煉の命令に逆らえない湊。気怠げな返事をして、スタスタと部屋へ向かう煉について行く。
着いたのは、2人なのにパーティールームの様なだだっ広い部屋。湊は、薄暗い部屋の明かりを最大に上げ、鬱々とした表情でソファに座った。
少しだけライトを落とし、湊の隣にドカッと座る煉。
(なんで暗くしちゃうの? 眩しかったのかな。て言うか、こんなに広いのになんでわざわざ横に座るんだろ。こう見えて寂しがり屋とか····なわけないか)
湊がお人好しな事を考えている隙に、煉はさっさと選曲してしまう。スピーカーから流れてきたのは、サルバテラのデビュー曲。
「あ····」
気づいた湊は、思わず声を漏らした。そんな湊に、煉はふてぶてしくマイクを渡す。
「え····えぇっ!?」
「歌って踊れ」
「僕が!?」
「他に誰が居んだよ。お前の曲だろ?」
煉の言う事に間違いはない。けれど、
躊躇う湊だが、もう間もなく前奏が終わる。それとなく拒否する湊に、『命令』と言って急かす煉。マイクを湊の胸に押し付け、強引に受け取らせる。
湊は抗えずマイク受け取ると、一段高くなっているステージへ上がった。こうなる事は薄々予感していたが、まさか本当にさせられるとは思っていなかった湊。
けれど、
すっと目を閉じ、歌い出しで完璧に蒼を見せる湊。煉は、眩いステージに目を奪われ、ぽやんと口を開けて見つめていた。
歌い終わった蒼は、湊に戻る。そそくさと席に座り、恥ずかしそうに煉を見上げた。
「こ、これでいい?」
「お前、マジで蒼なんだな」
口元を手で覆い隠しているが、紅潮した頬は隠しきれていない煉。蒼に心酔する煉を、湊は直視できず微妙に視線をズラして話す。
「····満足した?」
「あぁ。学校でのお前見てたら、どっか信じきれなくてさ。でも今、心底確信したわ」
「あ、そ。それはどうも」
湊は不機嫌を極める。自分でも理由は分からない。けれど、煉の表情をあどけなく輝かせたのが、自分ではなく蒼なのだと思うと、心の隅っこがモヤッとザワついた。
煉は調子に乗り、数曲を命令で歌わせる。命令とあらば、湊は完璧に蒼を演じ切った。
1時間ほどで独占ライブを終え、ご満悦な煉と共に店を出る湊。漸く解放されると思った湊だったが、バイクに乗せられやって来たのは高級そうなレストラン。
個室に通され物怖じしている湊を、煉は黙ってスマートにエスコートして席へ着かせる。
品の良さは、流石御曹司と言わざるを得ない完璧なものだ。
「あの、僕そんなにお金持ってきてない····」
「は? 俺が連れて来たんだから俺が出すに決まってんだろ。ナメてんのか」
湊は、カラオケ代も煉に出してもらい、夕飯まで奢ってもらう事に申し訳なさを感じていた。そんな湊になど構わず、煉は勝手にコース料理を注文してしまう。
運ばれてきた豪勢な料理に目を見張る湊。初めて見る料理の数々に、思わず目を輝かせてしまった。
「わぁぁ····。す··っごい····」
「ンな驚く事かよ。ほら、冷めっからさっさと食え」
そう言われ、並ぶカトラリーを眺める湊。どれから使うべきか手が迷う。
「外側から」
煉の一言で手が動いた湊は、目の前でキラキラと輝く白いスープを掬った。口へ運び、しっかりと味わう。
「じゃがいもだ····」
「ヴィシソワーズ。初めて?」
「うん。じゃがいもってこんな風になるんだ····」
口内に広がる初めての味わいに、湊は頬を持って感動した。そして、無駄に発音の良い煉を見て、育ちが良いのだと改めて思い知らされる。
湊は煉の行動を思い返し、自分がエスコートされていた事に気づく。緊張でそれどころではなかった自分が、途端に恥ずかしく思えてきた。
俯いて黙々と食べる湊に、煉は不満そうに声を掛ける。
「美味くねぇ?」
湊はハッとして、慌てて顔を上げる。
「美味しい! こんなに美味しいの初めてでビックリしてた。あと、月宮くんが、僕を··えっと、エスコート··してくれてたの、気づかなくてごめん。ありがとう」
「あ? 普通だろ。ンなしょうもねぇ事気にしてたんかよ」
「しょ、しょうもなくないよ····。僕、緊張して歩くだけで精一杯だったんだから」
「ふはっ、なんだそれ」
ふわっと笑う煉。湊は、初めて見る煉の優しい笑顔にトキメキを覚えた。けれど、湊はそれをトキメキだとは知らない。
心臓が騒ぐ理由に検討もつかない湊。熱くなった顔を伏せ、視線を料理に集中させた。
次々に運ばれてくる料理は、どれも見た事のないお洒落な物ばかり。湊は、食べ物というより芸術作品を見ているような気分だった。
デザートまでぺろっと平らげ、圧巻の食欲を見せた湊。
「
「う··、それは····」
食事をしながら、湊は家庭の事情を洗いざらい吐かされた。家族構成や交友関係まで。
「少食っつぅか、遠慮して食わなかっただけじゃねぇの?」
煉の指摘は図星だった。父親に負担をかけない為、何より湊は、弟達が満腹になればそれでいいと思っていた。
「ンでそんなほっそいんだな。お前、これから覚悟しとけよ」
じとっと見上げるように、デザートから視線を上げる煉。煉の冷ややかな視線に、湊はまた怯える。
「か、覚悟って、なんの覚悟?」
「動いても食わねぇから筋肉つかねぇんだよ。まずしっかり筋肉つけさせてやる」
「····でも、あんまり食べれないよ」
湊は、双子と変わらないくらいの量しか食べない。下手をすれば、光のほうが食べる事もあるくらいだ。
「お前は食えんだよ。家に食うもんがねぇだけだろ。
煉は、ビシッと湊を指さして言った。湊は、煉の目的が分からず戸惑うばかり。とりあえず了承し、その場を収めた。
煉が何をしたいのかイマイチ分からないまま、レストランを出て家まで送ってもらう湊。
家族にバレたくないと言う湊を合流した公園で下ろすと、煉はバイクに跨ったままヘルメットを外した。
「明日は予定あんの?」
「レッスンが····」
「それって何時まで?」
「20時」
「んじゃ、終わったら迎えに行くから飯な」
「え··、えぇ〜····」
「え〜じゃねぇ。好きなモンは?」
「······カルボナーラ」
「それは
嫌味を言う煉に、少し苛立ちを覚える湊。煉が誰を見ているのか、湊はそれが気になって仕方なかった。
「ねぇ、月宮くん」
「煉」
「ん?」
「煉でいい」
「····煉」
湊に呼ばれ、少し頬を赤らめる煉。外灯だけの薄暗い中でも分かるほど照れている。
(自分で言い出したくせに、なに照れてるんだろ)
「なんだよ」
「あのさ、煉が····」
湊は、煉が例のファンなのか、それを確かめたかった。けれど、それを聞いたところで、何が変わるわけでもない。
そう思い直した湊は、聞くのをやめてしまった。
「俺が何?」
「ううん、なんでもない」
「お前──」
「湊」
「あ?」
「僕は湊だよ。お前でも蒼でもない」
湊は、言ってやったと言わんばかりに、煉をじっと見つめた。
「おまっ、前髪上げてる時にガン見してくんな!」
慌てる煉を見て、湊はおかしくなって笑ってしまった。
「何笑ってんだよ」
「だって····煉、僕の顔そんなに好きなの?」
「はぁぁぁ!!? んっなわけねぇだろ! 俺が好きなのは蒼····だーっ、うるせぇ! 帰る!」
煉は、そそくさとヘルメットを被りグローブを嵌めた。煉がエンジンをかけようとした時、湊はハンドルに置かれた煉の手にそっと手を添えた。
「煉が蒼を好きなのは分かってるけど、僕は湊だよ。あんまり、蒼と重ねられると、嫌だな····」
ヘルメットの中で、湊のか細い声が微かに聞こえた。煉は、強く脈打つ心臓に驚き、添えられた湊の手を掴んで湊を引き寄せた。
そして、ヘルメットのシールドを開け、湊の耳元でこう言う。
「俺は
言葉足らずに、自分へ言い聞かせるような台詞を置いて、煉は爆音と共に去っていった。