密会の場所を変えようと提案した煉。耳に入った言葉と煉の熱の篭った視線に、湊は一瞬頬を赤らめた。煉もつられて頬を染める。
そして、理解の追いつかない湊は、聞き間違いだと思い至り思考をリセットした。
「えっと··、なんて?」
「俺ん家、来ねぇ?」
「····なんで?」
湊は、目を丸くして驚く。樹の家以外、友人の家に上がったことがない湊は、戸惑いと共に緊張や気恥ずかしさも込み上げていた。それが重なりパニックとなる。
対する煉は、深く考えずに場所を提案しただけだった。パニクる湊を面白がって見ていた煉だが、徐々に気づき始める。今、自分が、推しを自宅に連れ込もうとしている事に。
2人は揃ってわたわたと言い訳を並べ始める。
「ほ、ほら、いきなりお邪魔したら、ごごご、ご家族がビックリしちゃうでしょ?」
「た、確かに、あの兄貴のコトだから発狂しそうだよな」
「でしょ!? あ、でも今は日本に居ないんだっけ?」
「いや、それが····」
ここ最近、嵐は煉が可愛いあまり、仕事の都合をつけ頻繁に帰ってくるのだという。湊は、ふふっと微笑み『それなら寂しくないね』と言った。煉は、元より寂しいなど思っていないと反論する。それでも、湊は煉が1人ではないのだと知るとなんだか嬉しかった。
「けど、僕なんかが煉の······」
そこで、湊はハッとした。湊は言葉を詰まらせ俯く。
「俺の、何?」
湊は、自分が煉の友達だと言いそうになって思い留まった。湊と煉の関係、それはあまりに特別で、同時に無味なもの。
秘密を共有し、それをネタに脅されているだけ。それ以上でも以下でもなく、決して友達ではない。近頃は対等に接するようになり、湊は勘違いしかけていた。
「ううん。何でもない」
煉は、湊の言いかけたことを何となく察していた。けれど、それを認めてしまえば、この関係性が崩れてしまう。なによりも、もう命令などできなくなる。それを惜しんだ煉は、見えかけたものにあえて蓋をした。
「っそ。何でもいいけど」
「うん。ねぇ、僕なんかが知り合いだなんて思われたら、煉、困らない?」
湊は、言葉を間違えないよう探り探り選ぶ。
「は? 何で困んの? 意味わかんねぇんだけど」
家庭環境や秘密の芸能活動など、自分が煉の汚点に思われないか、煉と関わるうえでそれが気掛かりになっていた湊。いつしか湊は、自分という存在がコンプレックスになっていた。
もしも、煉と関わっている事がバレてしまった時、煉は
「まぁ、湊の見た目じゃ俺とつるんでっと意外に思われんだろうけど、ンなコト思われてもぶっちゃけ関係ねぇし。普通に友達って
煉の言葉に一瞬悦ぶも、やはり友達ではないのだと突き付けられ心を痛める湊。分かっていたはずなのに、煉の口から言われると心臓がチクチクした。
それを胡麻化そうと、湊は台本の読み合わせを提案する。蒼として、小さな舞台で準主役を演じた経験を活かせると思ったのだ。そう言えばと思い出し、煉はその提案に乗る。こうして、2人は秘密の特訓の約束をした。
夏休みが始まり、数日が経ったある日。レッスンも何もない、丸一日オフの湊は、煉に呼び出されていた。
「でっか····」
3mはあろうかという門壁を見上げる湊。鉄格子の大きな門扉を前に、湊はインターホンを探す。けれど、どこにも見当たらない。
湊は探すのを諦め、煉へ直接連絡を取ろうと、鞄から手探りで取り出したスマホに視線を落とす。その途端、ガゴンとロックが外れる音が鳴り、湊はスマホを落としそうなほど驚いた。そして、ギギギキィギギキィと鉄とコンクリートが擦れる様な甲高い音を響かせ、大きな門扉がひとりでに開いてゆく。
どうぞと言わんばかりに開ききった門。けれど、それだけで侵入できるほど図太くはない湊。
やはり煉に助けてもらおうと、再びスマホを開く。すると、どこからか小さな笑い声の後に、聞き慣れた声が聞こえた。
『入れよ』
煉の声だ。湊は、声のした方を見上げる。そこには防犯カメラがあり、レンズの下が赤く点滅していた。
湊は、なんだかその光が自分をバカにしているように思えて、ぷくっと頬を膨らませた。そして、カメラの向こうで自分を見ているであろう煉に、ふいっとそっぽを向けて歩き出す。
門から建物まで数十メートル。玄関らしき扉も相当大きいのだろう、遠くにあるのにそこそこのサイズ感で見えている。そこへ向かって、湊はズンズンと歩みを進めてゆく。
近づくにつれ、屋敷の大きさを思い知る湊。玄関扉の前に立つと、見上げる顔がほぼ真上を向いていた。
ガゴッと、大きな錠前が外れる様な音が聞こえ、ゆっくりと扉が開かれた。扉を開けたのは、執事の諏訪だ。
諏訪は、『ようこそお越しくださいました』と湊を屋敷に招き入れ、そのまま黙って煉の部屋へ案内する。
長い廊下をどんどん進み、何部屋もの立派なドアを通り過ぎてゆく。奥からひとつ手前の部屋の前で、諏訪が立ち止まり振り返った。
「煉様のお部屋は、こちらでございます」
そう言って、諏訪は一歩下がり片手を胸に美しいお辞儀をした。
「ありがとうございます」
湊はペコッと頭を下げ、勢いのままノックをしようと手を上げる。が、扉に触れる前で止まってしまった。
「····どうか、なさいましたか?」
諏訪が眉をひそめて尋ねる。
「あ、いえ··、なんて声を掛けたら··いいのかなって····」
「ふふっ。『来たよ』でなどで良いのではないでしょうか」
緩く口角を上げ、あまり表情を崩さないように笑う諏訪。もじもじする湊を、愛らしく思ったようだ。
湊は、すぅっと息を吸い、意を決して2回ノックする。そして、震える声でこう言った。
「煉、き、来たよ」
「ん、入れよ」
湊は振り返り、諏訪の反応を見る。目を輝かせ真一文字だった口元を緩めた湊に、諏訪は微笑んで『どうぞお入りください』と返した。
重い扉を押し、湊は『おじゃまします』と言って顔だけ先に部屋へ入れた。