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第21話 近づく距離


 ブラコンの兄にウザ絡みをされる煉。テキトーにいなしつつ、明日帰宅する父を避ける為、湊を夕飯に誘う計画を立てていた。



 ライブの翌日、煉からの指示に従い、旧校舎の空き教室で待つ湊。

 なかなか現れない煉に痺れを切らし、湊は窓を開けて外の様子を窺う。夏の陽射しに目が眩み、手で傘を作った。すると、廊下と無駄に広い中庭を挟んで向こう、本館の廊下を闊歩する月宮三王子が見えた。


 愛想笑いを浮かべ手を振り返す樹と、恐怖心でカラ回っているのかチャラさ倍増の仁。傍から見れば、女子に対して好意的である。けれど、2人の内情を知った湊には面白おかしく見えた。

 思わずクスッと笑う湊。その瞬間、煉はツンとした表情のまま、湊を待たせている部屋をチラリと見た。


 バチッと目が合う煉と湊。湊は慌てて目を逸らす。


(何アレ。なんなんだよ、人を呼びつけておいて····)


 本館から湊の待つ別館まで、走っても数分はかかる。しかも、湊が待つのは1階。煉たちがいる2階からは、早く見積っても10分ほど待たされるだろう。ましてや、数多の女子に道を阻まれているのだ。さらに待たされるかもしれない。

 そう思い、湊は窓を頭上に、背中を壁に預けて座り込んだ。


 じんわりと滲む汗。きっちりと締めた第一ボタンを外して緩める。その直後、ガラッと窓が開き煉が飛び込んできた。

 突如として自分を覆う影に驚き、口をポカンと開けて見上げる湊。あまりに突然の出来事で、頭上を舞う煉がスローモーションに見えた。


「れ··っ、んんっ」


 煉は、湊の口を片手で塞ぎ、急いで窓を閉めた。けれど、背の高い煉は、しゃがんでいても頭が壁から飛び出る。

 煉は小さな舌打ちを零し、湊ごと床に伏せて身を隠す。勢い余り、湊を押し倒して覆い被さる煉。乱れた息を整えつつ、外のざわめきが収まるのを待つ。


 身動きできず、煉の熱を感じる湊。外の様子に夢中の煉を、下からじっと見上げる。外のざわめきさえ、湊の耳には届いていない。

 ただ、自分に覆い被さる煉の大きさと力強さに驚き、強く脈打つ鼓動の音に支配されていた。


 抵抗を忘れる湊。差し込む陽射しを反射し、キラキラと輝かせている煉の汗に目を奪われる。


(あぁ··、垂れる)


 暑さで鈍る思考、湊はままよと受け入れる。湊がぼんやりと見つめていた汗が、いよいよ視界の外へ。湊は、クッと息を呑む。

 煉から滴った汗が湊の喉元へ垂れ、ぬるっと撫でるように伝い落ちる。喉を這うような擽ったさに、湊は『んっ』と小さく声を漏らした。


「声出すな」


 吐息の様な声で囁く煉。それと同時に、外の気配から湊へ視線を移す。

 乱れた前髪の隙間から、自分を見上げる湊の涙ぐんだ瞳。その赤らんだ顔が暗がりに浮かび、煉は慌てて手を離した。


「わ、わりぃ····」

「····どいてくれる?」


 ハッとして、跨っていた湊から跳ね退く煉。2人は壁を背に、肩が触れない程度に離れて座るが、気まずさに呑まれ顔を逸らしたまま。

 少し距離を取り、無言の時間が流れる。それも束の間、湊がある事に気づいた。


「あれ··? ねぇ、待って。来るの早過ぎない? 今さっき2階に居たよね?」

「あ? あー··、飛び降りた」

「あぁ、なるほど。飛び····っ!? と、飛び降りたぁ!!?」

「デカい声出すなよ。ンだよ、2階くらいだったら余裕だろ。中学ン時から、家抜け出す時とかよく飛んでたし」


 色々と思考の追いつかない湊は、口をパクパクさせながら煉の言葉を整理する。けれど、やはり理解できない。


「なんでそんな危ない事するの? 大怪我じゃ済まないかもしれないんだよ?」

「ハッ··、ンなもん誰も心配しねぇよ」


(あぁ、バカ兄貴にはくっそ怒られたっけ。ま、あんま聞いてなかったから覚えてねぇけど)


 ポケッと天井を見上げて言う煉。煉の心のひずみを見たような気になり、湊は心がザワザワと落ち着かなくなった。

 煉の家庭環境に心配を置く湊。同時に、自分を大切に思わない煉へ苛立ちを感じた。


「僕は心配するよ」

「····は?」


 思いのほか純情な煉は、湊の真っ直ぐな言葉にいちいち顔を赤くする。今回も、顔が熱くなってゆくのを自覚して、煉は顔を見られないように逸らした。


「ね、家抜け出すって、なんで? ····あ、別に言いたくなかったら無理に聞く気は──」

「親父と····折り合わねぇんだよ」

「え··、お父さんって····理事長だよね?」

「そ。昔から合わねぇの」


 煉は俯いて、湊から顔を隠すようにして、膝に乗っけていた手で後頭部を抱える。

 煉が中学生の頃は、父親も頻繁に家に帰っていた。けれど、その度に母親との言い争いが絶えず、中学3年生の時に母親が出て行ってからは、現在のように寄りつかなくなったのだ。


「そうなんだ····」

「別に、親父と合わねぇとか普通なんじゃねぇの?」

「そう··なのかな。うちは結構仲はいい方だと思う··から、ごめん、わかんないや」

「なんで謝んの?」

「えっと····」


 戸惑う湊。家族仲の良い事が、煉に自慢だととられるのではないか。湊はそう思い言葉が詰まった。


「言ってたもんな。アイドルやってんの、親父さんの為でもあるんだろ?」

「え? あ、うん。そうだよ。父さん、あのままだったら過労死しそうだったから····」


 煉は、無意識に湊の頭を撫でた。


「んぇぇ? ··な、なに?」

「お前、頑張ってんじゃねーの? 苦手な事からも逃げねぇでさ、すげぇと思うよ。俺は····、親父から逃げてばっかだから」


 先日、体調不良で朦朧とする煉が漏らした、蒼を好きな理由のひとつ。煉が自分をどう見ているのか、湊は少しずつ理解して照れを孕んでゆく。

 固まる湊の前髪を、煉は指でそっと攫う。


「前髪、2人ン時は上げとく約束だろ」

「う、ぁ··っと、め、だもんね。ご、ごめんなさい」


 湊は、優しく微笑む煉の顔を見て、顔を真っ赤に染め上げた。そして、不意打ちの甘さに動揺しながらも、困り眉を見せて謝る。


「お前、謝んの好きな。なぁ、今日はピンとか持ってねぇの?」

「あ····。今朝、慌ててたから忘れちゃって····」

「ふーん。ま、いいけど。··湊のままでも」

「ん? ごめん、最後なんて?」


 小さな声で、で居る事を許した煉。上手く聞き取れず、湊はキョトンとして返す。


「なんでもねぇよ。次からは忘れんな。····命令」

「はい」


 気恥ずかしさを含みながら、2人は一瞬の無言を抱く。


 沈黙を破ったのは煉。唐突に、本来の目的へと誘導する。


「飯、なんか食いたいのある?」

「えっと····、それじゃ、煉の好きな物」

「あ? なんで俺の?」

「え、だって、の好きな物ばっかりだったから····」


 湊が煉を見上げると同時に、煉は湊を見下ろした。2人の目がしっかりと合う。

 吸い込まれるような湊の大きな瞳に、煉は顔を赤くする。そして、再びふいっと顔を逸らした。


「デザートにパフェあるとこ」

「··へ?」

「俺、飯あんま食わねぇの。デザートメイン」

「へ、へぇ····。意外だね。甘党なんだ」

「わりぃかよ」


 耳まで真っ赤に染める煉を、湊は不本意だが可愛いと思ってしまう。


「ううん、全然! 僕も甘いの大好きだもん」


 そう言って、湊は満面の笑みを見せた。それをチラッと覗き見た煉は、すっと目を細めて微笑む。


「ふっ··、知ってる。1番好きなのは──」

「「モンブラン」」


 2人は声を重ねて言った。



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