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第8話 命令


 湊は、煉の冷たい言葉にいちいち身を強ばらせてしまう。けれど、込み上げてくる涙を懸命に堪えて話し始めた。


「が、学校での僕が、1番自分じゃない気がします。家では普通に喋るし、として振る舞うのも苦ではないから」

「なるほどな。お前、いっつも1人だけど友達とかいねぇの?」

「いません」

「そうか、身バレしねぇように誰とも関わらねぇようにしてんのか。そんで、目立つ樹とも距離置いてんのな」

「····はい」


 煉は黙りこくって、少し考える様子を見せた。湊は、煉の反応を怖々と待つ。 


「よし。俺が絶対身バレしねぇように協力してやる。けど、そん代わり条件は絶対守ってもらうからな」

「は、はい!」


 この学園で絶対王者的存在の煉が、身バレしないよう協力してくれるなど、湊にとっては願ったり叶ったりな結果だ。これから課される条件など予想もしていない湊にとっては、結果的にラッキーだったように思えた。


「んじゃ敬語やめろ。同い年だろ」

「んぇ····でも」

「でもじゃねぇ、命令」

「は····う、うん」


 まさかこれが、どんどんエスカレートしていく条件の序章に過ぎないとは、夢にも思わなかったのだ。



 放課後、卵を受け取るために樹の家に寄った湊。玄関を開けるなり、卵の入った袋を差し出し『マジでごめん!』と、勢いよく謝る樹に圧倒されていた。


「ホンット吃驚したんだからね! 今度お詫びしてもらうからもういいよ。だから、袋から手離して」


 湊が許すまで。袋から手を離さない覚悟だった樹。早々に許されあっさりと手を離した。

 湊は、そんな樹の面倒臭さをよく知っている。だからこその対応だったのだが、それをまた知っている樹の作戦勝ちである。


 湊は樹に聞かれ、煉との出来事を報告する。けれど、条件に従うという話は伏せていた。なんだか、樹には言いにくさを感じたのだ。


「煉が何もなしに協力するとは思えないけど····」


 樹は、真剣な顔をして考える。煉が何を考えているのか、これから積極的に探っていかなければならないと、樹は若干の焦りを感じていた。


(まぁ、ファンだから蒼の障害になるような事はしない、か)


 樹は、湊の頭にポンと手を乗せ、真面目な顔で心配を口にする。


「敵にはならないと思うけど、一応気をつけなね。煉、見たまんまの俺様タイプだから」

「うん、気をつける」

「何かあったら俺に言う事! すぐ助けてあげるから、俺に隠し事とかはするなよ?」

「え、うん。····分かった」


(んー? これ何か隠してんな。明日、煉のほうに探り入れてみよ)


 樹が考えに耽っていると、湊のスマホが何度か鳴った。それは、煉からのメッセージだった。


『おい』

『今どこ?』

『30分後に迎え行く』

『予定ないなら付き合え』


 と、連投されていた。スマホをそっとポケットにしまい、湊は樹に帰ると告げた。


「待て待て。今の誰からだよ」

「えっと··その····」

「煉だろ」

「えっ、なんで分かったの!?」


 湊の正直さに呆れる樹。


「顔に書いてる。なんか凄い不安そうな顔してんの、放っとけないんだけど?」

「べ、べつに不安とかじゃないもん。いきなり連絡来るとおもってなかったから、ただ吃驚しただけで····ホントだよ?」

「··っそ。ならいいけど。何かあったら絶対言えよ」

「うん。心配してくれてありがと。それじゃ、僕帰るね。また明日ね」


 そう言って、湊は樹に手を振りながら帰っていった。心配を拭いきれない樹だが、引き止められずに手を振り返して湊を見送る。


「あーあ。どうせ呼び出されたんだろうな〜。行くなって言えたらいいのに····」


 樹は、湊の見えなくなった道路を見つめて独り言を零した。



 湊が家に着くと、バイクに乗った煉が待ち構えていた。メッセージから15分も経っていない。


「なんで返事寄越さねぇの?」

「あ、ごめ──」

「これから、アイドル活動してる時以外は5分以内に返事すること」

「そ、れは··、命令?」

「命令」

「わかった」


 俯いて承諾する湊。スマホを取り出し、ポチポチと打ち始めた。そして、煉のスマホが鳴る。


『30分経ってない』


 メッセージを見た煉は、わなわなと手を震わせる。


「お前、結構イイ性格してんだな。上等だ、さっさ後ろ乗れ」


 そう言って、煉は湊にヘルメットを投げ渡した。


「····命令?」

「命令!」

「僕、今から夕飯作らなきゃいけないんだけど」

「お前、早速断んのかよ。バラすぞ」

「むぅ····。行かないとは言ってないでしょ。夕飯作ってくるから待ってて。事情は後で説明するから」

「あ、おい待て」


 急ぎ早に家へ入ろうとする湊を引き止める煉。だが、湊はヘルメットを返し『1時間後にすぐそこの公園に行くから』と言い残して、家に入ってしまった。


 湊は猛ダッシュで夕飯を作り、双子の宿題をチェックし、急用ができたと惟吹に連絡を入れて公園へ走る。


「遅い。2分オーバー」

「はぁ··はぁ··、細かい····」

「あ?」

「ご··めんなさい」


 苛立ちを隠さない煉。湊へ押しつけるようにヘルメットを渡す。


「て言うか、ホントに待っててくれたんだ」

「ったり前だろ。つぅか説明もなく俺を置いてくとかありえねぇ」

「ごめんね」

「勘違いすんなよ。お前がだから許しただけ」

「····うん。そうだよね」


 チクリと胸が痛んだが、湊はその理由が分からず、ただ嫌な気持ちだけがモヤモヤと渦巻いた。


「とりあえずさっさと乗れ。着いたら話聞いてやっから」

「何処に行くの?」

「いいから乗れ」

「め──」

「め・い・れ・い!」

「分かってるよ」


 少し意地悪く確認しようとした湊へ、先手を取って答える煉。湊は、煉をワザとイラつかせた事に少し気分を良くし、ヘルメットを被ってバイクに跨った。

 煉は、湊の手を腰に回させると、手をポンポンと軽く叩き“しっかり持っていろ”と合図する。湊はギュッと煉に抱きつき、背中に呟く『《どっち》乗せてんだよ····』をエンジンの重低音に紛れさせた。



 しばらくバイクを走らせた煉は、とあるビルの前にバイクを停めた。湊を降ろし、バイクを駐輪場へ停めなおす。

 それを待つ湊は、ビルに掛かる看板を見上げ、嫌な予感が過ぎっていた。


 湊を連れてビルに入る煉。エレベーターに乗り、目的階のボタンを押す。


「なぁ、ビビんのやめろよ」


 距離をとるようにエレベーターの隅へ立つ湊。煉はそれが気に食わなかった。


「だって、月宮くん怒ってるから怖いんだもん」

「はぁ? 俺がいつ怒ったんだよ」

「え、ずっと····?」


 呆気にとられた煉は、湊を見て眉間に皺を寄せる。湊に怯えられる原因が思い当たった煉は、一呼吸置いて静かに言葉を伝えた。


「ずっとは怒ってねぇし。淡々としてるからよく言われっけど、俺は元々こういう喋り方なんだよ」

「怒ってないの?」

「だから、怒ってねぇって」

「そう··なんだ。僕こそごめんね」

「何が?」

「勘違いで怖いなんて言って。月宮くん、顔が綺麗だからかな。無表情で話してると冷たく感じちゃったんだ」


 湊に『綺麗』だと言われ、顔を真っ赤に染め上げる煉。慌てて顔を背け表情を隠す。


「わ、悪かったな。怖がらせねぇように気ぃつけっから、もうビビんな」

「うん、わかった」


 チラッと覗き見た湊が、ふにゃっと笑ったのを見て、煉はさらに顔を熱くする。それに気づかない湊。

 そうこうしていると、エレベーターが到着して扉が開いた。


「やっぱり····」


 湊の予感は的中していた。やってきたのはカラオケだ。何をしに来たのか、流石の湊でも予想できた。


「おい、さっさと来いよ」

「····命令、だよね」

「分かってんならチンタラすんな」

「はーい」


 逆らえない湊は気怠げな返事をして、スタスタと部屋へ向かう煉について行く。

 2人なのに、パーティールームの様なだだっ広い部屋。湊は、鬱々とした表情でソファに座った。



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