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第24話 いつだって王子様


 煉は、空き教室で湊を待つ。その間、自分自身の言動を思い返してみるが、王子らしい振る舞いなど思い当たらない。

 記憶を巡らせていると、湊が到着し教室に入ってきた。汗を拭いながら、掻き上げた前髪を小さな髪留めでまとめる。


「今日も暑いね。で、今日は何したらいいの?」


 毎日のようにファンサを要求されている湊は、てっきりその為の呼び出しだと思っていた。


「俺のドコが王子っぽいんだよ」

「ん? ドコって、全部?」

「はぁ?」


 一つも思い当たる節のなかった煉には、あまりに予想外の回答だった。


(そっか。そう言えば、僕以外にあんな風に接してるのって見た事ないや)


 湊は、腕を組み考え込む。そして、ほんの少し記憶を辿った湊は、選んだ言葉を煉に伝える。


「んっとね、仕草とか所作が綺麗だなって思うんだ。あと、いつもしれっとエスコートしてくれるところとか」

「は? なにそれ。····やべぇ。いっこも自覚ねぇんだけど」

「えっ、そうなの!? いよいよ本物の王子様じゃない····。あ、でも····」

「なに?」

「口の悪さは王子っぽくないね」


 悪戯っ子の様に笑う湊。あまりの愛らしい笑顔に、煉は息を呑む。


「俺が··さ、舞台で王子すんの見たい?」

「皆見たいんじゃないの? 普段ツンツンしてる煉がちゃんとした王子様するなんて、凄くレアだもんね」

「皆じゃねぇよ。お前が見たいかって聞いてんの」

「へ? さっきも思ったんだけど、なんで僕に聞くの?」

「お前が見たいっつぅんなら、王子、やってたってもいい、かなって」


 伏し目がちに、居心地の悪そうな手で項を触りながら言い、湊の言葉を待つ煉。

 湊にどの様な答えを期待しているのか、自分が欲しい言葉は分かっていた。湊なら、茶化さずにその言葉をくれるだろうと。

 煉は、自分が動くきっかけと理由を求めていた。


「僕は、煉が王子様じゃなくても見たいよ。どんな役でも、煉が頑張るなら観に行くから。でも、煉には王子様が似合ってるよね」


 湊の言葉に心を解される煉。樹と仁なら、『お前がホンモノの王子サマかよ』と笑って茶化しただろう。

 挑戦する事も頑張る事も、特に意味を持たない人生を歩んできた煉には、何をしても充実感を得るものなどなかった。それ故に、挑み努力し続ける蒼が、煉には眩しく見えたのだ。顔の好みも相まって、気が付けば蒼から目が離せなくなっていた。

 煉は、そんな蒼から、背中を押してほしいと思っていた。


「なら、応援··しろよ」

「··いいよ」


 湊は、いつも通り目を瞑って蒼に切り替える。

 ふっと目を開け、トンッと煉の胸元に飛び込む湊。上目遣いに煉を見上げ、甘えて強請るように言う。

 最近、秋紘に教えられたファンサのひとつ“おねだり”だ。勿論、一般のファンにこんな接触はしないが、これは湊の持って生まれた天性の才がさせるオマケ。


「煉、素敵な王子様になって。僕のこと、いっぱいトキメかせてみてよ。····本当に応援してるから、頑張って」


 蒼としてエールを送る湊。けれど、最後だけは湊からの言葉だった。煉も、うっすらとそれを感じ取る。

 動揺を隠せない煉は、湊の肩を掴んでバッと引き剥がす。


「··っ、ちゃんと見に来いよ。お前の為に、完璧な王子やってやっからな」


 ビシッと湊を指差して言いながら、そそくさと教室を出ていく煉。その足は教室へ向かう。


「『お前』って、どっちだよ····」


 湊は、頬を膨らませポソッと呟く。それから、いつも通り怪しまれないよう、いくらか時間を空けて教室を出た。



 教室に戻った煉は、残っていた数名の女子に王子を引き受けると宣言した。歓喜極まる女子たち。

 どういう風の吹き回しかと、周囲に居た男子たちが口々に言う。煉はそれをひと睨みし、相手にしないまま教室を出て帰路についた。


 帰宅した煉は、急いでパソコンに向かう。来月行われるワンマンライブのチケットを入手する為である。人気上昇中のサルバテラ。チケットの入手はそれなりに困難なのだ。

 きっと、湊に言えば容易に手に入れられるだろう。けれど、煉はファンとして、そういう事は絶対にしないと決めていた。グッズも然り。正規のルートで手に入れてこそなのだ。


 発売時刻10秒前、煉の集中力は最高潮を迎える。時間丁度にクリック。数秒後、煉は『っしゃぁ!』と拳を突き上げた。

 部屋の前に立つ執事は、いつもの事と騒ぎ立てることはない。メイドたちも同じく。微笑ましく素知らぬ振りをする。


 煉のオタク性質を知っているのは、兄と執事、それからメイドたちだけ。父と姉は微塵も知らない。

 姉のりんは、趣味も持たないツンとしてばかりの末っ子を、今でもずっと心配している。それを知りつつ、煉は気恥ずかしさからバレないように注意していた。

 煉に匙ほどの興味も示さない父は、そもそも煉の事など知ろうとしていなかった。嵐に対しても同様に、いくら実力や実績があろうと、跡を継がないと決めた時点で興味を失っていた。

 父が愛しているのは、現在校長の座に就いている姉の鈴だけ。


(アイツが頑張ってんの、ただ眺めてるだけじゃねぇって見せたい··つったらアイツ、どう思うかな)


 煉は、届いた購入完了メールを確認ながら、自分の慣れない思考に照れを滲ませる。


「っし。やってみっか····」


 気合いを入れる煉。劇の内容も知らぬまま、煉は蒼の抱き枕を胸にベッドへ転げて眠った。



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