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第5話 ピンチ

 煉の言葉を否定し、部屋を飛び出そうとする湊。けれど、鍵を開けるのにモタつき、煉に背後を取られてしまった。

 湊を追い込んだ煉は、勢い良くドアに両手をつく。振り向かせないよう顔の真横へ。湊の身体がビクッと跳ねた。

 身動きできなくなった湊は、黙って煉の出方を窺う。


「じゃぁさ、お前は何なの?」


 答えられない湊。煉の苛立ちはピークを迎え、力一杯肩を引いて振り向かせた。


「なぁ、お前マジで蒼なの?」

「······違、う。僕は、じゃない」


 混乱した湊は、目にいっぱいの涙を浮かべて言った。湊は、自分が蒼のように輝ける存在ではない事を自覚している。あれは“作り物”なのだと。


「なっ、おい、なんで泣くんだよ。別に責めてんじゃねぇから」

「ごめ、なさい····。月宮くん、が、怖くて····」

「はぁぁ!?」


 思った事を素直に漏らしてしまう湊。零れた涙を、煉は雑に親指で拭う。


「あのさ、お前マジで星空蒼じゃねぇの? いや、俺が蒼を見間違うはずねぇんだよ」

「····違います」


 ヤケクソなのか、湊はキッパリと否定する。けれど、引き下がらない煉。

 もう一度、前髪を上げてまじまじと湊の顔を見る。今度は、湊が抵抗しようとも、決して手を離さない。


「笑って」


 意味のわからないリクエストに、湊は戸惑いながらも笑顔を作る。


「引きつってんな。そうじゃねぇの、もっとちゃんと笑えって」


(ちゃんとってなんだよ。蒼みたいにってこと? ····くそぅ、なんなんだよ、もう知らない!)


 湊は、ええいままよと渾身のアイドルスマイルを見せた。ヤケクソもいいところである。

 煉はたじろぎ、湊を離してしまった。


「お、まえ····やっぱ蒼じゃねぇか!」

「し、知らないよ! 違うって言ってるでしょ!? 僕は湊だもん!」


 湊は腹の底から叫び、急いで鍵を開けて部屋を飛び出して行った。


「だもんって、いや、あの笑顔····どう見ても蒼じゃん····」


 煉は独り言を呟き、ポカンと突っ立ったまま動けないでいた。結局、何一つ事はハッキリしていない。

 けれど、やはり自分の予想が当たっていたのだと確信した煉は、戸惑いながらも胸を熱くしていた。その熱が、さらに湊を追い込む事になるとは、この時誰も予期していなかった。




 煉と湊が教室から消えた翌日、学校中がザワめき立っていた。煉が湊をイジメているだの、湊が煉にとりいっているだの、あらぬ噂が飛び交っている。

 この事態を重く受け止めたのは、当人たちよりも湊の幼馴染であるいつきだった。


 篠塚しのづか 樹、彼は湊の幼馴染であり、月宮三王子の1人でもある。成績は中の上、王子と名のつく程のイケメンだ。

 湊の事情も知っており、目立たないよう交流は避けてきた。けれど、事態が事態なのでそうも言ってられない。

 樹は、朝一番で湊を空き教室へ呼び出した。


「ねぇ湊、今どういう状況か分かってる?」

「え、何かあったの?」

「····はぁぁぁぁぁ」


 樹から特大の溜め息が零れる。何も知らない湊は、様子のおかしい樹を案じた。


「樹、大丈夫? 何かあった? 僕にできることがあったら言ってね?」


 本気で自分を心配する湊を、呆れた目で見る樹。湊のこういうお人好しな部分が、樹の心配の種になっている。


「あのな湊、実は今──」


 樹は、端的に湊が今置かれている状況を説明した。それを聞き、驚き慌てる湊。その様子をみて、樹は思わず笑ってしまった。



「湊、落ち着いて。ただの噂だから、ね? けど、相手が煉だから放ってはおけないでしょ」


 湊からは『インテリ眼鏡』と呼ばれる樹。煉と同じ三王子として、学園内外を問わずかなり目立つ存在だ。

 そんな樹は、クラスは違えど毎日煉と昼食を共にし、放課後になると遊びに出掛けるほど仲が良い。煉から、アイドルの追っかけをしているとカミングアウトされ、それがまさか星空蒼だと聞いた時は、思わず箸を落としてしまった。

 双方の事情を知り、この状況に陥った今、樹は湊側に立つ事に決めたようだ。


「俺は湊の味方だから、煉にそれとなく話してみるよ」

「樹··、ありがと。僕、月宮くんのこと傷つけたくはないんだ。だから、できれば別人って事に····」


(は? 煉を傷つけたくないって何? 2人初対面だよね?)


 樹は心を悟られぬよう、いつも通りのにこやかな表情で言葉を返す。


「いや流石に無理だよ。もうほぼバレてるんでしょ? しかも煉、重度の蒼オタクみたいだから、絶対何か仕掛けてくるよ」


 樹がここまで断言するのには根拠があった。昨夜、煉から直々に相談されていたのだ。煉は、樹が湊と幼馴染だとは知らず、湊との一件を包み隠さず話していた。

 なので樹は、煉が、湊と蒼が同一人物だと確信を持っている事や内心戸惑っている事も知っていた。そして、湊を蒼だと仮定して、あまり強気に出られないでいる事も。

 けれど、湊にそれを伝えない樹。


「けどまぁ····一応ね、できる限り湊が困らないように上手く言ってみるよ」

「ありがとう、樹。樹が幼馴染で良かった」


 湊は、安堵した笑みを見せる。樹はその表情を見て、湊に聞こえないよう極々小さく『ホントに可愛いな』と漏らした。


「ところでさ、湊は身バレすんのが怖いの? それとも、煉が怖いの?」

「え、なんで?」

「だって湊、煉の名前出す度に表情かお強ばってるから」

「えっ、そうなの? んー··、月宮くんの圧は怖いかな。でも、それ以上にね、月宮くんに僕が蒼だってバレてたとして、あの人が何をしたいのか分かんないから焦ってるのかも」


(それに、月宮くんのあの悲しそうな表情が目に焼き付いてて、なんだか凄く胸が苦しいんだよね····)


 見るからに落ち込む湊。湊の様子を見て、樹は重々しい雰囲気を変えようと、明るい口調で励ますように湊を揶揄う。


「あ〜····アイツ誰にでも上からだし遠慮とかないからなぁ。湊みたいなちっちゃい子にも容赦ねぇだろ」

「なっ! むぅ····、僕、ちっちゃくないもん」


 湊は頬を膨らませて抗議する。樹は、笑ってそれをいなす。


「俺より10センチもちっちゃいのに?」

「すぐおっきくなるもん!」

「つってもさ、もう惟吹と変わんなくね?」

「それは··、惟吹が急成長してるだけで、僕だって、そのうち樹より大きくなる予定だもん」

「お〜、楽しみだな。んじゃ、これあげるから飲んでから戻っといで」


 そう言って、樹はポケットから取り出した紙パックの牛乳を、湊に投げ渡す。湊がそれを受け止めている間に、樹は去ってしまった。


「ぬっる····」


 時間を空けて出てこいという意図を汲んで、湊はぬるい牛乳をゆっくり飲んでから教室へ戻った。


 教室に戻ると、樹の言っていた状況が見えてきた。

 周囲からの視線が痛く刺さる。目立つのを何より嫌がる湊にとって、この現状はかなり辛いものだった。煉は、状況を知ってか知らずか、姿をくらましている。

 直接、湊に事情を聞きに来る勇者がいなかった事だけが、唯一の救いであった。



 放課後、湊はダンスのレッスンへ迎うため、急いで階段を駆け下りていた。そして、角を曲がった瞬間、現れた人影にぶつかる。


「わぁっ!」

「っぶね····」


 樹だ。体幹のいい樹は、湊がぶつかっても微動だにしない。それどころか、跳ね返りそうになった湊の腕を捕まえて引き寄せた。


「あ、樹··。えへ、ありがと」


(役得ラッキーでこっちがアリガトなんだけど。つぅか湊、マジで学習しないな····)


 煉とぶつかった事を反省していない湊に、樹は軽く注意を促す。


「湊、廊下走っちゃダメでしょ。ドジなんだから」

「ドジじゃないもん。····けど、ごめんなさい」


 湊は樹の腕に埋もれ、反論しながらも素直に謝る。


「あれ? 樹、1人なの?」


 放課後は、大抵煉と遊んでる樹。もう1人の王子も今日は見当たらない。


「煉は今日モデルの仕事。かけるはサッカーの練習試合だって」

「そうなんだ」


 翔とは、三王子の残る1人で、風松かざまつ 翔のこと。サッカー部期待のルーキーで、貞操観念ゆるゆるな女たらしだと専らの噂の男だ。


「一緒に帰る?」

「ごめん、今日はレッスンなんだ。今朝、寝坊しちゃって夕飯作れてないから、急いで帰って作らなきゃで····」

「そっかそっか。ンなら俺のチャリに乗っけてあげよう」


 樹は、湊の返事を聞かないまま駐輪場まで手を引く。こんな所を見られたら、また噂になってしまうと案ずる湊だった。


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