目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第28話 煉の家


 密会の場所を変えようと提案した煉。耳に入った言葉と煉の熱の篭った視線に、湊は一瞬頬を赤らめた。煉もつられて頬を染める。

 そして、理解の追いつかない湊は、聞き間違いだと思い至り思考をリセットした。


「えっと··、なんて?」

「俺ん家、来ねぇ?」

「····なんで?」


 湊は、目を丸くして驚く。樹の家以外、友人の家に上がったことがない湊は、戸惑いと共に緊張や気恥ずかしさも込み上げていた。それが重なりパニックとなる。

 対する煉は、深く考えずに場所を提案しただけだった。パニクる湊を面白がって見ていた煉だが、徐々に気づき始める。今、自分が、推しを自宅に連れ込もうとしている事に。


 2人は揃ってわたわたと言い訳を並べ始める。


「ほ、ほら、いきなりお邪魔したら、ごごご、ご家族がビックリしちゃうでしょ?」

「た、確かに、あの兄貴のコトだから発狂しそうだよな」

「でしょ!? あ、でも今は日本に居ないんだっけ?」

「いや、それが····」


 ここ最近、嵐は煉が可愛いあまり、仕事の都合をつけ頻繁に帰ってくるのだという。湊は、ふふっと微笑み『それなら寂しくないね』と言った。煉は、元より寂しいなど思っていないと反論する。それでも、湊は煉が1人ではないのだと知るとなんだか嬉しかった。


「けど、僕なんかが煉の······」


 そこで、湊はハッとした。湊は言葉を詰まらせ俯く。


「俺の、何?」


 湊は、自分が煉の友達だと言いそうになって思い留まった。湊と煉の関係、それはあまりに特別で、同時に無味なもの。

 秘密を共有し、それをネタに脅されているだけ。それ以上でも以下でもなく、決して友達ではない。近頃は対等に接するようになり、湊は勘違いしかけていた。


「ううん。何でもない」


 煉は、湊の言いかけたことを何となく察していた。けれど、それを認めてしまえば、この関係性が崩れてしまう。なによりも、もう命令などできなくなる。それを惜しんだ煉は、見えかけたものにあえて蓋をした。


「っそ。何でもいいけど」

「うん。ねぇ、僕なんかが知り合いだなんて思われたら、煉、困らない?」


 湊は、言葉を間違えないよう探り探り選ぶ。


「は? 何で困んの? 意味わかんねぇんだけど」


 家庭環境や秘密の芸能活動など、自分が煉の汚点に思われないか、煉と関わるうえでそれが気掛かりになっていた湊。いつしか湊は、自分という存在がコンプレックスになっていた。

 もしも、煉と関わっている事がバレてしまった時、煉は自分を否定するのだろうか。などと、考えが巡る事もある。煉がそのような人間ではないと、頭ではわかっている。それでも湊は、不安に思わずにはいられなかった。


「まぁ、湊の見た目じゃ俺とつるんでっと意外に思われんだろうけど、ンなコト思われてもぶっちゃけ関係ねぇし。普通に友達って来たらいいんじゃねぇの?」


 煉の言葉に一瞬悦ぶも、やはり友達ではないのだと突き付けられ心を痛める湊。分かっていたはずなのに、煉の口から言われると心臓がチクチクした。

 それを胡麻化そうと、湊は台本の読み合わせを提案する。蒼として、小さな舞台で準主役を演じた経験を活かせると思ったのだ。そう言えばと思い出し、煉はその提案に乗る。こうして、2人は秘密の特訓の約束をした。




 夏休みが始まり、数日が経ったある日。レッスンも何もない、丸一日オフの湊は、煉に呼び出されていた。


「でっか····」


 3mはあろうかという門壁を見上げる湊。鉄格子の大きな門扉を前に、湊はインターホンを探す。けれど、どこにも見当たらない。

 湊は探すのを諦め、煉へ直接連絡を取ろうと、鞄から手探りで取り出したスマホに視線を落とす。その途端、ガゴンとロックが外れる音が鳴り、湊はスマホを落としそうなほど驚いた。そして、ギギギキィギギキィと鉄とコンクリートが擦れる様な甲高い音を響かせ、大きな門扉がひとりでに開いてゆく。


 どうぞと言わんばかりに開ききった門。けれど、それだけで侵入できるほど図太くはない湊。

 やはり煉に助けてもらおうと、再びスマホを開く。すると、どこからか小さな笑い声の後に、聞き慣れた声が聞こえた。


『入れよ』


 煉の声だ。湊は、声のした方を見上げる。そこには防犯カメラがあり、レンズの下が赤く点滅していた。

 湊は、なんだかその光が自分をバカにしているように思えて、ぷくっと頬を膨らませた。そして、カメラの向こうで自分を見ているであろう煉に、ふいっとそっぽを向けて歩き出す。

 門から建物まで数十メートル。玄関らしき扉も相当大きいのだろう、遠くにあるのにそこそこのサイズ感で見えている。そこへ向かって、湊はズンズンと歩みを進めてゆく。


 近づくにつれ、屋敷の大きさを思い知る湊。玄関扉の前に立つと、見上げる顔がほぼ真上を向いていた。


 ガゴッと、大きな錠前が外れる様な音が聞こえ、ゆっくりと扉が開かれた。扉を開けたのは、執事の諏訪だ。

 諏訪は、『ようこそお越しくださいました』と湊を屋敷に招き入れ、そのまま黙って煉の部屋へ案内する。


 長い廊下をどんどん進み、何部屋もの立派なドアを通り過ぎてゆく。奥からひとつ手前の部屋の前で、諏訪が立ち止まり振り返った。


「煉様のお部屋は、こちらでございます」


 そう言って、諏訪は一歩下がり片手を胸に美しいお辞儀をした。


「ありがとうございます」


 湊はペコッと頭を下げ、勢いのままノックをしようと手を上げる。が、扉に触れる前で止まってしまった。


「····どうか、なさいましたか?」


 諏訪が眉をひそめて尋ねる。


「あ、いえ··、なんて声を掛けたら··いいのかなって····」

「ふふっ。『来たよ』でなどで良いのではないでしょうか」


 緩く口角を上げ、あまり表情を崩さないように笑う諏訪。もじもじする湊を、愛らしく思ったようだ。


 湊は、すぅっと息を吸い、意を決して2回ノックする。そして、震える声でこう言った。


「煉、き、来たよ」

「ん、入れよ」


 湊は振り返り、諏訪の反応を見る。目を輝かせ真一文字だった口元を緩めた湊に、諏訪は微笑んで『どうぞお入りください』と返した。


 重い扉を押し、湊は『おじゃまします』と言って顔だけ先に部屋へ入れた。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?