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第6話 その真意

 湊の返事を聞かないまま駐輪場まで手を引く樹。こんな所を見られたら、また噂になってしまうと案じる湊。運良く、駐輪場まで誰とも会うことはなかったが、湊の煩慮は晴れないでいた。

 しかし、樹はそんな湊の憂いを、一瞬にして払ってしまうのだった。


「これ被ってたら大丈夫でしょ」


 そう言って、樹は自転車に乗せた湊へ、オシャレな茶色い紙袋を被せた。今朝買った、パン屋の紙袋だ。


「ふ、不審者じゃん····」


 紙袋の中で声を曇らせる湊。当然だ、余計に目立つような風貌になったのだから、機嫌を損ねて然り。


「バレなきゃいいんでしょ。今それしか被れそうなの持ってないし」


 面白がっているのか真面目に言っているのか、樹はさっさと自転車に跨った。そして、前が見えない湊の腕を腹に巻きつける。


「危ないからちゃんと持っててね。ぎゅ〜って」


 樹のこの調子はいつもの事。見た目のインテリ眼鏡とは、全くもってちぐはぐな軽さなのだ。それ故に、三王子の中で1番女子に絡まれるのは、顔で目立つ煉よりも樹なのである。


 湊は指示通り、樹に強く抱きつく。門を出る頃には、かなり悪目立ちしていた。

 そうして、門を出た所での事。迎えの車の中から2人を見かけた煉。友人の後ろに乗る不審者に驚き、窓を開けて声を荒げた。


「おい樹! 後ろの不審者誰だよ!?」


 煉の声が届き、樹の腰を掴む手に力が入る湊。樹はそれを感じ取り、飄々とした態度で煉に答えた。


「よぉ煉! 大丈夫だよ〜。これ、俺の宝物〜」


 笑顔で手を振る樹を見た煉は、己の宝物に紙袋を被せて爆速で走り去っていく友人に、掛ける言葉を見つけられないでいた。

 この時湊は、紙袋を被っていて良かったと心底思った。恥ずかしさと照れくささで、紙袋の中で顔を真っ赤にしているのを、誰よりも煉に見られたくなかったのだ。



 湊の家に着き、自転車を降りる樹と湊。湊は、紙袋を被ったまま、呆然と立ち尽くしている。


「あれ? 紙袋取らないの?」


 樹は、固まったままの湊から紙袋を回収する。


「こ、怖かった····」

「え、何が?」

「自転車トバしすぎ!! 前見えないとかって問題じゃないよ!」


 ジェットコースターにでも乗った気分だった湊は、その怒りを樹にぶつける。樹は、涙目で怒る湊を見て、大笑いしながら謝った。

 そこへ、惟吹が全力疾走で帰ってきた。


「テメッ····、兄貴に、ナニしてんだよ··ゲホッゲホッ」

「おー惟吹、おかえり〜。そんなに急いでどうしたの?」


 意地悪い口調で聞く樹。そのニヤけた顔に、惟吹は怒りを露わにする。


「ど、したじゃねぇ····おま、さっき商店街出たとこでゴホッ、目ぇ合っただろ」

「あぁ、あれやっぱ惟吹だったんだ。目ぇ良いね」


 呼吸が荒れ咳き込み、息も絶え絶えに樹に食って掛かる惟吹。その様子を、湊は心配そうに見つめる。


「惟吹、これには事情があってね····」


 湊は、惟吹に事のあらましを説明した。


「そうだ、こんなことしてる場合じゃないんだった!」


 この流れに陥った理由を思い出した湊は、手をパンッと合わせて言った。それと同時に、樹と惟吹を置いて家へ駆け込む。


「でぇ? 惟吹はなんでそんな急いで帰ってきたのかな?」

「あ? 大事な兄貴に紙袋被せてるイカれ野郎が、大事な兄貴を有り得ねぇスピードで拉致って行くのが見えたんでな。兄想いな弟の俺としては、大事な兄貴を助けなきゃって思ったんだよ」


 この2人は、小さい頃から事ある毎に衝突を繰り返してきた。所謂、犬猿の仲だ。

 湊の事になると周りが見えなくなる惟吹の性格を知っていて、樹は揶揄うように湊へちょっかいを出す。これが衝突の主な原因だ。


「ふーん。お兄ちゃん無事で良かったねぇ。さ、俺は湊手伝いにいこーっと」

「俺がやるから帰れよ!」

「やーだ。今日は湊の手料理ご馳走になる代わりに、みーちゃんとひーくんの宿題見るって約束したもん」

「全部俺がやる!」

「まぁまぁ、そう言いなさんなって。湊もさ、惟吹にばっか負担掛けたくないんじゃん?」


 急に真面目な雰囲気で言う樹。ガルガルしていた惟吹も、それには何も言い返せない。

 押し切るように家へ上がり込んだ樹は、エプロンの紐を上手く結べない湊の背後に立った。


「もう、湊落ち着きなって。慌てすぎ」

「あ、ありがと。えっと、あのね樹、さっき聞きそびれたんだけど····」


(僕が宝物って、どういう意味なんだろう。聞いてもいいのかな。冗談だったら、真面目に受け取ってるって思われるの恥ずかしいな····)


 樹は、エプロンの紐を結びながら、湊が言いあぐねている言葉を待つ。

 結び終える頃、ようやく意を決した湊が言葉を落とした。


「あのね、僕のこと、その····宝物って言ったでしょ。あれ、何だったのかなって」

「あぁ、アレね。アレは····まぁ、湊は俺のちっちゃい頃からの宝物だからさ」

「····え?」


 樹は、結び終えたエプロンの紐に指を這わせ、湊の腰に手を添えた。そして、耳元でコソコソと話す。


「湊はさぁ··」

「ひぁっ」


(うわわっ。へ、変な声出ちゃった····)


「んふ。湊はさ、賢いのにどっか抜けてて、ドジでバカ正直で、放っておけないんだよね」

「へ··? なんで急に悪口言われてるの?」

「悪口じゃないよ。見てて飽きないなーって意味」

「ふーん····で?」


 湊は、樹の言葉の意図が分からず続きを待った。


「映画とか観てるより、湊見てるほうが面白いんだよね。俺のお気に入り」


 語尾にハートがついているように聞こえた湊。お気に入りと宝物は、果たして同義なのだろうか。と、湊は頭上に疑問符を浮かべながら、いそいそと夕飯の支度を始めた。


(俺の気持ちになんて気づかないんだよなー。ホンット鈍ちんだわ)


「おいそこ! イチャつくな!」


 惟吹から野次が飛ぶ。そこへ、何かを察知した碧がやって来て、樹の服の裾を引いた。


「お、みーちゃん。どうした? 宿題わかんないトコあった?」

「ううん、宿題は簡単だったよ。違うの。湊くんは将来、碧のお嫁さんになるから盗らないでね」

「····えぇ〜」


 困った顔で、碧への返事を考える樹。まさか、こんなにも幼いライバルがとは、思ってもいなかった。


「みー!? 僕は誰の“お嫁さん”にもならないよ!」


 幼い妹の思いがけなかった野望を知り、湊は慌てふためく。それを聞いて笑う樹。


「湊にぃ、みーの言うことなんかイチイチ真に受けんなよ。ただのマセガキなんだからさ」

「惟吹くん煩い。そんなだから彼女いないんだよ」

「そんなって何だよ!?」


 惟吹と碧は、馬が合わないのかすぐにいがみ合う。相手をしている暇のない湊は、光に2人の仲介を任せて夕食作りに集中する。


「みーちゃん、惟吹はみーちゃんよりお子ちゃまだからね、仕方がないんだって。前に樹くんが言ってた。あんまりはっきり言っちゃ可哀想だよ」

「そうね。惟吹くんは乙女心が分かんないお子ちゃまだもんね。しょうがないか」

「おっまえらなぁ〜······はぁ、もういい。俺、湊にぃ手伝ってくる。樹に湊にぃ任せらんねぇかんな」


 双子の相手をするのが馬鹿らしくなった惟吹は、早々に無駄な時間を切り上げた。


「それは同感だわ。惟吹くん、湊くんの邪魔にならないように気をつけてね」

「····わぁってるよ」


 惟吹は立ち上がりながら、意地悪く碧の頭を撫で回した。髪をぐしゃぐしゃに乱され、碧は半べそを書きながら洗面台へ向かう。


「惟吹の意地悪。大人気おとなげないね。みーちゃん可哀想····」

「大人じゃねぇもーん」


 定番の言い訳を残し、惟吹は湊の隣に立った。手早く支度をする湊の邪魔にならないよう、雑用係に徹する惟吹と樹。あっという間に夕飯の肉味噌炒めと味噌汁が出来上がり、湊は惟吹と樹にあとを任せてレッスンへと向かった。


「湊、レッスンのある日はホント大変そうだな」

「うん。俺がもうちょいちゃんと飯作れたら、もっと手伝えんのにな····」

「よし、それじゃ練習しよっか。俺も湊の助けになりたいし。それに、俺が一緒なら湊も心配しないだろ」

「しゃーなしだかんな。ま、俺が飯作れるようになったら樹は来なくていいもんな」

「何言ってんの。作るんだから俺要るでしょうが。じゃないと、湊が心配するよ?」

「······性悪メガネ」


 樹と惟吹は、利害の一致を軸に仕方なく共存している。あくまで、湊の支えになる事が最優先なのだ。

 そして、2人は帰宅した湊に美味しい食事を提供しようと、料理の練習を始めるのだった。


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