファンであった事に。

 そして、それは湊とほぼ同時に、煉自身も気づき確信してしまった。



 それぞれの答えに行き着いた2人は、己の心にそっと触れながら見つめ合う。そして、湊は湧き上がる心を必死に掴み、煉は込み上げた感情をギュッと握った。


「ねぇ煉。あれは事故だったの? それともキスだったの? 本当のこと教えて」


 湊が煉に詰め寄る。初めて知る感情に、まだ名も与えられていないが、これをこのまま、ぼんやりさせていたくないと強く思ったのだ。

 詰め寄られた煉は、目の前にいるのが湊なのか蒼なのか分からなくなり、戸惑いながらも正直に答えた。


「····キス··だった。ごめん」

「なんで謝るの? 僕、嫌だったなんて一言も言ってないでしょ」

「は?」

「言ってないよ」


(本当はちょっと嬉しかったんだ··なんて、そこまでは教えてあげないけどね)


 湊はニコッと笑い、困惑する煉を翻弄する。

 自分のことも湊のことも分からなくなった煉は、衝動的に湊の頬へ手を伸ばした。


「なぁ、ちゃんとキス··してみていい?」


熱を孕んだ瞳で見つめながら、甘い声でそっと言葉を置く煉。湊は、息を呑んで煉を見つめて答えた。


「いいよ」


 見つめ合う2人。ゆっくりと、吸い寄せられるかの様に顔を近づけてゆく。


 2人は一度、唇が触れ合う寸前で止まる。そして、相手との距離を確認すると、そっと唇を重ねた。

 時間にしてほんの数秒。けれど、2人はその数秒間、世界が停止したかのような気がしていた。


 離れるタイミングすら分からなかったが、どちらともなく名残惜しそうに唇を離す2人。ジッと湊を見つめる煉を、湊はチラッと覗くように見上げる。

 視線がぶつかり、互いに逸らす事ができない。これまでは、ふいと逸らせていたのに。惹き込まれるように、熱を孕んだ瞳から逃げられなくなっていた。

 それから、2人は言葉を交わすこともなく、引き合うようにもう一度唇を重ねた。


 2度目もたった数秒。唇の感触を確かめるだけの柔らかいキス。あと少しで弾けてしまいそうなほど、はやってゆく煩い心臓。

 湊は、かろうじて手に持っていた台本を落とし、両手で胸元をキュッと握り締めた。

 湊の肩が震えていることに気づいた煉は、唇を離すと湊を優しく抱き締めた。


「はぁ····、だったわ。俺がキスしてぇのも、惚れてんのも」


 さらっと気持ちを言葉にしてしまう煉。何度も心の中で迷っていたが、見つめ合ってキスをして、漸くハッキリと相手が見えたのだ。それを嬉しいと思えた煉は、少しだけ心に余裕を持てた。


 湊は、煉の腕の中で顔を真っ赤にして頷く。上手く言葉を紡げずに、湊は煉の胸に顔をうずめたまま動けないでいた。

 そんな湊の頭を、ぽんぽんと撫でて煉は言う。


「怖い?」

「····ううん」

「そっか」


 どちらも、心の奥底で求めていた事だったのかもしれない。が、あまりに想定外な展開。

 きっと、2人とも正気ではなかった。けれど、やはり悪い気はしていない。間違ったとも思っていない。


(やべぇ、くっっっそ可愛い。つぅかキス····2回もしちまったな。けどこれ、この後どーすりゃいいんだ?)


 湊の頭を抱えたまま、煉は天井を見上げて考える。湊を好きなことは自覚した。勢いでキスもしてしまった。だからと言って煉は、その先など考えていなかったのだ。



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