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第30話 怒らねぇの?


 煉の手を振りほどかない湊。時々見える、嬉しそうな煉の横顔が、その理由だとは本人も気づいていない。


 食堂に着き、慣れてしまったエスコートを受ける湊。8人用の長いテーブルの端に、2人は向かい合って座った。

 メイドが運んでくる昼食に、湊は溢れてくる涎を飲み込む。目の前には、大好物のカルボナーラが置かれていた。


「うちのシェフのカルボもそこそこ美味いぜ」

「うん! すっごく美味しそう」

「ふっ··、冷めるから早く食えよ」

「うん、いただきます♡」


 パスタをクルクルとフォークで巻き、パクッと大きな一口。満面の笑みで頬を抱える湊。

 それを見て、煉は満足そうな笑みを見せる。


 あっという間に平らげた湊の前へ、デザートが運ばれてきた。


「うちなら、お前の好物ばっか出してやれんのイイな」


 まだパスタを食べている煉は、視線は湊に置きつつ、フォークをクルクルしながら言った。またも照れる湊。


 湊は、煉の言動が自分に向けられていると勘違いしそうになる。その度に、自分へ言い聞かせるように心の中で呟く。


(煉が見てるのは、求めてるのは····蒼なんだから)


 湊は、ステージと変わらぬ笑顔を煉に向ける。蒼であり続ける限り、煉はずっと喜んでいてくれるのだと、そう思っていた。



 昼食を終え、元の部屋の戻る。流石に、台本の読み合わせをするには、煉の部屋では落ち着かないと2人の意見が一致したしたのだ。


 学校でしていたように、煉が王子役、その他を湊が担当し読み合わせを始める。

 舞台は中世、戦に駆り出された王子が、敵地で出会った姫と恋に落ちる。激しくなる国同士の対立。敵対し合う国を背負う2人だが、許されぬ恋だとて成就させたく奮闘する。

 死闘を掻い潜り、姫の待つ城へ乗り込んだ王子は、勝利を収め姫を堂々と妃に迎える····という話。


 煉が驚いた問題のシーンは終盤。乗り込んだ先の城で、幽閉されていた姫を救うため牢を破った時のもの。


「私が愛しているのは姫、貴女だけです。どうかその魂、私に委ねてください。生涯、護りましょう。さぁ、誓いのキスを」


 牢の中、後ろ手に繋がれた鎖を、剣で割り壊しながら顎クイをする。なんとも器用な王子。

 湊が、実際に動きも入れてやってみようと言い、舞台での芝居を想定しつつ動いてみる。そして、それをしれっとやってのける本物の王子な煉。

 台本を片手に煉は、湊に顎クイをした。湊は、ぱっちりと開いた目で煉を見上げる。


「····キスって、これマジですんの?」

「そんなわけないでしょ。フリだよ」


 呆れて言う湊。姫役の女子は、実際にしてほしいと願っているのだろうだが、煉は確実に拒否するはずだ。根拠など無くとも、湊はそう確信していた。


(フリってどうやるんだよ····)


 煉は、戸惑いながらもゆっくりと顔を近づける。唇と唇が触れてしまいそうなほど近く、けれど触れない距離。互いの息が混じり合い、両者とも異常な体温の上昇を感じる。

 2人とも、高鳴る心臓は破裂寸前。それでも、引きどころの分からない煉と拒めない湊の距離はあと数ミリ近づく。

 ピクりとでも動けば触れてしまいそうな唇。ピタッと止まった煉は、目をギュッと瞑った湊に問い掛ける。


「マジでしたら····怒る?」


 湊はパチッと目を開け、煉の言葉が本気なのか確かめる。冗談とは思えない熱っぽい視線。

 するものではない、する必要がない、してはいけない、幾つもの理由が頭を巡るが、ひとつとして煉を拒む理由は浮かばなかった。


「お、怒らない」


 煉は、予想外の返事に戸惑う。いつものように、揶揄われたと思い『もう!』と言って押し返してくるものだと思っていた。

 怒らないのなら、このまま唇を重ねてしまってもいいのだろうか。それ以前に、自分は湊とキスをしたいのか。そもそも、キスの相手は湊なのか蒼なのか。

 ぐるぐると巡る考えは、どんどん複雑化していき纏まらない。


 2人の時間が完全に止まったその時、ノックの音が5回鳴り響いた。


「煉、諏訪から聞いたんだけどこっちに居るのかい? 入るよ」


 突然、らんが帰ってきた。驚いた煉と湊は、ビクッと身体が跳ね距離をとる。そして、慌ててソファに座った。勿論、少し離れた位置に。

 ガチャっと開く扉。ドッドッドッと高速で脈打つ心臓を鎮め、2人は台本に落としていた視線を嵐へ向ける。


「お、おじゃましてます!」


 声が裏返る湊。煉と瓜二つの、それでいてスマートな出で立ちの嵐に驚く。

 けれど、まるで大人の煉が目の前に立っているようで、不思議と緊張はしなかった。


「やぁ、お友達が来てたんだね」

「初めまして。西条湊です」

「いらっしゃい。兄の嵐です。そっかぁ、そっかそっか、驚いたよ。煉が友達を招くなんて初めてじゃないか、珍しい事もあるんだね。余程仲がいいのかな。本当にただの友達? うちに来るのは初めて? ん? そういえば君、どこかで見た事があるような····」


 一息にペラペラと話す嵐。質問を並べ立てるも、答える暇など与えない。


「うるっせぇな。1人で喋ってんじゃねぇよメンヘラクソ兄貴」

「お兄ちゃんに向かってなんだ、その口の利き方は〜」


 キリッとした表情とは真逆の、甘い口調で言う嵐。煉は、ゲンナリとした表情で冷たく返す。


「それ言って満足しただろ。俺ら忙しいんだよ。さっさと出てけ」

して忙しいの?」

「台本の読み合わせ」


 煉は、手に持っていた台本を見せつける。それを見た嵐は、大きく開けた口に手を添え、大袈裟に驚いて見せた。



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