一度引き受けた事を、容易く反故にできない煉。わがまま放題と思われがちな煉だが、責任感は常識の範疇。
だから、たとえ王子がどのようなものであろうと、最後までやり遂げると決めていた。勿論、蒼に頑張ると誓ったからというのが最大の理由なのだが。
夏休みを目前に控えた放課後、試作の脚本で読み合わせをする事になった。
教室で、机を円形に並べ演者が席につく。そして、演者はそれぞれ舞台監督の指示をメモしながら読み合わせは進む。
だが、煉はペンも持たず、ただ台本を読み上げているだけ。
「そこで月宮様··王子が、奥のライトに向かって高らかに台詞を放ちます」
「····お、私が愛しているのは姫、貴女だけです。どうかその魂、私に委ねてください。生涯、護ると誓いましょう。さぁ、私からの誓いのキ····はぁ!?」
煉は、今の今まで知らなかった情報に驚き声を上げる。キスシーンについて、何も聞かされていなかったのだ。相手役の争奪戦が行われていた事すら、興味のない煉は知らなかった。
その場に居た全員が、聞き慣れない煉の驚声に身体を跳ねさせた。
「ンだようるっせぇな。台本くらい目ぇ通しとけよ。っはぁぁー····。坊ちゃんの気まぐれに付き合わされんのマジで迷惑」
窓際で、一際気怠そうに小道具の打ち合わせをしていた
陽汰は、クラス一の不良だが、意味もなく暴れるような粗暴さはない。好き嫌いがハッキリしていて、思った事を誰彼構わず言うので、ガラの悪い上級生や他校生に目をつけられてしまうのだ。
ちなみに、金持ちで普段からスカしている煉を毛嫌いしている。
「ンだとテメェ····」
ガタッと席を立ち、陽汰の元へ向かう煉。横に立ち、陽汰を煽るように見下ろす。
応戦的に陽汰も立ち上がる。煉より1cmだけ背が高い陽汰は、顎を突き出し煉を煽り返すように見下ろす。
「ぁんだよ、事実だろうが。やる気ねぇんなら役降りろよ。ハンッ··、王子役なんかしなくても、アンタ王子サマなんじゃねぇの?」
嫌味を叩き込むガラの悪い陽汰に、退く事なく胸ぐらを掴む煉。周囲は、2人の気迫に圧倒されて止める事ができない。
そこへ、たまたま樹が通りがかった。
「はっ!? え〜··、お前ら何してんの?」
樹は飄々と2人の間に割って入り、さらっと仲裁する。
このヒリついた空気の中で、気を揉むばかりだったクラスの面々は、樹の登場にホッと一安心した。
「ちょっと煉、暴力はダメでしょ」
「暴力? 胸ぐら掴んだだけだろ」
「俺もまだ殴ってねぇから、こっからだよな」
陽汰は、右の拳を左の掌へパンッと打ち込む。対抗するように、煉は左の拳を包む右手で、指をパキパキと鳴らす。
「なるほど、うん、なんでそんな血気盛んなの? あのさぁ、今問題起こしたら劇できなくなるよ? ね、ちょっと落ち着こ。まず事情、誰か説明して」
舞台監督を務める女子が、一連の流れを樹に説明する。それを聞いた樹は、煉が悪いと判断し謝るよう促した。
けれど、一筋縄では素直に謝るはずなどない煉。納得のいかない煉は不機嫌を極め、机やドアに当たり散らしながら教室を出ていってしまった。
樹はとても面倒そうに、嫌々湊へ連絡を入れる。どうせいつもの所だろうと高を括り、場所を伝えて煉を任せた。
煉を宥められる人間などたかが知れてる。今、頼れるのは湊だけだと思い至ったのだ。とても不本意ではあるが。
樹から連絡を受けた湊は、文化祭の打ち合わせの真っ最中。だが、急を要すると言う樹の頼みを無視できない湊。
ざわざわと賑やかしく、一軍を中心に話し合いが行われている教室。湊は、目立たないよう注意しながらキョロキョロと周囲を見回す。そして、隙を見て教室を抜け出した。
放課後にも関わらず、各教室で文化祭の準備が進んでいる。そんな中、コソコソと移動する湊。腰をかがめ、見つからないようにしゃがんで指定の場所を目指す。
まるでゲームみたいだ、なんて思いながらも、楽しむ余裕はない。湊は、汗だくになりながら5階の特別室へ。
そこは、三王子と生徒会の中でも限られた生徒だけが入れる、学園内でも特殊で特別な部屋。湊は、噂でしか聞いた事のないそこへ、半信半疑で足を急がせた。
階段を昇り、5階のフロアへ片足をつける。そのまま、壁から少しだけ顔を覗かせ様子を伺う。
静寂に包まれたこの階には、短い廊下の奥に豪勢な扉がたった一つ。何者の侵入も拒むかのような重々しい空気に、湊はたじろいで後方の足を上げられないでいた。
けれどきっと、あの扉の向こうには、自分の助けを待つ煉が居るはず。
もたついている暇はないと、勇気を振り絞る湊。鏡の様に空を映す廊下を行き、2枚の板チョコみたいな扉の前へ立つ。
軽く握った拳を前へ。コンコンと軽い音を響かせる。が、中から返事はない。
「····煉?」
湊が声を掛けると、中からガタッと物音がした。中に誰かが居るのは間違いない。
湊は、意を決して扉を開く。
「煉! 大丈····わぁっ!!?」
勢いよく扉を開け、一歩踏み入れた湊。扉の影から何者かが飛び出し、湊を床へ押さえ込んだ。