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第22話 煉は蒼のファン


 湊の要望で、極々普通のファミレスに来た2人。煉は、人生初のファミレスに興味津々だ。


 物珍しそうな顔の煉。湊に続いて店員の案内に従う。

 そして、窓際の奥まった席、ビニール仕様の硬いソファに座った。


「うわ。テーブルひっく····」


 脚を組んで座る煉。膝がテーブルに当たり、眉間に皺を寄せて文句を言う。


「脚組まなきゃいいでしょ」

「うっせ。つぅかここ何?」


 煉は店内を見回し、周囲の客が食べている料理を見て眉をひそめた。


「何って····ファミレスだけど」

「ファミレスって何屋?」


 湊は、黙ってメニューを差し出す。

 煉が連れて行ってくれる店は、小難しく洒落た名前の料理が並ぶ。が、ここはそれほどでもない。


「何屋さんって言うか····、色々あるよ。ここはねぇ、ドリアが美味しいの」

「ふーん····、お、ちゃんとパフェもあんじゃん」

「うん! ここのパフェおっきいんだよ。食べ応えあると思う」

「んじゃ俺パフェ。湊は?」

「僕は····」


 メニューを舐めるように見て、1番安いものを探す湊。なんとなくそれを察した煉が、ベルを押して店員を呼ぶ。


「あっ、僕まだ決まって──」

「俺がテキトーに頼んでやっから食え」

「え··、えぇー····」


 煉は自分のパフェ以外にも、湊に食べさせるものをしこたま注文した。どれも湊の好きなものばかり。


「流石だね」

「何が?」

「全部、僕の好きな物なんだもん」

「まぁ、な。蒼のプロフが嘘じゃなかったら外さねぇよ」


 蒼の好みを熟知している煉は、通じて湊の好物も当てる。蒼の好みを設定と偽らなかった、湊の素直さが功を奏した。


 話しているうちにパフェが運ばれてきて、当然の様に湊の前へ置かれた。湊はそれを、煉の前へそっとスライドさせる。店員は、気まずそうに柄の長いスプーンを煉の前へ置いた。

 それから運ばれてくる料理は、全て湊の前に並ぶ。


「いただきます」


 胸の前で手を合わせ、笑顔を見せながら言う湊。その所作の柔らかさに、煉は気持ちが和んだ。

 家では、誰かと食事をする事など滅多にない煉。脇に執事とメイドが並び、1人で食卓に向かうのが煉の日常。『いただきます』を言う相手も居ない。


 そんな習慣のない煉は、小さなスプーンでクリームを掬い口へ運ぶ。


「····まず」

「むっ··。煉がいつも食べてるような高級料理じゃないからね。でも、僕はこっちの方が落ち着くよ」

「ここが? うるせぇしごちゃごちゃしてるし、どこが落ち着くんだよ」


 湊は、ムスッとしながらチキンソテーを頬張った。味わい、ゆっくり飲み込んでから返事をする。


「日常っぽさ····かな。うち、人数多いからいつも煩いんだよね」


 と言う湊の脳裏には、惟吹と光の顔が浮かんでいた。2人の元気いっぱいな騒々しさは、湊の日常の一部であり癒しとなってる。


「へぇ。俺ん家はすげぇ静か。基本、家族は誰も居ねぇし」


 家に寄り付かない父親と、それぞれ自立している兄姉。兄は海外に居ることが多く、家には月に数度、数日間帰るだけ。それでも、煉と離れたくないが故に一人暮らしの予定はない。姉は既に結婚して家を出ており、昨年子供が生まれた。

 家には、煉と専属の執事、それと多くのメイドだけ。静寂の佇む大きな屋敷には、賑わいなど微塵もない。


 煉は、淡々とそれを語る。そこに特別な感情はなく、ただありのままを話しただけ。

 けれど、湊はそれを酷く悲しく受け止めた。


「寂しくないの?」

「は? ガキじゃあるまいし」

「寂しく感じるのに大人も子供もないでしょ」

「····そーゆーもん? 俺は寂しいとか思ったことねぇ」

「そ····ならいいけど」

「今はが居るしな」

「ふぇ?」


 サラダを口に詰め込みながらキョトンとする湊に、煉はスマホを見せた。自室の一角を撮った写真には、蒼のポスターやタペストリーで埋められた壁を背景に、数多のグッズで飾られた祭壇が写っている。

 それを見た瞬間、湊は手も口も止まりドン引きしていた。


「なにこれ····ファンの人って皆こんな感じなの?」

「さぁ。普通なんじゃね? 知らねぇけど」

「あ、ありがとうって言うところ?」

「さぁな。これでもまだ半分位しか飾ってねぇけど」

「ひぇ····」


 完全に食べる手を止めてしまった湊。ここで、ずっと思っていた事を煉に打ち明ける。


「あのさ、凄く嬉しいとは思ってるんだけどね、煉····僕にお金使いすぎじゃない?」

「全然」


 即答する煉。呆気にとられた湊は、これまでの貢ぎっぷりを並べ立てる。極めつけは、先日の巨大な花束だ。


「あぁ、アレな。蒼への気持ちがあんなもんだと思われんのマジ不本意なんだけど」


 そう言ってスプーンをスポンジケーキに突き刺す、不機嫌極まりない煉。蒼である湊と話しているのに、まるで他人の事を話すように言う。

 湊は煉の機嫌をとろうと、少しだけ前髪を上げてみる。


「あれ、ビックリしたけど凄く嬉しかったよ。だから、ね? 機嫌なおして?」

「····っ!! おま··それはずりぃだろ」


 煉は、赤く染まった頬を手で隠す。煉の機嫌をとれた事に満足した湊は、サッと前髪を下ろした。


「お前、俺の命令以外で蒼出すのやめろ」

「命令?」

「命令」

「はーい」


 いつもの雰囲気に戻った2人。食事を続ける湊は、煉の日々について考えていた。想像する寂しさに、心をチクリと刺される。

 沢山食べる湊を、うっすらと笑みを浮かべて見ながらパフェをつつく煉。湊の表情から、余計な事を考えているのだと察する。


 煉は『さっさと食え』と急かし、デザートも食べさせずに店を出た。

 もうすっかり暗くなった大通り。車が行き交う明かりで、途切れ途切れに照らされる2人。人通りは、夕方に比べるとかなり少ない。

 煉は湊の手を引き、待たせてあった車に押し込んだ。



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