受け取ったクッションを抱き締め、ニコッと笑う湊の口元。それを見た仁は、無造作に湊の前髪を分けた。
「わぁっ」
「あっ、おい!」
「やーっぱり」
バレたのだろうか。と、湊と樹の鼓動が速まる。
「湊くん超可愛いじゃん。目、隠してんの勿体ねぇよ」
バレたわけではなかったようだが、あまり見られてはマズいと思い焦る湊。クッションに口元を埋める。
「ぁ··う····えっと、は、離して····」
湊は涙目で訴えた。思っていた以上の可愛さに、グッと息を飲む仁。
「あ〜··っと、ごめん」
仁はパッと手を離し、湊と距離を取る。警戒心剥き出しの湊に、それ以上近づけなかった。
それから湊は、一気に仁と距離を取り始めた。ずっと樹の脇に隠れ、厳重に前髪を下ろしてガードを固める。
あからさまな態度の湊に、意気消沈する仁。だが、樹の隣の台にコインを入れた仁は、宣戦布告ともとれる発言をかます。
「湊くんさ、すっげ可愛いね。めっちゃタイプなんだけど」
「あっそ」
「もらっていい?」
「··チッ、もらうも何も、湊は俺ンじゃないよ」
景品から目を逸らさず返す樹。2人は、湊に聞こえないよう頭上でポソポソと話す。
「ふ〜ん。
「うるせ····って待てよ。なんで幼馴染だって知ってんの?」
「煉から聞いたとか言えなーい」
「はぁ····。言ってんじゃねぇかよ」
ふざけた態度の仁に、樹は項垂れて疲れを見せる。
「あれ? 樹、どうしたの? 大丈夫?」
「ん? あぁ、大丈夫だよ。なんか上手くいかねーなぁって思ってさ」
「あはは。これ難しそうだもんね。無理しなくていいよ?」
「んー、やだ。俺、湊の為に頑張る」
樹はペロッと下唇を舐め、気合いを入れて百円玉を投入する。そして、見事に取ってみせた。
取り出し口から可愛げのないマスコットを拾い上げ、湊に手渡す樹。
「これ可愛いの?」
「うーん、可愛くはないかな。けどなんか、ちょっと樹に似てるなぁって」
アヒルともカモとも言えそうな、ふてぶてしい表情の人型の鳥。共通点と言えば、眼鏡くらいのものだ。
「え〜、俺コレに似てんの? 仮にも三王子の俺に酷くない?」
「僕にとってはただの幼馴染の樹だもん。王子とか関係ないよ」
そう言って、手のひらよりも大きいマスコットを鞄に付ける満足気な湊。複雑な気持ちの樹は、隣で笑う仁の脇腹を殴って発散した。
「んぐぅっ··なんっでだよ····」
「全部オマエが悪い」
「煉みたいなコト言ってんじゃねぇよ。つか強すぎ····」
「······わりぃ」
次はどこへ行こうか、意気揚々とスマホを開く湊。迷っている湊に、仁がわき腹をさすりながら声を掛けた。
「決まってないんならさ、俺行きたい所あるんだけど」
「今日は湊に付き合う日なの。行きたいトコあんなら1人で行けよ」
「そなの? マジか〜··。けどそこ、1人じゃ行きにくいんだよねー」
チラリと白々しく樹を見る仁。普段はシュッとしている目を大きく開け、可愛こぶった表情を作る。自分の要求を通したい時の常套手段だ。
自分と同類の面倒くささを感じている樹は、一応湊に伺いを立てる。
「はぁ····。どうする? 湊が嫌なら行かなくていいよ」
「僕は別にいいけど····」
「大丈夫! 変なトコじゃないから!」
「当たり前だろ。怪しいトコとか湊が楽しめないトコ行ったらぶちのめす」
「
「黙んないと湊連れて帰るよ」
「わーっ、うそうそっ! よし、さっさと行こ! 湊くんこっちだよ〜」
さり気なく湊の肩を抱いて歩き始める仁。あまりにも自然な流れに、湊は抵抗を忘れる。
無防備な湊に代わり、樹が仁の背中を蹴って退けた。
「次、湊に触ったら蹴り飛ばすからな」
「もう蹴ってんじゃん!」
仁から奪い返すように、湊の肩を抱き寄せる樹。けれど、すぐに離して歩き出す。これが、樹の縮められない距離感である。
(まぁまぁ〜。ありゃ進展しないわけだ)
仁は、並んで歩く2人の背中を眺めて思った。そんな仁を、樹は『早く来い』と急かす。
大切にしすぎて意気地なしと化している樹を、仁は少しだけ不憫で、それでいて羨ましく感じていた。
樹にもどかしさを感じる仁だが、その心を汲んで言葉は飲み込んでおくことにした。と言うのは建前で、その隙を逃さない仁は、2人の間に割って入るように肩を組んで歩き出す。
湊と樹は、仁が何を考えているのかが読めず、扱いに困り戸惑う。そうして、仁は目的地は伏せたまま、2人を電車に乗せた。
着いたのは遊園地。湊は、数年ぶりの遊園地にワクワクしていた。
我儘に付き合わせているからと、仁持ちで遊ぶ事になった遊園地。初めこそ遠慮がちだった湊も、いくつかアトラクションに乗っているうちにそれも薄れてきたようだ。
そこで漸く、仁の本題へ向かう。とあるアトラクションの前で立ち止まり、それを見上げながら仁は事情を話し始めた。
「今日の大本命ここなんだよねぇ····。実はさぁ、妹が····──」
白馬に乗った王子様を見たいと言い出した、中一の仁の妹。月宮三王子が揃ってメリーゴーランドに乗っている姿を、カメラに収めてこい言われたらしい。
揃ってと言う割に兄への興味がなく、実質、煉と樹のツーショットを望んでいるのだとか。事情を説明し、仁は湊から同情を勝ち取った。
「仁くん、大変そうだね」
「SNSで
仁は、ゲンナリした顔で妹への不満を語る。今回も、要望を叶えるまで催促のメッセージが鳴り止まないのだと、情けない顔で樹に縋って頼み込む仁。
妹の傍若無人さを聞き知っている樹は、仁を不憫に思い協力してやる事にした。やるとなれば本気を出すのが樹の流儀。樹は、スタッフが居る操作室の窓を鏡に、髪を軽くセットし直す。
カメラ写りを意識し、インテリの代名詞でもある伊達メガネを外した。中の女性スタッフが赤面しているが、樹は
仁は、湊も前髪をあげて一緒にと頼むけれど、撮影は当然NG。これ以上、湊を我儘に付き合わせるワケにはいかないと、仁はあっさり引き下がった。
メリーゴーランドの白馬に乗せられた樹。1人で乗るのはいたたまれないと言うので、湊はカメラから隠れるように馬車へ乗り込んだ。
ゆっくりと2周近く回り、ゆっくりと止まる。アナウンスに従い、湊は完全に止まってから馬車を降りる。けれど、樹は白馬に乗ったまま。
「樹、降りないの?」
「折角だし? さぁ姫、お手を」
そう言って、樹は湊へ手を差し伸べた。
「やだよ。誰が姫なのさ。くだらないこと言ってないで早く降りなよね」
いち早くその場を離れようと踵を返す湊。だが、背中を見せる湊の脇を持って抱き上げ、樹は自分の前に湊を乗せてしまった。
「わぁっ! おっ、降ろしてぇ!」
「やだ」
心做しか機嫌の悪い樹は、強引に我儘を押し通す。抵抗する湊を後ろから抱き締め、身動きを封じてしまった。周囲からは、黄色い悲鳴がいくつもあがる。
「折角だしさ、ちょっとくらい王子らしいコトさせてよ」
湊の耳元で囁く樹。突然耳へ流れ込む甘い声に、湊はゾクッと背筋を強ばらせた。