湊を車に押し込んだ煉。執事に車を出すよう指示を出し、早々に出発する。
10分も経たずに、車は路肩へ停められた。煉は『待ってろ』と言って、ひとり車を降りる。
残された湊は、スモークのかかった窓から、煉の背中を見送る。心細そうな湊。勝手に降りるわけにもいかず、大人しく煉が戻るのを待っていた。
「西条様」
「····は、はい!」
突然、運転席の執事から声を掛けられ、湊は驚き声を裏返らせた。
「差し出がましい事を申しますが、坊っちゃまは····煉様は、不器用な方でございます」
「は、はぁ····」
何事か分からない湊は、執事の言葉に耳を傾ける。
「ぶっきらぼうな物言いをされますが、本当はとてもお優しい方なのです。どうか、誤解なさらないでください」
30代前半くらいの男性は、遅ればせながらと丁寧な口調で自己紹介をした。
キリッとした強面で、透けるような淡い赤茶色の髪。セミロングくらいの髪を後ろで束ねていて、どことなくセクシーな雰囲気を醸し出している。
諏訪はチラリと後方を向き、湊に視線を僅かばかり送った。そして、ニコッと優しい笑みを湊に見せ安心させる。
それに加え、諏訪から紡がれる穏やかで物腰の柔らかい言葉はとても心地好く、緊張していた湊の心を和ませた。
「大丈夫です。煉が優しいのは、ちゃんと知ってます」
湊も、静かな声で返す。知り合ってから間もない煉の言動を思い返し、執事の言う煉の優しさを巡らせた。
その直後、煉が車のドアを乱暴に開ける。そして、執事を急かし発車させた。
湊の自宅近く、いつもの
湊は、諏訪に礼を言って車を降りた。
「いつの間に怜司と仲良くなったんだよ」
「煉を待ってる間にね。自己紹介してくれたんだよ」
「っそ。····あー··っと、今日は急に悪かったな」
煉は、不満そうにふいっと視線を逸らし、ぎこちなく詫びる。
「んふっ··。今日はって、いつもじゃない」
ケラッと笑う湊。煉は、照れくさそうに前髪を掻き上げる。
「これ、ファミレスになかったから。帰って食えよ」
「え? あっ、もしかして!」
湊は、受け取った真っ白な箱を開ける。中には、ツヤツヤと輝く栗の乗ったモンブランが5個。
「味は保証すっから。んじゃ」
「あ、煉!」
ヒラッと手を振って車に乗り込もうとする煉を、湊は夢中で呼び止めた。煉は、開けたドアに腕を置いて振り向く。
「なに」
言葉を探す湊。これといって意味もなく呼び止めてしまい、後悔真っ只中。
「え、っと····あの、モンブランありがとう」
困った湊は、ケーキの箱を抱き締めてもじもじと言う。
「ん。付き合わせた詫びだから気にすんなよ。····あ」
今度は煉が何かを思い出し、車のドアをバンッと閉めた。
「な、なに?」
煉は湊に歩み寄ると、湊の前髪を手で持ち上げて静かな目で見つめた。意図が分からない煉の行動に戸惑う湊は、潤んだ瞳で煉を見上げる。
「『また明日ね』って、笑顔で言え」
「え··えぇ····」
「今日、ファンサのタイミング全然なかっただろ」
帰り際になって、ようやく蒼を求める煉。果たして、本当にタイミングがなかっただけなのだろうか。
諦め気味の湊は、目を瞑りすぅっと息を吸い込む。パチッと目を開けて、煉に『また明日ね♡』と、アイドルの笑顔を輝かせて言った。
「ん。また明日な」
煉は、満足そうに車へ乗り込む。
「別に、ただのファンサだもん····」
湊はそう呟いて、去ってゆく車に背を向けた。
湊を呼び出しては、ささやかなファンサを求める日々。煉は近頃、昼休みに樹と仁を放って湊を構う。
常日頃付きまとう女子を撒くのが、唯一の難点だった。
夏の暑さが厳しさを増してきた、ある日の放課後。執拗く遊びに誘ってくる樹をテキトーにあしらいながら、蒼の新しいグッズの購入予約をしていた煉。
教室の自分の席でスマホをぽちぽちしていると、机の前に女子がわらわらと集まってきた。
「あの! 月宮様」
群がる女子の中から、1人の勇者が声を掛ける。普段なら、話しかけると不機嫌度が増す煉には、話しかけないのが暗黙のルール。けれど、この日はどうも様子が違った。
「チッ··、何?」
ヲタ活を邪魔され、通常よりも機嫌を悪くする煉。これ見よがしな舌打ちをかまして、そっけなく返事をする。
「ひぅっ····、え、えっと、文化祭でうちのクラスがする劇の話なんですけど····」
聞けば、煉が夢中でグッズ漁りをしていたLHRの間に、文化祭でクラスの出し物として劇をする事が決まっていたらしい。文化祭なんて、到底自分には関わりのない事と高を括っていた煉は、出し物に参加するつもりなどなかった。
しかし、そんな煉に女子たちが勇気を出して提案してきたのは、煉を舞台の主役にするという話だった。
「忙しいから無理」
躊躇いもなく断る煉。女子が粘る中、ふと思いつき、話もろくに聞かず湊へ連絡をしてみた。
──俺が王子すんの見たい?
『煉はとっくに王子でしょ? 月宮三王子が何言ってんのさ』
(ンだよ。王子らしい事なんかした事ねぇっつぅの)
──そうじゃねぇの
──文化祭の劇、王子に推されてる
『流石だね。煉はいつも王子様みたいだけど、もう少し愛想良くしたら完璧な王子様になれるんじゃないかな』
(は? 俺のドコに王子の要素あったんだよ。ん? 待てよ。つぅことは、|湊《コイツ》には俺がそういう風に見えてたってことか?)
煉は、熱くなってゆく顔を晒すわけにはいかないと、女子がまだ話しているのを無視して席を立った。
そして、湊を呼び出しながら空き教室へ向かう。