サルバテラのライブ当日。学校からライブハウスへ直接向かう湊。ライブの日は、一旦家に帰る余裕などない。
そんな今日も、煉は学校に来ていなかった。
樹から、熱は下がったが登校は控えたそうだと聞き、一安心した湊。けれど、ライブに来るのは流石に無理だろうと思っていた。
昨日鳴り止まなかったスマホも、今日は拍子抜けするほど静か。煉からの連絡は、昨夜の9時に来た体調確認を最後に途絶えていた。
湊は、煉が気になりつつもライブの準備を進める。衣装を着て、髪をセットする湊。
その横で、湊をチラチラと見る尚弥たち。あの配信の日から湊と煉の事が気になって仕方がなかった。湊から話を聞いた限りでは、煉が暴君であることは疑いようがないのだから。
煉の体調など知らないメンバーは、今日も“蒼玉の涙”が来るのではないかと案じていた。けれど、湊が助けを求めてこない以上、どうする事もできない。
綾斗と尚弥に至っては、湊に代わり煉に詰め寄って目的を聞き出したいと思っている。が、湊の手前思い留まっていた。
いよいよライブが始まる。近しいスタッフも交え円陣を組み、夕陽の掛け声で気合いを入れてステージへ。
1曲目の前奏、ギターの音が立つ。曲に合わせて切り替わる眩いカラーライトの中、サルバテラが登場し会場は歓喜に包まれる。
一気に盛り上がる会場には、蒼への“撃って”うちわが目立つ。大多数のファンがあの配信を見ていたのだ。
1曲歌い終え、オープニングトークで刹那がそれを弄る。
刹那に促され、蒼は照れながらも『ばーん♡』と何度かファンを射抜いた。
そうしている
よく見ると、うちわを持っている。なんと書いてあるのか、遠くてよく見えない蒼。綾斗が挨拶をしている隙を見て、視力の良い刹那にこそっと聞いてみる。
「ねぇ、あの人が持ってるうちわ、なんて書いてるか見える?」
「んぇー····、あ、やっぱ今日も来てんだ。えぇっとねぇ··、うゎー····」
「え、なに? 見えたの?」
「見えちゃったけど····」
「できるならやってあげたいから教えて?」
「はぁ? やってあげたいって蒼····」
「ごめんね。今日だけ!」
せがむ蒼に、渋々内容を伝える刹那。それを聞いた蒼は、頬を真っ赤に染めた。
蒼の挨拶の番、自己紹介の口上のあと、いつものあざとポーズ····ではなく、投げキッスをして見せた。会場からは歓喜の悲鳴が上がる。
けれど、これは勿論“蒼玉の涙”に向けて、だ。つまりは、弱っている煉に向けてのファンサ。
煉は目をまん丸に開けたまま、うちわを落としてしまった。落ちたうちわには、濃いピンクの背景に、縁どりされた黄色い文字で“投げキッスして”と書いてある。
まさか、蒼がこれをしてくれるとは思わなかったが、売店にあったので女子に混じって買ってみたものだ。“撃って”が完売目前の中、刹那のファンしか買っていかないこれを買ってみたのは、本当にただの気まぐれだった。
普段は決してしない投げキッス。蒼は、顔を真っ赤に染め上げて自己紹介を終えた。ファンは勿論、メンバーも驚いている。流れを知っている刹那だけが、呆れ顔で蒼を見ていた。
これで、煉が少しでも元気になってくれればと、湊なりの励ましのつもりだった。
(|蒼《・》らしくなかったかな····。後で連絡来たら気まずいな····)
湊は、ぐるぐると思考を巡らせながら次の曲のスタンバイをする。チラッと煉を見ると、バチッと目が合った。互いに視線を逸らし、それぞれ次の曲に集中する。
(なっ、なんでこっち見んだよ。つぅかさっきのアレって····俺の為?)
動揺を隠せない煉。だが、前奏が始まれば視線を蒼に戻す。そして、眩いライトの中汗だくで踊り、いつもの笑顔を見せる湊をうっとりと笑顔を浮かべて見つめる。
(ななな、なんで目合っちゃうの!? あれは煉じゃない、あれは煉じゃない、あれは煉じゃない····)
ちらちらと煉を盗み見てしまう湊。煉と
ライブが終わり、いつも通りファンとの交流会が行われる。その中に、煉の姿はない。
湊は、花束やプレゼントを受け取りながら、キョロキョロと涙さんもとい煉の姿を探す。けれど、その姿は見当たらず、ほんの少し肩を落としていた。
交流会を終え、サルバテラは楽屋へと引っ込む時間。ファンに手を振りながら会場を出ていく。湊が最後尾、煉の姿をまだ探しつつ会場を出ようとしていた。
スタッフに促され、会場に背を向け1歩出ようとした、そのギリギリ
「れ····えっと、大丈夫ですか?」
咄嗟に名前を呼んでしまいそうになる。けれど、慌てて別人として扱う湊。それでも、帽子とマスクで隠された向こうに、どうしても煉の素顔を見てしまう。
煉は、膝に片手を置いて息を整える。そして、一息吐いて顔を上げ、互いに潤んだ瞳で見つめ合う。
「こ、これ····」
差し出されたのは、肩に乗せていた大きな花束。湊のイメージカラーのピンクを基調とした、豪華絢爛なもの。それを受け取った蒼は、顔が丸々隠れてしまった。
「あ、ありがとうございます····」
「応援してっから、頑張って
(蒼へ····そうだよね)
煉の応援を受け取り、メンバーに呼ばれファンに手を振って去る湊。複雑な心境を押し殺し、花束に顔を
煉は、俯く蒼の背中を見送り、会場を出て帰路につく。
煉から応援された湊。しかし、その心は複雑に揺れていた。
「でぇ、湊はなーんでそんな暗いの?」
スタッフに挨拶を済ませ、メンバーだけが残った楽屋で、刹那が湊に問いかける。
「別に、そんなつもりはないんだけど……」
「ふーん、あっそ。だったらいいけど」
「アキ、なんで湊にそんな突っかかるの? いつも以上に感じ悪いよ」
「いやいや、いつも感じ悪いみたいに言わないで? 俺、これでもかなり湊の事心配してるつもりなんだけど」
「湊は繊細なんだよ。アキくんみたいに能天気じゃないの」
秋紘へ辛辣な言葉を投げつける尚弥。ソファにくったりと座る湊の隣へ腰掛け、湊の肩をきゅっと抱いて守る姿勢を見せる。
綾斗と尚弥は湊の味方、それはいつもの事。秋紘は『あーっクソッ』と後頭部を搔き乱し、衣装のジャケットを脱ぎテーブルへ投げた。
「それにしても····、すっごい花束だね」
綾斗は、テーブルに置かれた花束を見て言う。その上には、秋紘のジャケット。
全員が花束に視線を置き、無言の時間が流れた。