身バレを恐れる湊は、今日も今日とて息を潜め静かな学園生活を送っていた。あの一件以来、特に何事もなく、けれど湊は不安を拭えないでいた。
それでも、日常は休みなく進んでゆく。休み時間には予習をし、昼は屋上で1人弁当を食べる。誰とも一言も話さない日だって珍しくはない。
そして放課後、湊は特売を求めてスーパーを2軒ハシゴする。
けれど、家に帰ればそれも一転。元来、大人しいだけで明るい性格の湊。家族思いで優しい、頼れる長男の顔を見せる。
今日は、弟の好物であるオムライスを作ってあげる事にした湊。と言うのも、特売の卵を買いに隣町のスーパーへ着いた直後の事、3歳年下の弟、
メッセージの内容は、初めて出た練習試合で勝ったとの報告だった。入学から半年、毎日練習を頑張っている弟を見てきた湊は、弟の活躍を自分の事のように喜び、卵を予定より1パック多く買って帰った。いつも鶏ムネ肉で作っていたチキンライスも、奮発してモモ肉で作る事にした。
レジに並ぶ湊は、弟の喜ぶ姿を思い浮かべ笑みを零す。少々ブラコン気質なのだか、湊のそれは母性本能のイタズラだろう。
湊には、他にもあと2人、妹と弟が居る。8歳の双子だ。オムライスを作る片手間に、2人の宿題をチェックする。勉強が好きな妹の
碧は手早く宿題を済ませ、光の宿題を手伝う。光は、碧の宿題を写す気で覗き込むが、碧はそれを阻む。
「自分でしなきゃダメなんだよ。湊くんがいつも言ってるでしょ」
「だって、2桁の足し算難しいんだもん。みーちゃん賢いから、いつも全問正解じゃん! 俺も全問正解してみたい〜」
「自分で頑張ってしなきゃ、答えだけが合ってても意味がないんだよ!」
「うー····わかったよ、頑張る」
「偉いね。分かんないところ教えてあげるから、一緒に頑張ろうね」
「うん!」
しっかり者の碧は、湊に代わり光を諭す。碧は、大好きな湊に良い所を見せようと、常に良い子であり続けようとする。光は、碧を頼りにして甘えがちだ。
兄弟の母親代わりでもある湊にとって双子は、兄弟でありながら可愛い我が子の様な存在でもある。湊は、夕飯の支度を進めながら、2人のやり取りを微笑ましく見守るのだった。
湊は、部活で帰りの遅い惟吹を待ち、先に碧と光だけで食事を取らせる。けれど、食卓へは一緒に着き、碧と光に今日の出来事を聞く。
碧は、いつも通りの落ち着いた生活を送っていたらしい。が、光は今日も親友と喧嘩をしたのだとか。喧嘩をするほど仲がいいのだと、碧は一蹴した。確かに、光と親友の喧嘩は日常茶飯事で、次の日にはケロッとして一緒に遊んでる。
それでも湊は真剣に話を聞き、真面目に解決策を講じる。碧はやれやれと、食べ終えた2人分の食器を片し風呂の支度をする。
ダンスや歌のレッスン、ライブなどある日は、作り置してある夕飯を双子たちがレンジで温めて食べる。けれど、食べる頃には全力で帰宅した惟吹が一緒に食事をとる。
湊と惟吹が連携して、双子に寂しい思いをさせないよう努めている。惟吹は、湊の負担を少しでも担えるように部活を調整しているが、湊はそれを知らない。言ってしまえば、湊がさらに無理をすると分かっているからだ。
だから惟吹は、湊が家に居る日に限り、遅くまで部活に精を出す。そして、双子が寝室に入る頃、惟吹がクタクタで帰宅する。ちなみに、中小企業で管理職を任されている父親は、大抵深夜帰りだ。
湊は、惟吹にシャワーを浴びさせている間に、食事の支度と課題をする。成績優秀な湊にとって、課題はそれほど苦にならない。
だが、ここ数日は集中力が削がれており、無駄に時間がかかってしまう。ダンスのレッスン中も同様で、綾斗から注意を受けていた。
夕飯を食べていると、惟吹が湊の顔をまじまじと見て言った。
「湊にぃ、何かあった? 最近元気ねぇけど」
「え、また顔に出てた!? うー····実はね──」
湊は、歳の近い惟吹には気兼ねなく相談事も話せる。双子や幼馴染よりも近く、親友のような関係なのだ。
学校でぶつかった煉に衣装を見られた事を話すと、惟吹は食事の手を止め考え込んだ。暫く考えて、その後変化はなかったかと尋ねる。
秋紘が感じた違和感の事や、時々感じる視線などについて話す湊。どこか他人事のようで、それを聞いた惟吹は呆れて現状を整理した。
「つまり、バレたかもしんなくて、ライブでめっちゃ見てくる客がいて、んで学校でなんか視線感じるんだよな?」
「うん、そんな感じ」
「それさ、全部同じヤツじゃね?」
「····ん?」
リスの様にオムライスを頬張り、キョトンとした顔で惟吹を見る湊。
「····っ、可愛い顔すんな」
「
湊の顔が好きな惟吹。湊の性格も相まって、惟吹の目に湊は、非常に可愛く映っていたのだ。
だから、アイドル活動をしている湊を、誰よりも心底心配していた。双子と一緒になって、担ぎあげるような事を言ったのをずっと後悔している。惟吹は、湊限定で重度のブラコンなのだ。
「えーっと、つまりさ、バレたかもしんねぇってタイミングで探るように見てくる奴がいたんだろ? ここ、どっちも男って共通点な。そんで、学校で感じる視線。確定じゃん?」
「え、何が確定なの?」
「湊にぃってさ、ホント頭良いのになんでそんな鈍感なの?」
「むぅ····失礼だなぁ。鈍感じゃないよ」
無自覚な鈍感は、周囲を苛つかせるか不安に陥れるかのどちらかだ。湊は後者にあたる。
どれほど周りに心配を掛けているか、あまり自覚をしていない節があるが、それもまた本人の知りえないところ。
惟吹は項垂れて、状況を紙に書いて説明する。流石の湊も理解し、同時に、我が身に迫っている危機を察知した。
「えっ? じゃぁ、あのファンの人って王子なの!?」
「王子って、その月宮って奴? 知んねぇけど、そうなんじゃねぇ?」
「うそ、どうしよ····そんな人にバレちゃったなんて····え、でも月宮くんが僕のファン? そんなわけ──」
慌てふためく湊の顔面を、惟吹が片手で覆い落ち着かせる。
「湊にぃ、落ち着けって。まだバレたかは分かんねぇだろ? 俺の勝手な予想だから。まずは明日、学校行って確かめなよ。まずはその“視線の犯人”をさ」
湊は、惟吹の手をそっと下ろし、息を飲んで頷く。
「いざとなったら、俺が学校に潜入して調べてやっから心配すんなって」
ニカッと笑い、湊を安心させる惟吹。湊は、ふっと表情を和らげ、ツンとした態度で返した。
「何言ってんのさ、中学生が。そんなのすぐバレちゃうでしょ。それに惟吹、派手だから目立つし」
髪を淡く染め、中学デビューで開けたピアスが耳に光る。所謂、ヤンキーのような出で立ちの惟吹。父親と滅多に会わないのをいい事に、やりたい放題なのだ。
これが湊を悩ませる種の一つになっているとは、夢にも思っていない。むしろ、惟吹はこれが、カッコイイ兄に並ぶ為の1歩だと自負している。
「まぁ見た目はな。でも身長変わんないじゃん? 俺が湊にぃに変装して行ってみんのもアリじゃね?」
「アリじゃないよ。バカな事言ってないで早く食べちゃって。片付けらんないでしょ。····でも、ありがとね」
「俺まだなんもしてねぇし。つぅかこっちこそだっつぅの。オムライス、めっちゃ美味い」
惟吹はまた、ニカッと笑って言った。湊も、その顔を見られて満足そうに笑う。
明日、早速“視線の犯人”を探ろうと、湊は惟吹に勇気づけられて決心した。
もしも、それが本当にあの月宮煉だったら、厄介な話になるのだろうと湊は少し滅入った。けれど、いくら考えても仕方がない。明日に備え、湊はさっさと布団に入った。
明日はレッスンがあるので、朝早めに起きて夕飯を作らなければならない。人数分の弁当作りだけは欠かさない父親と、ガチンコしないように少し早く起きるのだ。
湊は、明日の夕飯の献立を考えながら眠りについた。