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第9話 勘違いすんな


 煉の命令に逆らえない湊。気怠げな返事をして、スタスタと部屋へ向かう煉について行く。

 着いたのは、2人なのにパーティールームの様なだだっ広い部屋。湊は、薄暗い部屋の明かりを最大に上げ、鬱々とした表情でソファに座った。


 少しだけライトを落とし、湊の隣にドカッと座る煉。


(なんで暗くしちゃうの? 眩しかったのかな。て言うか、こんなに広いのになんでわざわざ横に座るんだろ。こう見えて寂しがり屋とか····なわけないか)


 湊がお人好しな事を考えている隙に、煉はさっさと選曲してしまう。スピーカーから流れてきたのは、サルバテラのデビュー曲。


「あ····」


 気づいた湊は、思わず声を漏らした。そんな湊に、煉はふてぶてしくマイクを渡す。


「え····えぇっ!?」

「歌って踊れ」

「僕が!?」

「他に誰が居んだよ。お前の曲だろ?」


 煉の言う事に間違いはない。けれど、でいる時にを演じるのは、あまり気が進まない湊。

 躊躇う湊だが、もう間もなく前奏が終わる。それとなく拒否する湊に、『命令』と言って急かす煉。マイクを湊の胸に押し付け、強引に受け取らせる。

 湊は抗えずマイク受け取ると、一段高くなっているステージへ上がった。こうなる事は薄々予感していたが、まさか本当にさせられるとは思っていなかった湊。

 けれど、の為だと割り切り、気持ちを切り替えてになる。


 すっと目を閉じ、歌い出しで完璧に蒼を見せる湊。煉は、眩いステージに目を奪われ、ぽやんと口を開けて見つめていた。

 歌い終わった蒼は、湊に戻る。そそくさと席に座り、恥ずかしそうに煉を見上げた。


「こ、これでいい?」

「お前、マジで蒼なんだな」


 口元を手で覆い隠しているが、紅潮した頬は隠しきれていない煉。蒼に心酔する煉を、湊は直視できず微妙に視線をズラして話す。


「····満足した?」

「あぁ。学校でのお前見てたら、どっか信じきれなくてさ。でも今、心底確信したわ」

「あ、そ。それはどうも」


 湊は不機嫌を極める。自分でも理由は分からない。けれど、煉の表情をあどけなく輝かせたのが、自分ではなく蒼なのだと思うと、心の隅っこがモヤッとザワついた。

 煉は調子に乗り、数曲を命令で歌わせる。命令とあらば、湊は完璧に蒼を演じ切った。



 1時間ほどで独占ライブを終え、ご満悦な煉と共に店を出る湊。漸く解放されると思った湊だったが、バイクに乗せられやって来たのは高級そうなレストラン。

 個室に通され物怖じしている湊を、煉は黙ってスマートにエスコートして席へ着かせる。

 品の良さは、流石御曹司と言わざるを得ない完璧なものだ。


「あの、僕そんなにお金持ってきてない····」

「は? 俺が連れて来たんだから俺が出すに決まってんだろ。ナメてんのか」


 湊は、カラオケ代も煉に出してもらい、夕飯まで奢ってもらう事に申し訳なさを感じていた。そんな湊になど構わず、煉は勝手にコース料理を注文してしまう。


 運ばれてきた豪勢な料理に目を見張る湊。初めて見る料理の数々に、思わず目を輝かせてしまった。


「わぁぁ····。す··っごい····」

「ンな驚く事かよ。ほら、冷めっからさっさと食え」


 そう言われ、並ぶカトラリーを眺める湊。どれから使うべきか手が迷う。


「外側から」


 煉の一言で手が動いた湊は、目の前でキラキラと輝く白いスープを掬った。口へ運び、しっかりと味わう。


「じゃがいもだ····」

「ヴィシソワーズ。初めて?」

「うん。じゃがいもってこんな風になるんだ····」


 口内に広がる初めての味わいに、湊は頬を持って感動した。そして、無駄に発音の良い煉を見て、育ちが良いのだと改めて思い知らされる。


 湊は煉の行動を思い返し、自分がエスコートされていた事に気づく。緊張でそれどころではなかった自分が、途端に恥ずかしく思えてきた。

 俯いて黙々と食べる湊に、煉は不満そうに声を掛ける。


「美味くねぇ?」


 湊はハッとして、慌てて顔を上げる。


「美味しい! こんなに美味しいの初めてでビックリしてた。あと、月宮くんが、僕を··えっと、エスコート··してくれてたの、気づかなくてごめん。ありがとう」

「あ? 普通だろ。ンなしょうもねぇ事気にしてたんかよ」

「しょ、しょうもなくないよ····。僕、緊張して歩くだけで精一杯だったんだから」

「ふはっ、なんだそれ」


 ふわっと笑う煉。湊は、初めて見る煉の優しい笑顔にトキメキを覚えた。けれど、湊はそれをトキメキだとは知らない。

 心臓が騒ぐ理由に検討もつかない湊。熱くなった顔を伏せ、視線を料理に集中させた。


 次々に運ばれてくる料理は、どれも見た事のないお洒落な物ばかり。湊は、食べ物というより芸術作品を見ているような気分だった。


 デザートまでぺろっと平らげ、圧巻の食欲を見せた湊。


は少食つってなかったか?」

「う··、それは····」


 食事をしながら、湊は家庭の事情を洗いざらい吐かされた。家族構成や交友関係まで。


「少食っつぅか、遠慮して食わなかっただけじゃねぇの?」


 煉の指摘は図星だった。父親に負担をかけない為、何より湊は、弟達が満腹になればそれでいいと思っていた。


「ンでそんなほっそいんだな。お前、これから覚悟しとけよ」


 じとっと見上げるように、デザートから視線を上げる煉。煉の冷ややかな視線に、湊はまた怯える。


「か、覚悟って、なんの覚悟?」

「動いても食わねぇから筋肉つかねぇんだよ。まずしっかり筋肉つけさせてやる」

「····でも、あんまり食べれないよ」


 湊は、双子と変わらないくらいの量しか食べない。下手をすれば、光のほうが食べる事もあるくらいだ。


「お前は食えんだよ。家に食うもんがねぇだけだろ。腹ハチ切れるまで食わせっから覚悟しろってコト!」


 煉は、ビシッと湊を指さして言った。湊は、煉の目的が分からず戸惑うばかり。とりあえず了承し、その場を収めた。



 煉が何をしたいのかイマイチ分からないまま、レストランを出て家まで送ってもらう湊。

 家族にバレたくないと言う湊を合流した公園で下ろすと、煉はバイクに跨ったままヘルメットを外した。


「明日は予定あんの?」

「レッスンが····」

「それって何時まで?」

「20時」

「んじゃ、終わったら迎えに行くから飯な」

「え··、えぇ〜····」

「え〜じゃねぇ。好きなモンは?」

「······カルボナーラ」

「それはと一緒なんだな」


 嫌味を言う煉に、少し苛立ちを覚える湊。煉が誰を見ているのか、湊はそれが気になって仕方なかった。


「ねぇ、月宮くん」

「煉」

「ん?」

「煉でいい」

「····煉」


 湊に呼ばれ、少し頬を赤らめる煉。外灯だけの薄暗い中でも分かるほど照れている。


(自分で言い出したくせに、なに照れてるんだろ)


「なんだよ」

「あのさ、煉が····」


 湊は、煉が例のファンなのか、それを確かめたかった。けれど、それを聞いたところで、何が変わるわけでもない。

 そう思い直した湊は、聞くのをやめてしまった。


「俺が何?」

「ううん、なんでもない」

「お前──」

「湊」

「あ?」

「僕は湊だよ。お前でも蒼でもない」


 湊は、言ってやったと言わんばかりに、煉をじっと見つめた。


「おまっ、前髪上げてる時にガン見してくんな!」


 慌てる煉を見て、湊はおかしくなって笑ってしまった。


「何笑ってんだよ」

「だって····煉、僕の顔そんなに好きなの?」

「はぁぁぁ!!? んっなわけねぇだろ! 俺が好きなのは蒼····だーっ、うるせぇ! 帰る!」


 煉は、そそくさとヘルメットを被りグローブを嵌めた。煉がエンジンをかけようとした時、湊はハンドルに置かれた煉の手にそっと手を添えた。


「煉が蒼を好きなのは分かってるけど、僕は湊だよ。あんまり、蒼と重ねられると、嫌だな····」


 ヘルメットの中で、湊のか細い声が微かに聞こえた。煉は、強く脈打つ心臓に驚き、添えられた湊の手を掴んで湊を引き寄せた。

 そして、ヘルメットのシールドを開け、湊の耳元でこう言う。


「俺はのファンなんだよ。勘違いすんな」


 言葉足らずに、自分へ言い聞かせるような台詞を置いて、煉は爆音と共に去っていった。



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