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第14話 束の間の休息


 無事に配信が終わり、予定よりもかなり遅めの帰路につく湊。メンバーと別れ、何事もなく自宅近くまで急ぎ早に帰ってきた。

 そして、近所の公園を通り過ぎようとした時、外灯の下の人影に気づいた湊は歩みを止める。


「お疲れ」


 煉だ。少し、表情が暗い。


「あ··うん。えっと、ごめんね。命令、聞けなくて」

「仕事だからしょうがねぇだろ。そこまで無茶言う気はねぇよ」


 いつになく物静かな煉に、湊は調子が狂ってしまう。途端に、自分のした事への罪悪感が押し寄せてくる。


「なぁ、“命令”していい?」

「命令していいかって聞くの、なんか変だね」

「うるせぇ」

「なに? もう遅いから出掛けるのはできないけど····」

「すぐ終わる」


 そう言って、ツカツカと湊に歩み寄り、手を引いて公園内に連れ込んだ。公園内には誰もおらず、2人きり。

 煉はベンチに座り、湊を前に立たせた。


「ねぇ、何するの?」

「······アレやれ」


 俯いたまま、煉はぶっきらぼうにいう。


「アレ····?」

「“撃って”」

「····っ!? さっきの配信で見てたんでしょ····」


 顔を真っ赤にして言う湊。煉は引いてきた手を握ったまま。湊は振りほどけず、反対の腕で口元を覆い隠した。


「早く帰りてぇんだろ。さっさやれ」

「こ、ここで?」

「どっか行くか?」


 煉は、湊を見上げて問い掛ける。その潤んだ瞳に、湊は頷きそうな自分を律した。


「い、行けない··から、ここでやる」


 湊は、刹那から教えてもらった通りに手を作り、アイドルモードに入る。黙って自分を見上げてくる煉と見つめ合い、煉の胸に人差し指を当てて『ばーん♡』と言った。

 直後、2人して照れて勢いよく顔を逸らす。


「こここっ、こんな感じでいいですか!?」

「きょ、今日はこんくらいにしといてやる」

「····今日は?」

「これからは俺が望んだ時に、俺だけに向けてファンサしろ。命令な」


 顔を赤らめたまま、視線も合わさずに言う暴君。おもむろに立ち上がり、黙ったまま湊の手を引いて家の前まで送る。



「あの····」


 自宅前で立ち止まったまま動かない煉に、湊は堪らず声を掛けた。


「ん。気ぃつけて帰れよ」

「気をつけてって、もう家なんだけど」

「こないだそこの段差で躓いてただろ」

「み、見てたの?」

な」


 どこかボーッとしていて、心ここに在らずな煉。湊の方をまっすぐ見ることはなく、覇気もなく『じゃぁな』と言って帰っていった。




 配信で煉から逃げたあの日から数日。煉からの連絡は途絶えていた。

 平穏でありつつも、どこか調子の狂う日々。湊は、樹に煉の様子を聞いてみることにした。


「そっか、メンバーも協力してくれてんだ。良かったね」

「うん」


 湊は、あの日の事を樹に話し、煉の動向について探りを入れる。


「煉ねぇ····。そういやなんか元気ない感じだったけど、暴君っぷりはいつも通りだよ」


(まぁ、なんか体調も悪そうだったけど、湊には関係ないか。余計なコト言わなどこ〜)


 湊が煉に連絡をするかもしれないと案じた樹は、あえて煉の体調の事は伏せておく事にした。


「そっか」

「で、なんで湊も元気ないの?」

「んぇ? 僕、元気ない?」

「ない」


 湊は、樹からの思いがけない指摘に驚く。煉が気掛かりではあったけれど、そう言われてしまうほどとは思ってもみなかった。

 そんな湊を見て、樹は気分転換に遊びに行こうと言い出す。目立つから嫌だと湊が断ったところで、自分が地味に変装すればいいと言って聞かない樹。

 言い出したら聞かない樹をよく知っている湊は、また早々に諦めて誘いを承諾した。


 放課後、湊監修のもと、樹が地味な様相に様変わりする。いつもはフワッとセットしているツーブロだが、ワックスを落とし目が隠れるほど下ろしてしまう。

 眼鏡は、外してもイケメン度が増すだけなので保留にし、最も目立つ顔面は白マスクで誤魔化した。


「ねぇ、眼鏡曇るんだけど」

「目が見えなくなるから丁度いいんじゃない?」

「それ、周りからのハナシだよね。俺も見えねぇの」

「····だよね。じゃ、眼鏡外していいよ」


 眼鏡を外し、鬱陶しそうに髪を掻き上げる樹。


「もう、無駄にかっこいいんだから前髪上げちゃダメでしょ」

「無駄って言わないでぇ? 俺がカッコイイのは湊の為なんだから」


 樹は、向かい合った湊の肩に腕を乗せ、後ろで手を組み湊に迫る。女子なら卒倒するようなシチュエーション。

 けれど、湊は慣れた様子で受け流す。


「はいはい、それはどーもね。ホントさ、僕にばっか構ってないで彼女作ればいいのに」

「またそれかよ。俺は湊のお世話してる方が楽しいんですぅ」

「僕のお世話は要らないって言ってるでしょ」

「····迷惑?」


 急に声のトーンを落とし、真面目な顔を見せる樹。樹の顔の良さや言動に慣れた湊ですら、不意にときめく事がある。


(男の僕でもトキメいちゃうくらい無駄にカッコイイんだから。ホント勿体ないなぁ)


 なんて心情を悟られないように、こういう瞬間も湊は平静を装ってきた。今回も然り。


「そうじゃなくて。僕もう高校生だよ? 子供扱いしないでよね!」


 樹の心など知らぬ湊は、ツンと子供らしい態度をとって見せる。悔しそうに、それでいて胸を撫で下ろす樹。


「子供扱いとかじゃないんだけどなぁ〜」

「もういいから、そろそろ離れて。地味な服探すからクローゼット開けるよ」

「へいへーい」


 湊は、樹のクローゼットを漁り地味な服を探す。が、1枚も見当たらない。


「なんっでこんな派手な服しかないの!?  ねぇ、もしかして樹ってチンピラ志望なの?」


 豹柄のシャツに和柄のジャケット、絵の具を零したような色とりどりのTシャツをベッドへ放り投げ、湊は怒りを爆発させた。


「だーってぇ、煉が撮影で着て俺に似合いそうなのあったらくれるんだもん。あの御曹司、見た目も中身も派手だからしょうがないじゃん」


 煉の仕業と知り、なんとなく納得した湊。それならばと、樹が自分で買った服を提出させる。


「変わんないじゃん····」


 並べて見るが、煉に貰った服と大差ない派手さに、湊は肩を落として呆れる。煉は単純に、樹の趣味だと思って服を寄越していたのだ。

 不意に触れた煉の優しさに、湊は心が少し解れたような気がした。そして、服はできるだけ単色のものを選び街に出る。

 今日はレッスンもなく、惟吹の部活も休みだったので、惟吹に伺いを立てると快諾してくれた。樹と一緒というのは不満そうだったが、湊の息抜きの為ならばと飲み込んだ。


 街に繰り出した湊は、久々の休日を満喫しようと、息を巻いてカフェに入る。

 窓際のカウンター席に座り、湊は律儀に『いただきます』と手を合わせた。


「この期間限定のやつ、飲みたかったんだ〜」


 美味しそうにラテを啜る湊。樹は、テーブルに肘をついてそれを眺める。


「言ったら俺がいくらでも買ってきてあげんのに」

「そんなの悪いよ。それにこれ、1杯700円だよ? 高すぎない?」

「それを一気飲みするんだ。感覚分かんねぇよ」


 樹は、空になった湊のカップを指で押して傾け、薄っすら笑って言う。その優しい表情に、湊はまた心臓をキュッとさせられる。


「だ、だって····、美味しかったんだもん」


 垂れた耳を想像させるくらいしょぼんとする湊へ、自分のラテを差し出す樹。


「これ、俺には甘すぎるわ。あと飲んで」

「えっ、いいの?」

「いいも何も、飲んでって頼んでんの俺なんだけど」


 樹はふっと笑い、カップを持って湊にストローを咥えさせる。


「んぅ··」


 強引に飲まされながら、湊はカップを受け取る。そこへ、フラフラと歩いてきた高校生が、湊の背中に軽くぶつかった。

 その拍子に入れ違い、噎せる湊。


「おい、どこ見て歩いてんだよ」


 樹はガタッと立ち上がり、ぶつかってきた高校生の肩を掴んで振り向かせる。


「うぉっ、すんません! 自分よそ見してて。大丈夫ですか!?」

「··って、じんじゃん」


 チンピラの如く絡んでいた樹だが、ふと我に返る。よく見ると、友人であることに気づいたのだ。


「え、誰?」


 いつもと風貌の違う樹に戸惑う仁。樹が前髪を上げると、ようやく樹である事に気づいた。


「樹かよ。何そのカッコ、マジで誰か分かんねぇって」


 残る月宮三王子が1人、風松かざまつ 仁。サッカー部期待の新人と言われ、1年生ながらレギュラー入りしている体育会系イケメンだ。

 セミロングの淡い茶髪をハーフアップで結んでいて、インナカラーのオレンジが目立っている。背は樹や煉よりも高く、180cm。見下ろされるだけで圧がかかる。

 首から上だけでも派手で目立つ容姿の仁。さらに、制服の中に校則違反のパーカーを着ている。湊は、絶対に関わってはいけない人だと認識していた。

 そんな仁と、ひょんな事から接点を持ってしまったこの瞬間を、湊は何よりも悔やんだ。



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