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第19話 煉が見ているもの


 サルバテラのライブ当日。学校からライブハウスへ直接向かう湊。ライブの日は、一旦家に帰る余裕などない。


 そんな今日も、煉は学校に来ていなかった。

 樹から、熱は下がったが登校は控えたそうだと聞き、一安心した湊。けれど、ライブに来るのは流石に無理だろうと思っていた。


 昨日鳴り止まなかったスマホも、今日は拍子抜けするほど静か。煉からの連絡は、昨夜の9時に来た体調確認を最後に途絶えていた。

 湊は、煉が気になりつつもライブの準備を進める。衣装を着て、髪をセットする湊。

 その横で、湊をチラチラと見る尚弥たち。あの配信の日から湊と煉の事が気になって仕方がなかった。湊から話を聞いた限りでは、煉が暴君であることは疑いようがないのだから。


 煉の体調など知らないメンバーは、今日も“蒼玉の涙”が来るのではないかと案じていた。けれど、湊が助けを求めてこない以上、どうする事もできない。

 綾斗と尚弥に至っては、湊に代わり煉に詰め寄って目的を聞き出したいと思っている。が、湊の手前思い留まっていた。



 いよいよライブが始まる。近しいスタッフも交え円陣を組み、夕陽の掛け声で気合いを入れてステージへ。


 1曲目の前奏、ギターの音が立つ。曲に合わせて切り替わる眩いカラーライトの中、サルバテラが登場し会場は歓喜に包まれる。

 一気に盛り上がる会場には、蒼への“撃って”うちわが目立つ。大多数のファンがあの配信を見ていたのだ。

 1曲歌い終え、オープニングトークで刹那がそれを弄る。


 刹那に促され、蒼は照れながらも『ばーん♡』と何度かファンを射抜いた。

 そうしている最中さなか、蒼はふと気づいてしまう。会場の最後方、出入口付近の壁にもたれ掛かる煉の姿に。


 よく見ると、うちわを持っている。なんと書いてあるのか、遠くてよく見えない蒼。綾斗が挨拶をしている隙を見て、視力の良い刹那にこそっと聞いてみる。


「ねぇ、あの人が持ってるうちわ、なんて書いてるか見える?」

「んぇー····、あ、やっぱ今日も来てんだ。えぇっとねぇ··、うゎー····」

「え、なに? 見えたの?」

「見えちゃったけど····」

「できるならやってあげたいから教えて?」

「はぁ? やってあげたいって蒼····」

「ごめんね。今日だけ!」


 せがむ蒼に、渋々内容を伝える刹那。それを聞いた蒼は、頬を真っ赤に染めた。


 蒼の挨拶の番、自己紹介の口上のあと、いつものあざとポーズ····ではなく、投げキッスをして見せた。会場からは歓喜の悲鳴が上がる。

 けれど、これは勿論“蒼玉の涙”に向けて、だ。つまりは、弱っている煉に向けてのファンサ。


 煉は目をまん丸に開けたまま、うちわを落としてしまった。落ちたうちわには、濃いピンクの背景に、縁どりされた黄色い文字で“投げキッスして”と書いてある。

 まさか、蒼がこれをしてくれるとは思わなかったが、売店にあったので女子に混じって買ってみたものだ。“撃って”が完売目前の中、刹那のファンしか買っていかないこれを買ってみたのは、本当にただの気まぐれだった。


 普段は決してしない投げキッス。蒼は、顔を真っ赤に染め上げて自己紹介を終えた。ファンは勿論、メンバーも驚いている。流れを知っている刹那だけが、呆れ顔で蒼を見ていた。

 これで、煉が少しでも元気になってくれればと、湊なりの励ましのつもりだった。


(|蒼《・》らしくなかったかな····。後で連絡来たら気まずいな····)


 湊は、ぐるぐると思考を巡らせながら次の曲のスタンバイをする。チラッと煉を見ると、バチッと目が合った。互いに視線を逸らし、それぞれ次の曲に集中する。


(なっ、なんでこっち見んだよ。つぅかさっきのアレって····俺の為?)


 動揺を隠せない煉。だが、前奏が始まれば視線を蒼に戻す。そして、眩いライトの中汗だくで踊り、いつもの笑顔を見せる湊をうっとりと笑顔を浮かべて見つめる。


(ななな、なんで目合っちゃうの!? あれは煉じゃない、あれは煉じゃない、あれは煉じゃない····)


 ちらちらと煉を盗み見てしまう湊。煉とは別人なのだと自分に言い聞かせ、湊は自分の理解不能な行動へ見ないふりをした。



 ライブが終わり、いつも通りファンとの交流会が行われる。その中に、煉の姿はない。

 湊は、花束やプレゼントを受け取りながら、キョロキョロと涙さんもとい煉の姿を探す。けれど、その姿は見当たらず、ほんの少し肩を落としていた。


 交流会を終え、サルバテラは楽屋へと引っ込む時間。ファンに手を振りながら会場を出ていく。湊が最後尾、煉の姿をまだ探しつつ会場を出ようとしていた。

 スタッフに促され、会場に背を向け1歩出ようとした、そのギリギリすんでの所で、腕を掴まれ引っ張られた蒼。よろめきながら振り向くと、とんでもなく大きな花束を抱えた煉が、汗だくで息を切らせていた。


「れ····えっと、大丈夫ですか?」


 咄嗟に名前を呼んでしまいそうになる。けれど、慌てて別人として扱う湊。それでも、帽子とマスクで隠された向こうに、どうしても煉の素顔を見てしまう。


 煉は、膝に片手を置いて息を整える。そして、一息吐いて顔を上げ、互いに潤んだ瞳で見つめ合う。


「こ、これ····」


 差し出されたのは、肩に乗せていた大きな花束。湊のイメージカラーのピンクを基調とした、豪華絢爛なもの。それを受け取った蒼は、顔が丸々隠れてしまった。


「あ、ありがとうございます····」

「応援してっから、頑張って


(蒼へ····そうだよね)


 煉の応援を受け取り、メンバーに呼ばれファンに手を振って去る湊。複雑な心境を押し殺し、花束に顔をうずめた。

 煉は、俯く蒼の背中を見送り、会場を出て帰路につく。



 煉から応援された湊。しかし、その心は複雑に揺れていた。


「でぇ、湊はなーんでそんな暗いの?」


 スタッフに挨拶を済ませ、メンバーだけが残った楽屋で、刹那が湊に問いかける。


「別に、そんなつもりはないんだけど……」

「ふーん、あっそ。だったらいいけど」

「アキ、なんで湊にそんな突っかかるの? いつも以上に感じ悪いよ」

「いやいや、いつも感じ悪いみたいに言わないで? 俺、これでもかなり湊の事心配してるつもりなんだけど」

「湊は繊細なんだよ。アキくんみたいに能天気じゃないの」


 秋紘へ辛辣な言葉を投げつける尚弥。ソファにくったりと座る湊の隣へ腰掛け、湊の肩をきゅっと抱いて守る姿勢を見せる。

 綾斗と尚弥は湊の味方、それはいつもの事。秋紘は『あーっクソッ』と後頭部を搔き乱し、衣装のジャケットを脱ぎテーブルへ投げた。


「それにしても····、すっごい花束だね」


 綾斗は、テーブルに置かれた花束を見て言う。その上には、秋紘のジャケット。

 全員が花束に視線を置き、無言の時間が流れた。



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