2人は、人に見られないよう周囲を警戒しながら、別館の空き教室まで辿り着き身を潜めていた。
「悪かったな、巻き込んで」
「いいよ。色々聞きたいんだけど、それより身体は大丈夫なの? 汗、凄いけど····。そうだ、なにか飲み物買ってくるよ」
話しながら煉を椅子に座らせ、自販機へ飲み物を買いに行こうと煉に背を向けた。その時──
「行くな」
「んわぁっ」
煉は、小さな声で呟き、湊の手首を掴んで引き寄せた。突然の事に驚く湊。
湊は、よろけて後ろ向きに煉へ倒れかかった。煉の声が聞こえなかった湊は、慌てて体勢を戻そうとする。
けれど、背後から抱き締められて離れられない。驚いた湊は、頭だけ振り向いて煉に問う。
「な、なに?」
「何も、要らねぇから··、ちょっとだけ····1分でいいから、このまま····」
途切れ途切れ、整いきらない息を抑えながら話す煉。身動きの取れない湊は、自分の腰に回された手にそっと触れ、煉が落ち着くのを待った。
アイボリーが陽に透けるカーテン。隙間から夕日が差し込み、俯く湊の頬を照らす。
眩しさに目を細める湊。ゆっくりと窓の方へ顔を上げ、そのまま視線だけ煉に向ける。
(『それ以上言ったら、俺に接近すんのも、|こ《・》|こ《・》|で《・》|の《・》|事《・》も、終わりにすんぞ』って言ってたっけ。榊須賀さんの慌てよう····何も無いわけない··よね。2人の秘密··か····)
湊は煉の言葉を思い返し、穂月と煉の関係を想像する。何も知らない湊には想像し
「ねぇ煉、さっき言ってた“あの部屋での事”って··何?」
煉は言葉を紡がないまま、湊を抱き締める手に力を込める。
「言いたくないなら聞かないよ。けど··、悪い事じゃ、ないんだよね?」
湊の問いに、答えを探す煉。善悪を問われると、困るような内容である事は自覚している。
けれど、それを湊に聞かせるつもりはなかった。
(まぁ····悪い事··ではないか。)
「······あぁ。お前が心配するような、事じゃねぇ」
「そっか。ならいいや」
湊はそれ以上聞くことはなく、そっと煉の手を解いて離れる。躊躇いがちに煉と向き合い、煉の頭を抱き締める湊。
「でも、なんだか辛そうだね····。せめて、身体が楽になるまで一緒に居るから」
そう言って、湊は煉が落ち着くまでずっと、優しく抱き締めたままでいた。
煉がもぞっと動く。湊は、様子を見るべく煉の頭を離した。
「もう大丈夫なの?」
「ん、もういい。たぶん立てる」
「そっか。良かった」
煉は、そう言って離れようとする湊の手をとった。反応に困る湊。
「あっ、そうだ! ねぇ、僕はなんで呼ばれたの?」
焦った湊は、紛らわせようと話題を振った。そして、事の経緯を聞いた湊は、ほとほと呆れた顔で言う。
「それは煉が悪いと思うよ。僕、ちゃんと応援したじゃない。頑張るんじゃなかったの? 僕にカッコイイ王子様見せてくれるんでしょ?」
「わーってる。けど、頑張るって何すりゃいいんだよ。ちゃんと読み合わせにも参加してんじゃねぇか」
煉は、視線を落とし側頭部を掻き乱しながら言った。椅子に片足を乗せ、いつもながら態度が悪い。
根本的に人付き合いを好まない煉。それに加え、幼い頃から月宮の名がつきまとい、他人からは一線を引かれ続けた。それ故に、学校行事にも殆ど参加してこなかったと言う。
他人とまともに関わる事のなかった煉には、普通というものが想像し難い。兄と執事以外に、煉の身勝手な振る舞いを叱責する者はいなかった。だから、2人の目を離れると周囲も煉を避けてきた。
事情を知り、なるほどと煉の背景を理解した湊。ここぞとばかりに、次々と煉のダメ出しをしていく。自分が主役を張る劇の内容も知らないなど論外だと諭した。
湊は握られた手をそっと離し、煉に改善点を伝える。
「煉はまず、周りの話をちゃんと聞くところからだね。相手が何を求めてるのか、周囲が何を目指しているのか、知らないと一人だけ浮いちゃうんだよ」
他にも、態度の悪さや口調のキツさについて注意した湊。常日頃、煉に対して怖いと思っていたところだ。
最近では慣れてしまい、樹を相手にするのと同様に話せるようになっているが。
「お前、初めの頃すげぇビビりっぱなしだったもんな」
「だって、怖かったんだもん。脅されてたし」
「人聞き悪ぃな。まぁ、実際脅してっけど。喋り方は、キツイとか言われたことねぇし気づかなくてさ。その··、わりぃ」
机に乗せていた足を下ろし、胸の前で組んでいた腕を解いた煉。居心地の悪そうな手を、首の後ろで組んで謝った。
「煉って、意外と素直に謝ってくれるよね。そんなに素直に謝られると調子狂っちゃうんだけど」
「二度と謝ってやんねぇ」
「わーっ! ウソウソ! そうじゃなくって、えっと··、あのね、ちゃんと謝れるのは、煉の凄く良い所だと思うよ」
「····ホントかよ。ウソくせぇな」
褒めたついでに、陽汰との和解も勧める。渋々『頑張ってみるわ』と善処する方向で話は進んだ。
「今のまま謝りもしなくなったら、煉、色々と酷いよ?」
「お前、慣れたんか知らねぇけど、すげぇズケズケ言ってくんのな」
「え、そうかな····」
2人はふっと笑い合う。その瞬間、下校時間のチャイムが鳴った。
もうそんな時間かと、2人は同時に時計を確認する。けれど、薄暗くてよく見えない。
「日ィ落ちんの早。さっきまでカーテンの隙間から陽ぃ射してたのにな」
「そうだね。いつの間にか暗くなっちゃってる····って僕たち、学校で会う時いつも薄暗い部屋だから、あんまり関係ない気もするけど」
ふへっと笑う湊を、意を決したような表情で煉が見上げる。
「ンなら、会う場所変えるか」
「····え?」
「俺ん家、来るか?」
煉は、戸惑う湊の顔が少し赤らんだのを見て、つられて頬を赤くした。