湊は、煉の冷たい言葉にいちいち身を強ばらせてしまう。けれど、込み上げてくる涙を懸命に堪えて話し始めた。
「が、学校での僕が、1番自分じゃない気がします。家では普通に喋るし、
「なるほどな。お前、いっつも1人だけど友達とかいねぇの?」
「いません」
「そうか、身バレしねぇように誰とも関わらねぇようにしてんのか。そんで、目立つ樹とも距離置いてんのな」
「····はい」
煉は黙りこくって、少し考える様子を見せた。湊は、煉の反応を怖々と待つ。
「よし。俺が絶対身バレしねぇように協力してやる。けど、そん代わり条件は絶対守ってもらうからな」
「は、はい!」
この学園で絶対王者的存在の煉が、身バレしないよう協力してくれるなど、湊にとっては願ったり叶ったりな結果だ。これから課される条件など予想もしていない湊にとっては、結果的にラッキーだったように思えた。
「んじゃ敬語やめろ。同い年だろ」
「んぇ····でも」
「でもじゃねぇ、命令」
「は····う、うん」
まさかこれが、どんどんエスカレートしていく条件の序章に過ぎないとは、夢にも思わなかったのだ。
放課後、卵を受け取るために樹の家に寄った湊。玄関を開けるなり、卵の入った袋を差し出し『マジでごめん!』と、勢いよく謝る樹に圧倒されていた。
「ホンット吃驚したんだからね! 今度お詫びしてもらうからもういいよ。だから、袋から手離して」
湊が許すまで。袋から手を離さない覚悟だった樹。早々に許されあっさりと手を離した。
湊は、そんな樹の面倒臭さをよく知っている。だからこその対応だったのだが、それをまた知っている樹の作戦勝ちである。
湊は樹に聞かれ、煉との出来事を報告する。けれど、条件に従うという話は伏せていた。なんだか、樹には言いにくさを感じたのだ。
「煉が何もなしに協力するとは思えないけど····」
樹は、真剣な顔をして考える。煉が何を考えているのか、これから積極的に探っていかなければならないと、樹は若干の焦りを感じていた。
(まぁ、ファンだから蒼の障害になるような事はしない、か)
樹は、湊の頭にポンと手を乗せ、真面目な顔で心配を口にする。
「敵にはならないと思うけど、一応気をつけなね。煉、見たまんまの俺様タイプだから」
「うん、気をつける」
「何かあったら俺に言う事! すぐ助けてあげるから、俺に隠し事とかはするなよ?」
「え、うん。····分かった」
(んー? これ何か隠してんな。明日、煉のほうに探り入れてみよ)
樹が考えに耽っていると、湊のスマホが何度か鳴った。それは、煉からのメッセージだった。
『おい』
『今どこ?』
『30分後に迎え行く』
『予定ないなら付き合え』
と、連投されていた。スマホをそっとポケットにしまい、湊は樹に帰ると告げた。
「待て待て。今の誰からだよ」
「えっと··その····」
「煉だろ」
「えっ、なんで分かったの!?」
湊の正直さに呆れる樹。
「顔に書いてる。なんか凄い不安そうな顔してんの、放っとけないんだけど?」
「べ、べつに不安とかじゃないもん。いきなり連絡来るとおもってなかったから、ただ吃驚しただけで····ホントだよ?」
「··っそ。ならいいけど。何かあったら絶対言えよ」
「うん。心配してくれてありがと。それじゃ、僕帰るね。また明日ね」
そう言って、湊は樹に手を振りながら帰っていった。心配を拭いきれない樹だが、引き止められずに手を振り返して湊を見送る。
「あーあ。どうせ呼び出されたんだろうな〜。行くなって言えたらいいのに····」
樹は、湊の見えなくなった道路を見つめて独り言を零した。
湊が家に着くと、バイクに乗った煉が待ち構えていた。メッセージから15分も経っていない。
「なんで返事寄越さねぇの?」
「あ、ごめ──」
「これから、アイドル活動してる時以外は5分以内に返事すること」
「そ、れは··、命令?」
「命令」
「わかった」
俯いて承諾する湊。スマホを取り出し、ポチポチと打ち始めた。そして、煉のスマホが鳴る。
『30分経ってない』
メッセージを見た煉は、わなわなと手を震わせる。
「お前、結構イイ性格してんだな。上等だ、さっさ後ろ乗れ」
そう言って、煉は湊にヘルメットを投げ渡した。
「····命令?」
「命令!」
「僕、今から夕飯作らなきゃいけないんだけど」
「お前、早速断んのかよ。バラすぞ」
「むぅ····。行かないとは言ってないでしょ。夕飯作ってくるから待ってて。事情は後で説明するから」
「あ、おい待て」
急ぎ早に家へ入ろうとする湊を引き止める煉。だが、湊はヘルメットを返し『1時間後にすぐそこの公園に行くから』と言い残して、家に入ってしまった。
湊は猛ダッシュで夕飯を作り、双子の宿題をチェックし、急用ができたと惟吹に連絡を入れて公園へ走る。
「遅い。2分オーバー」
「はぁ··はぁ··、細かい····」
「あ?」
「ご··めんなさい」
苛立ちを隠さない煉。湊へ押しつけるようにヘルメットを渡す。
「て言うか、ホントに待っててくれたんだ」
「ったり前だろ。つぅか説明もなく俺を置いてくとかありえねぇ」
「ごめんね」
「勘違いすんなよ。お前が
「····うん。そうだよね」
チクリと胸が痛んだが、湊はその理由が分からず、ただ嫌な気持ちだけがモヤモヤと渦巻いた。
「とりあえずさっさと乗れ。着いたら話聞いてやっから」
「何処に行くの?」
「いいから乗れ」
「め──」
「め・い・れ・い!」
「分かってるよ」
少し意地悪く確認しようとした湊へ、先手を取って答える煉。湊は、煉をワザとイラつかせた事に少し気分を良くし、ヘルメットを被ってバイクに跨った。
煉は、湊の手を腰に回させると、手をポンポンと軽く叩き“しっかり持っていろ”と合図する。湊はギュッと煉に抱きつき、背中に呟く『
しばらくバイクを走らせた煉は、とあるビルの前にバイクを停めた。湊を降ろし、バイクを駐輪場へ停めなおす。
それを待つ湊は、ビルに掛かる看板を見上げ、嫌な予感が過ぎっていた。
湊を連れてビルに入る煉。エレベーターに乗り、目的階のボタンを押す。
「なぁ、ビビんのやめろよ」
距離をとるようにエレベーターの隅へ立つ湊。煉はそれが気に食わなかった。
「だって、月宮くん怒ってるから怖いんだもん」
「はぁ? 俺がいつ怒ったんだよ」
「え、ずっと····?」
呆気にとられた煉は、湊を見て眉間に皺を寄せる。湊に怯えられる原因が思い当たった煉は、一呼吸置いて静かに言葉を伝えた。
「ずっとは怒ってねぇし。淡々としてるからよく言われっけど、俺は元々こういう喋り方なんだよ」
「怒ってないの?」
「だから、怒ってねぇって」
「そう··なんだ。僕こそごめんね」
「何が?」
「勘違いで怖いなんて言って。月宮くん、顔が綺麗だからかな。無表情で話してると冷たく感じちゃったんだ」
湊に『綺麗』だと言われ、顔を真っ赤に染め上げる煉。慌てて顔を背け表情を隠す。
「わ、悪かったな。怖がらせねぇように気ぃつけっから、もうビビんな」
「うん、わかった」
チラッと覗き見た湊が、ふにゃっと笑ったのを見て、煉はさらに顔を熱くする。それに気づかない湊。
そうこうしていると、エレベーターが到着して扉が開いた。
「やっぱり····」
湊の予感は的中していた。やってきたのはカラオケだ。何をしに来たのか、流石の湊でも予想できた。
「おい、さっさと来いよ」
「····命令、だよね」
「分かってんならチンタラすんな」
「はーい」
逆らえない湊は気怠げな返事をして、スタスタと部屋へ向かう煉について行く。
2人なのに、パーティールームの様なだだっ広い部屋。湊は、鬱々とした表情でソファに座った。