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第11話 知らぬところで起きている事


 カルボナーラを2皿平らげ、満腹で眠気に襲われる湊。煉の車で、夢見心地の中家まで送ってもらう。


「ったく、寝るとかマジかよ····」


 煉は、湊の前髪をそっと掻き上げた。自分の隣で眠る蒼に、煉の鼓動は速まってゆく。

 自分自身の反応に驚き、慌てて手を離す煉。何に対してか分からない舌打ちを数回、苛立ちは拳に握り隠された。



 湊を自宅まで送り届けるわけにいかない煉は、近所の公園へ樹を呼び出す。


「コイツ、飯食ったら寝たから連れて帰って」

「えぇー··どういう状況? つぅか飯って。お前ら、いつの間にそんな仲良くなったんだよ」

「別に仲良くなってねぇよ。コイツの秘密握ったから、ちょっと揶揄って遊んでるだけ」

「あっそ。マジで遊んでるだけならいいけど。あんま湊困らせんなよ」

「お前の“宝物”だから?」

「気づいてたのかよ。分かってんなら手ぇ出すな」


 バチバチと火花飛び散る視線のやり取り。そんな状況でも、ぐっすりと眠っている湊は、一触即発の2人には気づかない。


「親友の頼みでも聞けるか分かんねぇ。コイツん中にあるが気になってしょーがねぇんだよ」


 視線を湊へ落として言う煉。その表情は、樹も見た事のないほど穏やかなものだった。


「お前、それって····」

「ま、俺が興味あんのも好きなのも“蒼”だから。樹の宝物にどうこうするつもりはねぇよ」


(今のところは、な)


 含みを込めた言葉に、樹は眉を顰める。けれど、煉はお構い無しにマイペースを貫く。


「んじゃ、俺帰るからソイツよろしく」

「あっ、おい! よろしくって──」


 煉は湊を樹に引き渡し、バタンとドアを閉めてしまった。そして、間髪を容れず発進する。


「くっそ! 勝手な事ばっか言いやがって。ンっと、どんだけ自己中なんだよ」


 結局、何の説明も得られなかった樹は、苛立ちを暴言に変えながら湊を家まで運ぶ。

 湊をお姫様抱っこで家まで十数メートル、軽々と抱える樹。湊は、ゆりかごにでも揺られているような心地良さで夢の中にいる。

 家に着き、樹は肘でインターホンを鳴らす。


 扉を開いたのは惟吹だった。湊を抱える樹を見るなり、鬼の形相で睨む。


「お前、何してんの? 兄貴に何シたの?」

「なーんも。マジで何もしてねぇよ」


 苛つきを隠さない樹に、いつもと違う様子を感じ取る惟吹。兄が誰とどこでどうしてこうなって帰ったのか、起きたら問い詰めようと考えていた。


「とにかく、湊にぃは俺がもらうから」

「って惟吹じゃ抱えらんないでしょーが。俺がベッドまで運ぶからいいよ」

「はぁ!? 俺だってお姫様抱っこできるし!」

「いや無理でしょ。つぅか、騒ぐと双子起きるよ」

「ハッ····」


 ハッと漏らし口を手で覆う惟吹。渋々、樹に兄を任せて部屋へ通す。


「相変わらず殺風景な部屋だな」


 湊をベッドに寝かせ、部屋をグルっと見回して言う樹。湊は物欲がないのだという惟吹に対し、樹は『そうなのかねぇ』と意味深に返す。

 樹の返事に不満気な惟吹は、湊を運んでくれた事に礼を言い捨て、さっさと樹を追い返そうとする。


「なぁ惟吹。湊のこと、ちゃんと見とけよ」

「なんだよ急に」

「いやほら····、湊は放っといたらすぐ無理すんだろ?」

「そんなん言われなくてもだよ! いいからさっさと帰ってよ。樹は存在が煩いんだから」

「存在が煩いってなんだよ。顔? 顔が良いから? なに、顔面偏差値負けてて悔しいの?」

「うーっるせぇな! 皆起きんだろ。さっさと帰れ! つぅか負けてねぇから!」


 惟吹は声を潜めて叫ぶ。樹は『はいはい』と言って、後ろ手に手を振り帰っていった。


 ベッドの横に座り、湊の寝顔を眺める惟吹。湊の前髪を、そっと指で攫う。


「湊にぃ、今日は誰と会ってたんだよ。嘘下手なくせに、最近嘘ばっかくんだもんな。俺って、そんな頼んないかな····」


 惟吹は、悲しげな表情をしたまま、静かに部屋を出ていった。




 とても心地の良い眠りから覚めた湊。アラームが鳴るよりも、30分早く起きた。

 夕べの事を思い返すが、車に乗り込んだ後の記憶がない。どうやってベッドに入ったのだろう。


 とりあえず、シャワーを浴びながら思い出してみる。けれど、何ひとつ思い出せない。

 記憶を捻り出そうと、うーんうーんと唸りながらキッチンに立つ。難しい顔で夕飯のビーフシチューを作っていると、惟吹が起きてきた。ムスッとしている惟吹に、挨拶をして昨日の事について尋ねてみる。


 樹に抱えられて帰ったのだと聞き、胸を撫で下ろす湊。それを見て、惟吹は不機嫌そうに言葉を投げつける。


「湊にぃ昨日さ、樹と居たんじゃないんでしょ。言いたくないなら聞かないけどさ。····ねぇ、大丈夫なの?」


 問い詰めるつもりでいた惟吹だったが、湊の顔を見ると決意が揺らいでしまった。唸るほど思い悩んでいる様子の湊へ、詰問する気になどなれなかったのだ。


「ん? えっと、大丈夫だよ。惟吹が心配するような事は何も無いから」


(俺が心配するような事って、どうせ分かってないくせに····)


 心配を募らせる惟吹。そんな事とは露ほども思わない湊は、安心感からご機嫌に鍋をかき混ぜている。

 惟吹は、そんな湊を見守ることしかできず、もどかしく思うばかりだった。




 それから数日、湊は息苦しい生活を強いられていた。


 学校では、煉に呼び出される度“命令”と称してつまらない事を頼まれる。大抵、メンバーしか知らないサルバテラの練習風景の話や、公式では発表していない蒼の情報提供、時々ファンサを迫られるといったものだ。

 勿論、2人きりの時は前髪を上げ、蒼として振る舞えという“命令”に従っている。湊にはそれが窮屈で、決して楽しいものではなかった。


 湊の心の内など知らない煉。煉はいずれも、ファンとして楽しんでいるようだった。普段は見ない嬉々とした表情で自分の話を聞く煉に、湊も悪い気はしていなかった。

 けれど、どこまで話していいものなのか、それだけが気がかりな湊。絶対に口外しないという煉を信用するしかなかった。 

 かと思えば、時々、ジュースを買ってこいだの課題を見せろだのと、煉の気分で子供じみた事も頼まれる。けれど、蒼絡みではない用件のほうが、湊としては心が軽かった。


 そして、家では惟吹が、湊の言動をいつも以上に注視している。何処へ行くにも、誰と連絡を取るにも口煩く聞かれ、湊は少しウンザリしていた。

 けれど、惟吹をそうさせているのは、他でもなく自分なのだと理解している湊。余計に心配を掛けてしまうと思い、置かれている状況を惟吹に話せないままだった。

 結局、“視線の犯人”は分からず終いだったと嘘をついている。本気で自分を心配してくれている惟吹に、嘘を重ねる心苦しさに苛まれる湊。

 それでも湊は、何事も滞りなくこなしていかなければと、心身共に無理をしていた。



 けれど、そんな事を言い訳にしたくない湊。

 だったのだが、この日はレッスンの最中にも関わらず、湊はいつになくぼんやりとしていた。全く身の入っていない湊を見兼ね、綾斗は練習を止める。



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