レッスンの最中にも関わらず、湊はいつになくぼんやりとしている。全く身の入っていない湊を見兼ね、綾斗が練習を止めた。
「どうしたの? 湊、今日は集中力ないね。疲れてる?」
続けざまに振り付けを間違えた湊に、綾斗が声を掛けた。
「ご、ごめんなさい。ぼーっとしちゃって····」
「もうすぐ本番だから集中してほしいところだけど····。どうやら難しそうだね」
綾斗の言葉に落ち込む湊。上手く切り替えられない自分を、情けなく思っていた。
「湊が珍しいね。大丈夫?」
尚弥は湊に寄り添い、心配そうに背中へ手を添える。湊は笑顔を作り、気丈に『大丈夫だよ』と答えた。
「今日はここまでにしようか。無理して怪我でもしたら大変だからね」
「大丈夫だよ! ちゃんと集中するから──イテッ」
秋紘からデコピンをくらう湊。片手で額を押さえ、眼前に立ちはだかる秋紘を見上げる。
「休むのは悪いことじゃないでしょーが。オレなんて毎日休みたいよ?」
「湊をアキくんと一緒にしないで。湊はアキくんと違って、真面目で頑張り屋さんなんだよ」
尚弥が、湊の両肩を背後から持ち、覗き込むように秋紘へガンを飛ばす。
「その頑張り屋さんが頑張りすぎてるんだよ。オレみたいに上手に休む事も教えてあげなくちゃでしょ」
「アキくんが教えたら、湊がニートになっちゃう」
「あのねぇ、オレ流石にニートじゃないから。見て? 汗だくで練習してんの分かんない?」
尚弥は視線を逸らし、ツンとして『見えないから分かんない』と返した。そんな尚弥を、秋紘は『可愛くねぇ』と言って喧嘩が始まる。
と言っても、喚く秋紘を尚弥が無視し続けて終わるのだが。毎度の光景である。
騒々しさから逃れた湊は、ガラス張りの壁へ背中を預けて座り、首に掛けていたタオルで汗を拭う。そして、スポーツドリンクで喉を潤し、大きな溜め息を漏らした。
そこへ、綾斗が来て隣に座る。
「何か悩み事? 最近、なんだかずっと上の空みたいだけど」
「悩み事··っていうか、えっと····」
煉にバレてしまった事を打ち明けるべきか、湊は瞬時に考えを巡らせる。けれど、答えは出なかった。
「無理には聞かないけどね、俺も尚弥も、アキだって湊の味方だよ。それだけは忘れないでね」
「綾斗くん····」
「メンバー以前に、俺は皆のこと友達だと思ってるから。困ってるなら助けたいんだ」
「うん、ありがとう。話せるようになったら、皆にも聞いてほしいな」
「任せて! いつでも聞くよ」
湊は、綾斗の心強い言葉に励まされた。
それから、レッスンを切り上げたメンバーは、気晴らしに夕飯を食べに行くことにした。
「ねー、何食べる?」
秋紘が、鏡の前で前髪をセットしながら問い掛ける。
「ボクはなんでもいいよ。湊は何食べたい?」
「んー····、あ」
湊が、テーブルの上で光ったスマホの画面を見て、小さく声を漏らした。
「どうかした?」
「えっと、その····ごめん。急用が入っちゃって、ご飯一緒に行けなくなっちゃった」
スマホを胸に抱き締め、落ち込んだ顔で言う湊。それを見た秋紘が、ひょいとスマホを取り上げた。
「あっ! ダメ! 見ないで!」
「うーわ、何これ」
綾斗と尚弥が、秋紘を挟んで集まりスマホを覗き込む。
「湊、悩み事ってこれだよね。これは見過ごせないな」
「ねぇ、コイツ誰? これって断れないの?」
綾斗と尚弥は、怒りを露わに言葉を投げる。湊は、観念して事情を説明した。
湊から状況を一通り聞かされたメンバーは、シュンと落ち込んだ湊を心配そうに見つめる。
「そんな事になってたなんて····」
綾斗は、腕を組み悩ましげに言った。
「湊、気づいてあげられなくてごめんね。1人で抱えてしんどかったよね」
「ナオくん、ありがとう。僕こそ、黙っててごめんね」
「ほんとそれ。なーんですぐ相談してくれないかなぁ〜」
湊の頭をくしゃくしゃっと撫でる秋紘。そんな秋紘へ、綾斗と尚弥が集中砲火を浴びせる。
「湊はアキと違って繊細なんだよ。普通はね、何でもかんでも軽々しく口にできないものなんだ。アキと違って」
「そうだよ。湊はアキくんと違って優しいから、ボクたちに迷惑がかかると思って言えなかったんでしょ。アキくんと違って」
「ちょ、なんでオレこんな責められてんの? 湊、助けてぇ〜」
「日頃の行いでしょ。湊、アキくんの言う事なんか聞かなくていいからね」
3人の賑やかしさを見て、久々に心から笑う湊。ほんの束の間の癒しである。
「それより、その煉って人からの“命令”さ。躱し方考えないとね」
「躱し方····?」
「ほらアキ、そういうのは得意でしょ。早く考えて」
「え〜、しょーがないなぁぁぁ〜。湊の為にひと肌脱ごっかな〜」
「恩着せがましい言い方してないで早く考えてよ。それに、普段アキくんが掛けてる迷惑に比べれば全然たいした事ないでしょ」
「ホント··ナオったら辛辣ぅ····」
湊は、考えもしなかった発想に驚いた。それに、迷惑を迷惑とも思わない皆に、心底感謝した。
全員でスマホを囲み、煉への対策を練る。返事はまだかと連投してくる煉。時間はさほどない。
頭をひねり断る文言を探っていると、秋紘がハッと思いついた。それは、いかにも秋紘らしく、湊には到底思いつかないような内容だった。と言うよりも、秋紘にしかできない提案だった。
「ゲリラ配信やろっか」
秋紘こと、刹那の配信チャンネルに湊を出演させてしまおうと言うのだ。秋紘曰く、急用には急用で対抗すればいいとの事。
他に案はなく、今日は急場しのぎで秋紘の案に乗る事にした。
湊だけだと不信感を抱かれては困るので、メンバー全員で出演する事になった。綾斗と尚弥は、普段の配信には出たがらないが湊には協力的だ。2人とも、二つ返事で出演を快諾した。
こうして、湊は煉へ断りのメッセージ送る。理由が配信だと知った煉は、渋々諦め配信を楽しみにしているという旨の返事を寄越した。
あくまで、蒼としての活動が最優先なのだ。煉は、特権を得たつもりなだけで、蒼へも湊へも悪害を加えたいわけではなかった。
それを薄々感じ取っている湊は、ほんの少しだけ罪悪感を抱くのだった。