大人しくなった湊を見て、満足そうな顔で微笑む樹。けれど、発進のアナウンスを聞き、すんと無表情に戻った。
「おい仁、撮るなよ」
樹が仁へビシッと指をさして言うなり、再びメリーゴーランドは回転を始めた。背筋をしゃんと伸ばし、まんまと湊の王子になりきる樹は、得てして彼氏面をする。
この時、既に写真を撮っていたとは言えない仁。空返事をして『いてら〜』と手を振った。
ゴウンゴウンと上下に揺られる、モサいままの湊と王子の出で立ちに戻った樹。ちぐはぐな見た目など、樹は微塵も気にしていない。雰囲気だけは、さながらカップルだ。
樹は、後ろから湊を抱き締めるように支柱を持ち、わざわざ耳元で『怖くない?』などと聞いてみる。
「大丈夫だよ、王子サマ。姫は怖くありませーん」
「なんでそんな棒読みなの? もっと姫らしくしてよ」
「だって姫じゃないもん」
「ははっ、湊怒ってる。可愛いなぁ」
「可愛いって言わないで」
「俺にとっては可愛いお姫様だよ、ずっと」
「樹はいいよね。背が高いしカッコイイから王子だなんて言われてさ。僕だって、もうちょっと身長があれば····」
俯いてしまった湊を、樹は飄々と励ます。
「湊は湊だよ。今のままでいいじゃない。俺は、今のままの湊が好きだよ」
「ま、また耳元でそんなこと言うんだから····。そんな事してるから、女の子に勘違いさせちゃうんだよ!?」
「えー、そうなのぉ?」
白々しく言う樹だが、本音は違った。ぼんやりと天井を見上げ、心の中で湊の言葉へ反論する。
(こんな事、湊以外にするわけないでしょうが。ホント、一生ニブチンのままでいてくれて助かるわ····)
湊は、言ってやったぞと言わんばかりにドヤ顔をする。今にも『ふふん』と聞こえそうだ。
前髪で殆ど見えないが、樹には愛らしいドヤ顔が見えているようで、ふわっと柔らかく微笑む。周囲は、本気で王子の幻影を見ていた。
そんな2人に、痛いほどの視線が刺さる。そして、樹は向けられるカメラから湊を庇い、唇に人差し指をあてて『ダメだよ』と合図をした。カメラを向けていた女の子たちは、歓声を上げてカメラを下ろした。
ようやく止まるメリーゴーランド。たった2周する間に、メリーゴーランドの周りには人集りができていた。
その人集りの中で、女性に絡まれていた仁。困った顔でやり過ごそうとしていたが、上手く断れないで逃げ腰になっていた。
「お嬢さんたち、僕の連れを返してくださいませんか」
と、王子ぶって言う樹。
(樹、様になってるけどアレ絶対遊んでるよね····)
出口にポツンと置かれた湊は、樹の仁救出劇を眺めて待つ。まさか、自分が人集りに飛び込むわけに行かず、そうするしかなかったのだ。
連絡先の交換やら、さっきの姫役は彼女なのかなど、飛び交う質問を華麗にくぐり抜けてくる樹。女性に怯える仁の手を引き、何とか湊の元へと戻った。
「一旦逃げよっか。アレ、ついて来そうだよね」
「だね。樹がふざけるから」
少し不機嫌な湊。けれど、誰もそれに構っている暇はない。樹は、湊の手も引き、そそくさとその場を離れた。
さり気なくついて来ていた女性たちを撒き、3人はベンチに座って一服する。無駄に歩き回りクタクタの樹は、背もたれに上体を預けて休む。
休みがてら仁は、湊へ不機嫌の理由を問い詰める。
「湊くんさ、樹がモテんの嫌なの? さっきめっちゃ不機嫌ぽかったけど」
「····へ?」
そんな自覚などなかった湊は、仁の言葉に驚く。樹は、良く見えていなかった湊の反応を知り、嬉々として湊に聞き
「え。湊、俺がモテるの嫌なの?」
「別に」
湊の即答にひっそり肩を落とす樹と、含みを込めた言葉を返す仁。
「そうなんだ。2人仲良さそうだからさ、湊くんが妬いちゃうかと思って焦ったんだよね〜」
(妬く····って、僕が何にだろう)
「仁! 次、ジェットコースター乗んぞ」
「うぇぇぇ!!? 待って、俺絶叫系ムリだって──」
「湊も苦手なの。1人は寂しいからお前が付き合え」
「殺生すぎんでしょ!?」
「いってらっしゃーい」
強引に、仁の腕を掴んで引きずっていく樹。湊は手を振って2人を見送った。
道中、樹は仁に忠告する。
「あのさ、湊に余計なコト吹き込もうとすんのやめてくれる?」
「余計なコトって?」
頭の後ろで手を組み、白々しい態度で聞き返す仁。ピタッと立ち止まった樹は、少し考えた様子を見せてから答えた。
「湊を困らせたくないんだよ」
振り返り、湊へ手を振りながら言う樹。湊がいなければ、そのトーンは格段に低い。
「だから? イジらしく身を引こうって?」
「そんなんじゃねぇけど····」
「どーでもいいけど。それじゃ、俺が湊くん困らせちゃおっかな」
仁をキッと睨み上げる樹。だが、ヘラヘラと宣言する仁を止める立場にない自分へ、ただ苛立ちを募らせるしかなかった。
樹と仁を待つ湊は、ベンチに座り大人しくミルクティーを飲んでいた。前髪を下ろしラフな格好をしていると、声を掛けられることなどまずない。
それを楽ちんだと思っている反面、少し寂しくも感じる湊。自分自身のギャップに、心が置いてけぼりを食らっているような気分だった。
2人が戻ると、湊は表情を明るくする。見えないが、それを感じ取る2人。臨戦態勢だった樹も、幾分か雰囲気を和らげる。
「置いてってごめんね。次は湊も乗れるやつ行こうね」
そう言って、樹は湊の背中を押して歩き始めた。
3人は日が暮れるまでめいっぱい遊び、日頃の鬱憤を晴らした。
夕飯作りの為に、18時の帰宅を目指す湊。追い払うように仁を帰らせた樹が、湊を家まで送り届ける。
「今日は誘ってくれてありがとね。仁くんとも仲良くなれたし楽しかった」
「そっか。湊が楽しめたんなら良かった」
樹は、湊の頭をくしゃっと撫でる。
「あんま溜め込まないように。またしんどくなったら、ちゃんと俺を頼ること! 分かった?」
「えへへ。うん、ホントにありがと。ダメになっちゃう前に、今度からはちゃんと相談する」
「よし。そんじゃ、帰んね。また明日」
「うん、また明日ね」
そっと手を離す樹は、寂しげな表情を見せないようにさっさと振り向き帰っていった。