無事に配信が終わり、予定よりもかなり遅めの帰路につく湊。メンバーと別れ、何事もなく自宅近くまで急ぎ早に帰ってきた。
そして、近所の公園を通り過ぎようとした時、外灯の下の人影に気づいた湊は歩みを止める。
「お疲れ」
煉だ。少し、表情が暗い。
「あ··うん。えっと、ごめんね。命令、聞けなくて」
「仕事だからしょうがねぇだろ。そこまで無茶言う気はねぇよ」
いつになく物静かな煉に、湊は調子が狂ってしまう。途端に、自分のした事への罪悪感が押し寄せてくる。
「なぁ、“命令”していい?」
「命令していいかって聞くの、なんか変だね」
「うるせぇ」
「なに? もう遅いから出掛けるのはできないけど····」
「すぐ終わる」
そう言って、ツカツカと湊に歩み寄り、手を引いて公園内に連れ込んだ。公園内には誰もおらず、2人きり。
煉はベンチに座り、湊を前に立たせた。
「ねぇ、何するの?」
「······アレやれ」
俯いたまま、煉はぶっきらぼうにいう。
「アレ····?」
「“撃って”」
「····っ!? さっきの配信で見てたんでしょ····」
顔を真っ赤にして言う湊。煉は引いてきた手を握ったまま。湊は振りほどけず、反対の腕で口元を覆い隠した。
「早く帰りてぇんだろ。さっさやれ」
「こ、ここで?」
「どっか行くか?」
煉は、湊を見上げて問い掛ける。その潤んだ瞳に、湊は頷きそうな自分を律した。
「い、行けない··から、ここでやる」
湊は、刹那から教えてもらった通りに手を作り、アイドルモードに入る。黙って自分を見上げてくる煉と見つめ合い、煉の胸に人差し指を当てて『ばーん♡』と言った。
直後、2人して照れて勢いよく顔を逸らす。
「こここっ、こんな感じでいいですか!?」
「きょ、今日はこんくらいにしといてやる」
「····今日は?」
「これからは俺が望んだ時に、俺だけに向けてファンサしろ。命令な」
顔を赤らめたまま、視線も合わさずに言う暴君。おもむろに立ち上がり、黙ったまま湊の手を引いて家の前まで送る。
「あの····」
自宅前で立ち止まったまま動かない煉に、湊は堪らず声を掛けた。
「ん。気ぃつけて帰れよ」
「気をつけてって、もう家なんだけど」
「こないだそこの段差で躓いてただろ」
「み、見てたの?」
「
どこかボーッとしていて、心ここに在らずな煉。湊の方をまっすぐ見ることはなく、覇気もなく『じゃぁな』と言って帰っていった。
配信で煉から逃げたあの日から数日。煉からの連絡は途絶えていた。
平穏でありつつも、どこか調子の狂う日々。湊は、樹に煉の様子を聞いてみることにした。
「そっか、メンバーも協力してくれてんだ。良かったね」
「うん」
湊は、あの日の事を樹に話し、煉の動向について探りを入れる。
「煉ねぇ····。そういやなんか元気ない感じだったけど、暴君っぷりはいつも通りだよ」
(まぁ、なんか体調も悪そうだったけど、湊には関係ないか。余計なコト言わなどこ〜)
湊が煉に連絡をするかもしれないと案じた樹は、あえて煉の体調の事は伏せておく事にした。
「そっか」
「で、なんで湊も元気ないの?」
「んぇ? 僕、元気ない?」
「ない」
湊は、樹からの思いがけない指摘に驚く。煉が気掛かりではあったけれど、そう言われてしまうほどとは思ってもみなかった。
そんな湊を見て、樹は気分転換に遊びに行こうと言い出す。目立つから嫌だと湊が断ったところで、自分が地味に変装すればいいと言って聞かない樹。
言い出したら聞かない樹をよく知っている湊は、また早々に諦めて誘いを承諾した。
放課後、湊監修のもと、樹が地味な様相に様変わりする。いつもはフワッとセットしているツーブロだが、ワックスを落とし目が隠れるほど下ろしてしまう。
眼鏡は、外してもイケメン度が増すだけなので保留にし、最も目立つ顔面は白マスクで誤魔化した。
「ねぇ、眼鏡曇るんだけど」
「目が見えなくなるから丁度いいんじゃない?」
「それ、周りからのハナシだよね。俺も見えねぇの」
「····だよね。じゃ、眼鏡外していいよ」
眼鏡を外し、鬱陶しそうに髪を掻き上げる樹。
「もう、無駄にかっこいいんだから前髪上げちゃダメでしょ」
「無駄って言わないでぇ? 俺がカッコイイのは湊の為なんだから」
樹は、向かい合った湊の肩に腕を乗せ、後ろで手を組み湊に迫る。女子なら卒倒するようなシチュエーション。
けれど、湊は慣れた様子で受け流す。
「はいはい、それはどーもね。ホントさ、僕にばっか構ってないで彼女作ればいいのに」
「またそれかよ。俺は湊のお世話してる方が楽しいんですぅ」
「僕のお世話は要らないって言ってるでしょ」
「····迷惑?」
急に声のトーンを落とし、真面目な顔を見せる樹。樹の顔の良さや言動に慣れた湊ですら、不意にときめく事がある。
(男の僕でもトキメいちゃうくらい無駄にカッコイイんだから。ホント勿体ないなぁ)
なんて心情を悟られないように、こういう瞬間も湊は平静を装ってきた。今回も然り。
「そうじゃなくて。僕もう高校生だよ? 子供扱いしないでよね!」
樹の心など知らぬ湊は、ツンと子供らしい態度をとって見せる。悔しそうに、それでいて胸を撫で下ろす樹。
「子供扱いとかじゃないんだけどなぁ〜」
「もういいから、そろそろ離れて。地味な服探すからクローゼット開けるよ」
「へいへーい」
湊は、樹のクローゼットを漁り地味な服を探す。が、1枚も見当たらない。
「なんっでこんな派手な服しかないの!? ねぇ、もしかして樹ってチンピラ志望なの?」
豹柄のシャツに和柄のジャケット、絵の具を零したような色とりどりのTシャツをベッドへ放り投げ、湊は怒りを爆発させた。
「だーってぇ、煉が撮影で着て俺に似合いそうなのあったらくれるんだもん。あの御曹司、見た目も中身も派手だからしょうがないじゃん」
煉の仕業と知り、なんとなく納得した湊。それならばと、樹が自分で買った服を提出させる。
「変わんないじゃん····」
並べて見るが、煉に貰った服と大差ない派手さに、湊は肩を落として呆れる。煉は単純に、樹の趣味だと思って服を寄越していたのだ。
不意に触れた煉の優しさに、湊は心が少し解れたような気がした。そして、服はできるだけ単色のものを選び街に出る。
今日はレッスンもなく、惟吹の部活も休みだったので、惟吹に伺いを立てると快諾してくれた。樹と一緒というのは不満そうだったが、湊の息抜きの為ならばと飲み込んだ。
街に繰り出した湊は、久々の休日を満喫しようと、息を巻いてカフェに入る。
窓際のカウンター席に座り、湊は律儀に『いただきます』と手を合わせた。
「この期間限定のやつ、飲みたかったんだ〜」
美味しそうにラテを啜る湊。樹は、テーブルに肘をついてそれを眺める。
「言ったら俺がいくらでも買ってきてあげんのに」
「そんなの悪いよ。それにこれ、1杯700円だよ? 高すぎない?」
「それを一気飲みするんだ。感覚分かんねぇよ」
樹は、空になった湊のカップを指で押して傾け、薄っすら笑って言う。その優しい表情に、湊はまた心臓をキュッとさせられる。
「だ、だって····、美味しかったんだもん」
垂れた耳を想像させるくらいしょぼんとする湊へ、自分のラテを差し出す樹。
「これ、俺には甘すぎるわ。あと飲んで」
「えっ、いいの?」
「いいも何も、飲んでって頼んでんの俺なんだけど」
樹はふっと笑い、カップを持って湊にストローを咥えさせる。
「んぅ··」
強引に飲まされながら、湊はカップを受け取る。そこへ、フラフラと歩いてきた高校生が、湊の背中に軽くぶつかった。
その拍子に入れ違い、噎せる湊。
「おい、どこ見て歩いてんだよ」
樹はガタッと立ち上がり、ぶつかってきた高校生の肩を掴んで振り向かせる。
「うぉっ、すんません! 自分よそ見してて。大丈夫ですか!?」
「··って、
チンピラの如く絡んでいた樹だが、ふと我に返る。よく見ると、友人であることに気づいたのだ。
「え、誰?」
いつもと風貌の違う樹に戸惑う仁。樹が前髪を上げると、ようやく樹である事に気づいた。
「樹かよ。何そのカッコ、マジで誰か分かんねぇって」
残る月宮三王子が1人、
セミロングの淡い茶髪をハーフアップで結んでいて、インナカラーのオレンジが目立っている。背は樹や煉よりも高く、180cm。見下ろされるだけで圧がかかる。
首から上だけでも派手で目立つ容姿の仁。さらに、制服の中に校則違反のパーカーを着ている。湊は、絶対に関わってはいけない人だと認識していた。
そんな仁と、ひょんな事から接点を持ってしまったこの瞬間を、湊は何よりも悔やんだ。