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第31話 出てけよ、オニーチャン


 煉は、手に持っていた台本を見せつける。それを見た嵐は、大きく開けた口に手を添え、大袈裟に驚いて見せた。

 表情豊かな煉を見ているようで、湊は少し面白くなって小さく笑う。


「幼稚園の時、主役も脇役も木ですらも嫌がってた煉が!? 演者として出るの!? 何の役? ワカメ? 亀? 俺の煉がそんなはした役なんて許せないけど、どんな役だって必要だもんね。俺は全力で応援するよ。観に行っていい? 行くよ? いいよね!?」


 またも一気に話しきる嵐。湊は圧倒され、一言も口を挟めない。が、嵐の性格は概ね理解した。


「主役の王子。つかワカメとか亀って何の話だよ」

「浦島太ろ····、え、煉が王子? 俺の自慢の煉がいよいよ本物の王子!? なんのご褒美なんだい!!? 舞台の幕が閉じた途端に、いや幕が開けると同時にかな。地球が爆発なんてドッキリじゃないよね?」

「もう言ってる事が大半わかんねぇって····。つぅかクソ恥ずかしいんだよそのノリ。マジでやめろ、コイツがビビんだろ。とっとと出てけ。邪魔なんだよ」


 兄を邪険に扱う煉。怒涛の会話に怯えつつも、湊は慌てて取り繕う。


「じゃ、邪魔だなんて言ったらお兄さん傷ついちゃうよ··。それに、弟を可愛いと思うのは普通だと思うし、恥ずかしがる事なんてないよ。僕だって、兄弟が主役をするって聞いたら嬉しいもん。弟想いの良いお兄さんじゃない」


 煉は、心底怠そうな表情かおで湊を見る。言っている事が微塵も理解できないと言いたげな顔だ。

 湊は、煉を宥めるつもりでそう言った。けれど、それは嵐の肩を持つ結果となり、単純な嵐は急激に湊を気に入る。


「うん、いい子だね。····湊くん、だっけ? 君も“兄”なのかい?」

「はい。4人兄弟の長男です」

「そうかい、それで話しが分かるんだね。よし、湊くんがお友達なのを認めよう」

「単純かよ····。つぅか俺がトモダチ作んのにお前の許可とか要らねーから」

「そんなわけないでしょ! 煉に変な虫がつかないように俺が管r──ン゙ン゙ッ····気をつけておかないと、ね?」


 嵐は咳払いで誤魔化したが、“管理”と言いかけた事には湊ですら気づいていた。顔をひきつらせ、ドン引きする煉と湊。

 自分たち兄弟とはどこか雰囲気の違う嵐と煉に、湊は掛ける言葉を見つけられない。


「お前マジでなんなんだよ。んっと気持ちわりぃな····。劇はどうせ来んなつっても観に来んだろ。もういいから今すぐ出てけ。じゃねぇと嫌いになんぞ、オニーチャン」


 歯を食いしばって言う煉は、1秒でも早く嵐を追い出そうと苛立ちをぶつける。


「わかったよ〜··。それじゃぁ湊くん、ごゆっくり」


 しょぼくれた顔を最後まで残しつつ、嵐は名残惜しそうに部屋を出ていった。



 ようやく解放された煉は、特大の溜め息を吐いて倒れるように上体を仰け反る。背もたれに腕と上体を委ね、僅かな休息に瞼を閉じた。


(ダル··。つぅか、あのまま兄貴が来なかったら····)


 気怠げに瞼を持ち上げて天井を眺め、嵐が入ってくる直前の出来事を思い返す。ある疑問が過ぎり、ふと湊へ視線を向ける煉。


(そういやコイツ、あん時なんで怒んねぇつったんだろ)


「····なぁ」


 湊に声を掛ける煉。距離を空け、対面に座っていた湊はビクッと跳ね上がり身体を強ばらせた。


「な··なに?」

「いや、お前がなに? なんでンなビビってんの?」

「び、ビビってなんかないもん」


(はぁ〜ん····コイツ、さっきのすげぇ意識してね? かぁわい····)


「ん?」


 煉は、自らの心の声に疑問を抱く。を可愛いと思った自分に対して、だ。そして、キスの相手が蒼なのか湊なのか、先程迷った事を思い出す。

 これまでへ向けていた想いとは、明らかに別の何かが芽生えている。薄々感じてはいたが、ハッキリと自覚したのはこれが初めてだった。

 自分の心に戸惑う煉。じっと湊を見つめて考え込む。


 煉の視線から逃れるように、台本で顔を隠していた湊。だが、おずおずと目だけ覗かせて問い掛ける。


「続き····する?」


 煉は答えないまま立ち上がり、おどおどする湊へ歩み寄る。

 ギシッと軋むソファ。湊の脚に触れてしまいそうな距離で膝を置き、背もたれに手をつく煉。

 さっきの続きの体勢になるよう、顎クイをして顔を寄せた。


「続きって、ナンの続き?」 


 ぶわわっと、顔を真っ赤に染め上げる湊。身動きできず、浅い呼吸で思考が停止していく。


「な、なんのって····」


 口篭る湊。煉は、揶揄いたくなる気持ちを抑え、真面目に質問する。


「なぁ、キス··しても怒んねぇの?」

「んぇ?」

「なんで怒んねぇの?」

「へ?」

「俺とキス、してぇの?」


 ほんの数ミリずつ、ゆっくり、ゆっくりと唇が近づいてゆく。唇が触れてしまう直前、湊は恐る恐る本音を語る。


「したい··とかじゃないけど、嫌な理由がなくて、それで、怒る理由もなくて····だから、その····ごめん。分かんない」


 すっと離れる煉。顎クイはしたまま、湊の瞳が溶けてしまいそうなほどジッと見つめ、完璧な王子になりきって台詞を言う。


「私が愛しているのは姫、貴女だけです。どうかその魂、私に委ねてください。生涯、護りましょう。さぁ、誓いのキスを」


 突然再開された練習に、湊は心臓の高鳴りを抑え込んで目を瞑った。

 小さく呟くように『はい』と返す湊。煉の演技に流され、湊は心から姫になりきっていた。


(··ったく、蒼の顔で無防備に目ぇ瞑ってんじゃねぇよ)


 スンとした表情のまま苛立つ煉。それを表に出さないまま、煉はまた唇を近づける。

 そして、湊の唇の端にそっとキスをした。



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