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第15話 オトモダチ


 ひょんな事から仁と接点を持ってしまった事を、湊は何よりも悔やんでいた。


「なぁ、こっちの子ダレ? はじめましてー」


 仁は、持っていたトレーを樹と湊の間に置き、ぬっと覗き込む。思わず、その身を引く湊。


「は、はじめまして」


 勢いに押され、湊はぎこちなく返答する。


「あぇ? 男····だよね?」

「はっ、はい」

「良かったー。って、制服オソロじゃん。タメ? 名前は?」


 パーソナルスペースのイカれた仁は、グイグイと詰め寄ってくる。怯える湊。

 前髪で顔が見にくい所為か、なんとかして顔を覗き込もうとしている。樹はそれを、仁の肩をグイッと引いて止めた。


「おい、怖がってんだろ。やめろ」

「え、うっそマジで? ごっめん、俺声デカイから····」

ちげぇよ。距離感! お前それ、初対面の距離じゃねぇから」

「マ? えー、むず〜」


 反応がことごとく軽い仁に、樹や惟吹とは違うチャラさを感じる湊であった。

 貞操観念が緩く、女たらしと噂なだけある。湊はそう思っていたが、樹の紹介でそれが覆る。


「お前さ、男と女の扱い違いすぎんだろ」

「余計なコト言わんでください〜」

「どういうこと?」


 湊は、思わず聞き返してしまった。仁は『恥ずかしから聞かないで』とおどける。が、湊を困らせた仕返しも兼ねて、樹はさらっと暴露した。


「コイツ、女怖いんだよ。めっちゃ怖い姉ちゃん達と腹黒な妹の所為で」

「そうなの? 意外だね··。あっ、失礼だよね。ごめんなさい····」

「へい樹、この素直で可愛い子の名前プリーズ」

「ノー」

「プリーズ!」

「ノー!」 


 仁と樹の、コンマ数秒のやり取りに置いていかれる湊。

 湊の名前を教えるか否かで揉める2人は、目立って仕方がない。どうしたものかと湊が固まっていると、仁が次の行動に出た。


「もういい。本人に聞けばいーんじゃん」

「んぇ··? わっ····」


 仁は、しれっと湊の肩に手を回し、キョトンとする湊の顎をクイッと持ち上げた。


「名前、教えて?」


 突然のイケメンぶりに、湊は心臓をバクバクさせながら答える。


「に、西条湊です」

「湊くんか、可愛いね。はい、じゃぁ俺らもうお友達、ね?」


 顎クイをしたまま、ニコッと微笑む仁。湊の鼓動がさらに速まる。

 怒りに震える樹は、後ろから仁の髪を鷲掴んだ。


「いでででででっ!! なんで!?」

「なんでじゃねぇよ。距離感バグってるつってんだろ。湊から離れろ」


 物凄い圧をかけ、仁を牽制する樹。仁は何かを察し、悪い笑顔を浮かべて湊の肩を抱いた。


「湊くん、樹コワイ。助けてー」

「テメ····。くっそ、これだからお前にだけは会わせたくなかったのに」


 樹には、こうなる事が容易に想像できていた。何故なら、仁は可愛い男の子がめっぽう好きだからだ。まさか、顔を見る前から気に入るとは思っていなかったが。

 遅かれ早かれ、仁が愛らしい湊を気に入る事など火を見るより明らかだった。だから、会わせたくなかったのだ。こうして、月宮三王子の妙なトライアングルが完成した。



 樹が湊に対してただならぬ感情を抱いていると察した仁は、意図して湊との距離を詰めてゆく。


「湊から離れろ」

「なんで? 俺も湊くんと仲良くなりたーい」


 そう言って、湊の肩を抱く手に力を込める仁。一貫して樹を煽る。

 理由は分からないが、樹が怒っていると察した湊は、肩を抱く仁の手をそっと剥がした。


「ありゃ、湊くんてば照屋さん? 俺に抱かれんの、嫌だった?」


 妖艶な表情を浮かべ意味深な聞き方をする仁に、湊は戸惑いながらも『嫌って言うか、困ります』と返した。人の話を聞かない仁は、湊が言い終えるが早いか、被せ気味に言葉を投げてくる。


「ところでさ、2人は何してんの? デート?」

「デ····、なんで僕と樹でデートなんですか? 普通に遊んでるだけですけど」

「ぶふっ、脈無し~」


 仁は悪戯に笑い、口パクに近い小声で樹を揶揄う。わなわなと怒りを露わにする樹。

 樹は、湊の腕を引っ張り立たせる。そして、そのまま湊の手を引いて店を出た。


 店を出て数歩、樹と湊の間に仁が割って入る。


「俺も一緒にあーそぼ」

「ふざけんな、帰れよ」


 また揉め始める樹と仁。争い事が苦手な湊は、2人の激しいやり取りにたじろいでしまう。


「あの、僕は風松くんが一緒でもいいから、ね、揉めないで?」

「あ、ごめん湊。ビックリしたよな」

「いぇーい。湊くんからオッケーもらっちった~」


 ダブルピースをして、ワザとらしく樹を煽り続ける仁。単純に面白がっているのか、それとも別の意図があるのか、どちらにせよ樹の苛立ちがおさまることはなかった。


「てかてか、湊くんはなんで俺の名前知ってんの? 俺そんな有名人?」

「有名人だろ。俺ら三王子とか言われてんじゃん」


 三王子と呼ばれる本人たちは、そう呼ばれている事をそれほど気に留めてはいない。仁に至っては、女子からの評価など心底どうでも良かった。

 それでも、元々接点のなかった3人がそれなりに仲良くなったのは、周囲から王子と呼ばれ始めたのがきっかけだった。顔面偏差値がダントツトップの煉を中心に、実質人気ナンバー1の樹と、持ち前のコミュ力で2人と距離を詰めてきた仁。

 3人揃えば女子が色めき立ち、他の男子は3人と距離を取るようになった。そうして、三王子の地位が確立されていった。

 要は、他に仲良くなれる男友達が居なかったのだ。


「あー、ね。王子とか言われんのマジでウザいよね。女にキャーキャー言われてもだし」

「それは同感。煉は慣れてんのか全く相手する気ないみたいだし」

「女子が空気扱い過ぎて最初マジ笑った」

「それな」

「てかさ、風松くんとかよそよそしすぎて寂しーんだけど。湊くんも仁って呼んで♡」


 仁と樹で怒涛の会話を繰り広げていると思いきや、突然自分に話を振られ慌てる湊。


「····え、あっ、僕ですか?」

「敬語もやめようね。俺ら、もう友達だかんね」

「友達····」

「そ。俺らオトモダチ」


 湊にとって、学園内でできた初めての友達。歓喜する湊を見て、樹は仁を遠ざけるタイミングを完全に失っていた。



 あれよあれよとゲームセンターに来た3人。仁の提案で、湊が欲しがる景品をどちらが多くゲットできるかという対決が始まった。

 止めても無駄なのだろうと、半ば諦めモードの湊。樹は、負けるわけにはいかないと俄然やる気をみせる。


 2人が別々の台でクレーンゲームを操作している隙に、湊は樹の隣へ。クイッと片袖を引いて樹の耳を引き寄せ、こそっと『勝手に話進めちゃってごめんね』と耳打ちした。

 樹は、熱くなる耳へ意識を向けないよう、懸命にクレーンゲームへ集中する。


「いいけどさ。あんま仲良くなり過ぎない方がいいよ。アイツ、口軽いから」


 秘密がバレないようにと、樹は湊に忠告する。湊はコクンと頷き、アームをすり抜けた可愛げのないマスコットを見て『あーあ』と笑った。

 楽しそうな湊。存分に息抜きができているようで、樹は安心して気を緩める。それも束の間、大きなキャンディー型のクッションを手に、仁が駆けてきた。


「湊くーん、見て見て〜! デッカイの取れた!」

「わぁ! わっ、えっ、これホントに貰っていいの?」

「だってこれ、湊くんの為に取ったんだよ?」

「えへへ、ありがとう」


 受け取ったクッションを抱き締め、ニコッと笑う口元。それを見た仁は、無造作に湊の前髪を分けた。



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