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第4話 視線の犯人

 翌朝、眠い目をこすりながらキッチンへ入る湊。夕飯は、皆が大好きなカレー。

 西条家のカレーにはホタテが入っている、母親直伝のカレーだ。母の手伝いをよくしていた湊は、このカレーが大好物だった。


「おはよう、湊。お、今日はカレーか。湊のカレーは段々母さんのより美味くなってくんだよな」

「父さん、おはよ。そんな事言ったら母さん怒られるよ」

「はは、そうだな。母さん子供みたいだから、すぐ拗ねるんだよな」


 懐っこい笑顔を見せる父利幸としゆきは、双子を産んだ約1年後に事故で他界した妻を想い出し懐かしむ。

 どんなに悲しくとも、どれほど疲れていようとも、子供の前ではいつも気丈に振る舞い続ける父を、湊は尊敬していた。


「父さん、カレー味見する?」

「あー····朝からカレーはもたれるから夜にする。すまんな」

「もー、オヤジくさいなぁ。体、大丈夫? 最近また帰るの遅いでしょ」

「だーいじょうぶ! 父さんは頑丈なだけが取り柄だからな。湊こそ大丈夫か?」


 利幸は、湊の頭をポンポンと軽く撫でた。湊ははにかんで、その愛情を受け取る。


「僕は大丈夫だよ。惟吹たちが協力してくれるし、綾斗くんたちもよく助けてくれるから」

「綾斗くんって、メンバーのリーダーさんだっけ? いつもケーキくれる人だよな」

「そうそう。凄く頼りになる人なんだ。僕も、惟吹たちにとってそういう存在になりたいなって····」


 湊は、子供らしい笑顔を利幸に向ける。目標を持つ息子に頼もしさを見た利幸は、安堵の溜め息を漏らした。


「そうか。湊は今、楽しいか?」

「何だよ急に····。まぁ、しんどいけど楽しいのほうが勝ってるよ。充実してるなぁって思う」


 利幸は、安心した顔で湊を見つめる。けれど、利幸の瞳に物思わしさを感じた湊は、決して父に心配を掛けないよう気をつけなければと肝に銘じた。


 弁当を作り終えると、双子たちが起きてきて挨拶をする。父と双子が一日で唯一顔を合わせる瞬間、これだけは欠かさない。

 寝惚け眼の2人をギュッと抱き締め、利幸は寂しさを隠して出勤する。


 湊は双子を見送り、途中まで惟吹と共に登校するのだが、惟吹が目立つので距離を空けて歩く。それが気に入らない惟吹。


「そーんな離れてたら喋れないでしょーが」


 歩調を合わせてくる惟吹に、湊はコソッと言葉を返す。


「誰が見てるか分かんないんだからね! 視線の犯人見つけるまでは、いつも以上に警戒しないとだよ。今日はもう先に行くね、ごめんね!」


 そう言って、湊は駆け出した。あまり足は速くないので、追いつこうと思えば追いつけるのだが、惟吹は大人しく湊の背中を見送った。



 授業の合間、休み時間になると感じる視線。教室の廊下側がやたらと騒がしくなり、ふと顔を上げると、あの男が女子に集られていた。月宮三王子が一人、月宮煉だ。

 湊は、慌てて顔を伏せる。


 自分を見ているはずなどないと、自分に言い聞かせる湊。机に突っ伏して、いつも以上に存在感を消す。


(衣装見られただけでもマズいのに、王子が僕のファンだったら······ん?)


 もしも、本当に煉がなのだとしたら、バラしたりはしないのではないか。の不利益になるような事をするとは思えない。

 湊は甘い考えに至った。


(いっそ、月宮くんに聞いてみて····いやいや、だめだ。もしもそうじゃなかったら大惨事じゃないか)


 湊は、頭を振って考えを払う。そんな湊の周囲がザワつく。

 ザワつきと自分を覆う影に気づき、湊はパッと顔を上げる。見上げる先には、湊を怪訝そうに見下ろす煉が立っていた。


「ひぇっ····」

「あ? なんの悲鳴だよ」


 不機嫌そうに第一声を放つ煉。高圧的でいて、ゴミを見るように無感情な瞳を湊へ向ける。


「ごご、ごめんなさ──」

「お前、こないだ廊下でぶつかった奴だよな?」


 冷たい表情で見下ろす煉。背筋を伝う冷や汗を感じ、湊は反射的に怯える。


(この感じ、やっぱり“視線の犯人”は月宮くんだったんだ····)


 湊は、覚えのある視線に身を強ばらせた。


「えっと····」

「俺とぶつかったよなぁ?」

「は、はい。その節は本当にすみませんでした。えと··け、怪我の治療費とかですか?」


 煉の圧に怯えきった湊は、とんちんかんな質問をする。わたわたと焦る湊に苛つく煉。こめかみに青筋が走る。


「はぁ? 治療費なんか請求すっかよ。怪我もしてねぇわ」


 ホッと胸を撫で下ろす湊。あの時は慌てていて、ぶつかった煉を気づかえなかった事が気に掛かっていたのだ。


「そっか、怪我してなかったんですね。良かったぁ」


 うっすらと零す湊の笑みに、煉は目を見張る。前髪で顔は殆ど見えないけれど、はにかんで笑う口元が微かに蒼を思わせた。

 不満そうな煉は、眉間に皺を寄せ静かに言葉を落とす。


「ちょっと顔かせしてくんね? 話あんだわ」


 断れない湊は、黙って煉の後について行く。

 その様子を見送る数多の女子。ライブ会場で向けられるのとは違う痛い視線に、湊はさらに萎縮してしまう。


 人気ひとけのない校舎の、今では使われていない空き教室で、湊と煉は2人きり。煉は扉に鍵を掛け、湊の退路を塞いだ。


「え、鍵····」

「なに?」

「あ、いえ、なんでも····。あの、話って····」


 煉は何も言わず、ツカツカと湊に歩み寄る。その勢いのまま壁ドンをかます煉。湊は、小さな悲鳴をあげ目に涙を浮かべた。

 煉は、いちいち怯える湊への苛立ちを募らせる。それと同時に、思っていたよりもスマートにできない自分にも苛立っていた。

 湊を蒼だと疑う煉。目の前に居るのが推しかもしれないと思うと、とてもじゃないが冷静ではいられなかった。


 煉は無言のまま、湊のシャツのボタンに手を掛ける。

 第一ボタンまでかっちり閉めている湊。無意識に煉の手首を掴み、意図せず抵抗した。


「チッ··何?」


(舌打ち? え、何って何!? なんでボタン外そうとしてるの? 聞きたいのはこっちなんだけど。僕、今から何されるの!?)


「手、離して」


 湊は、おずおずと手を離す。軽く俯いてキュッと目を瞑り、これから自分が何をされるのか分からない恐怖に、身を委ねてしまった。


 煉は、手慣れた様子で第一ボタンを外す。続けて第二ボタン。

 湊は息を呑み、煉の次の行動を待った。


「これ、お前の?」


 煉は、湊の首に掛かっているペンダントを指で掬い尋ねた。恐る恐る目を開け、湊は煉の指に掛かるそれを見た。


「え··? あ、これは····」


 そのペンダントは、蒼があのファンから貰ったものだ。湊はこれのデザインをえらく気に入り、肌身離さず着けていた。

 これを貰った日に新曲の発表が決まったり、早く帰宅した父親が特大プリンを買ってきたりと、良い事が続いた。このペンダントは湊にとって、御守りのような存在だったのだ。

 まさか、その御守りの所為でこのような状況に陥ろうとは、夢にも思っていなかった。


 説明すれば、湊と蒼の繋がりがバレてしまう。湊は、返事に困り黙ってしまった。


「誰かから盗んだ?」

「····っ、違──」

「じゃコレお前の?」

「そ、それは····」


 これは、だと、湊は頭の片隅で認識している。けれどこの瞬間、あの人が湊ではなく蒼に贈った物なのだと、改めて思い知らされたのだった。


「僕の··であって、僕のではない、です」

「何それ。どういう意味?」


 全てを語れない湊は、再び黙ってしまう。


「コレ、俺がある人に贈った物なんだけど」


 やはり、煉があのファンなのだと確信する湊。けれど、まだ認める勇気は出ない。なので、懸命に誤魔化そうとする。


「ど、どうしてそんな事、言い切れるんですか? 僕が同じ物を持ってたって──」


 市販の物だと思っていた湊は、ありきたりな言い訳を並べた。けれど、煉はそれを遮って一蹴する。


「これ、世界に一つしかねぇオーダーメイドなんだよ」


 煉の答えに、湊は一瞬で考えを巡らせる。そして、理解した瞬間、顔を真っ赤に染め上げた。


「オ、オーダーメイド····」

「そう。しかも、その人をイメージして俺がデザインしたやつだから間違えるわけねぇの」

「こ、これ月宮くんがデザインしたんですか? す、凄い····。可愛くて綺麗で、本当にお星様みたいだなって思··ハッ··え、っと····」


 予想外の真実を聞き、思わず素直に感想を述べた湊。慌てて顔を上げ、なんとか誤魔化せないかと煉の顔を見つめる。

 煉は頬を赤くして、バチッと合った目を逸らした。


(なんっだよそれ! なんで俺がコイツからンなこと言われて舞い上がってんだよ! クソッ、意味分かんねぇ··って、いや待て。落ち着け俺。つぅコトはやっぱコイツ····)


 視線をそっと湊に戻す煉。2人は、言葉を見つけられないまま見つめ合う。

 耐えかねて、先に口火を切ったのは煉だった。


「お前、星空蒼って知ってる?」


 どう答えるべきか、湊は迷いに迷ってこう答えた。


「し、知ってる」


 これが正しいのか、正解が分からない湊の頭の中は、ぐるぐると巡る考えで混乱していた。そして、煉から出た次の言葉に、湊はさらに迷うこととなる。


「これ、俺がその蒼に贈ったモンなんだよ。なのに、なんでお前が着けてんの?」


 湊は、言葉に詰まる。『僕が蒼です』なんて、安易にいえるはずがないのだから。

 湊が答えに迷っていると、煉はおもむろに湊の前髪を掴むように掻き上げた。あまりに突然の出来事で、湊は煉を直視したまま固まる。


 前髪を上げた湊を見て、煉は確信した。湊は蒼なのだと。けれど、それを認めたくない自分がいる。

 煉の悲しそうな瞳に映る自分姿を見て、湊は煉の手を振り払った。


「お前····」

「違います! 僕は! ····僕は西です。月宮くんが大切に思っているじゃない····」


 湊はそう言って、部屋を飛び出そうとする。けれど、鍵を開けるのにモタつき、煉に背後を取られてしまった。


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