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第2話 裏と表

 約束の時間になっても訪ねてこない、尚弥と秋紘。大抵は寝坊だ。平和主義で温厚な湊ですら、2人の緩さには苛立ちを見せる。

 それというのも、湊は綾斗と2人きりになると、途端に緊張してしまうからだった。


 湊の目から見ると、綾斗はいつだって完璧な存在。尊敬と畏怖はいつも隣り合わせで、だから、湊は綾斗と2人きりになる事をどことなく避けていた。

 湊のそれを、日頃から薄々感じていた綾斗。緊張を解そうと、くだらない話をしてみるも効果は見込めず。結局、寝坊助の2人を待っている時間が勿体ないからと、勉強会は2人きりで幕を開けた。

 勉強を始めれば、緊張などどこへやらで集中する湊。1時間遅れで尚弥と秋紘が来るまでに、殆どやり終えてしまった。


 尚弥が綾斗に教えてもらっている間、湊は秋紘に絡まれる。


「なー、昨日もアイツ来てたじゃん? ほら、にベタ惚れの太客」

「はぁ····。秋紘さん、何度も言ってるけど、ファンの方を太客だなんて呼び方しちゃダメだよ」

「なんでさ、皆言ってんじゃん? 社長なんか『大口なんだから絶対逃がしちゃダメ!』って息巻いてたし」


 湊たちが所属する芸能事務所『フロース』の社長は、ワンマン経営で良くない噂も多い。けれど、社長が悪い人間ではないことを、湊たちは身をもって知っている。

 ただ少し、ほんの少しだけ、金にガメツイだけなのだ。


 サルバテラのメンバーには、それぞれ1人以上の太客がついている。なので、社長が事務所の稼ぎ頭として特に注力しているわけだ。

 中でも、蒼の太客例の男は特に羽振りがいい。蒼のグッズ展開だけがやたらと多いのは、そういう大人の事情がある。

 だからと言って、湊の取り分が増えるわけではない。


 社長が、ファンをカモとして見ている事は周知の事実。湊と綾斗は、それに影響を受ける秋紘がファンに対して口悪く扱うのを、心良く思っていなかった。

 初めこそ注意していた綾斗と、蔑むような目で見ていた尚弥だが、呆れて徐々に相手をしなくなっていった。けれど、湊だけは今でも口酸っぱく注意を続ける。

 真面目な性格の湊だから、ファンを大切にしなければと考えているのだ。そこに、本心が絡むかどうかは、湊のみぞ知るところである。


「裏でそういうこと言ってると、自然と態度に滲み出ちゃうんだよ」

「相変わらず、湊は真面目くんだねぇ。でもさ、おひねりも多いし、やっぱ他より愛想振り撒いといて損は無いでしょ」

「おひねりって····。僕は、あの人も他のファンの人達の同じだと思ってるから、特別扱いはしたくないな」


 綾斗と尚弥は、湊の意見に賛同する。秋紘はと言えば、社長寄りの考え方なので、あからさまに不満そうな態度を見せた。


「はーいはい。オレ、マジでそれ分かんないわ。自分のコトちやほやしてくれる人だよ? 特別扱いしたほうが絶対得じゃん」

「秋紘くんは、そういうキャラでも嫌味にならないのがいいんだよね。僕には難しいや····」


 秋紘は、配信で投げ銭をしてくれるファンに対して、過剰なファンサを返すことで有名だ。けれど、そういうキャラだと認識されている為、媚びているとも思われない。秋紘の所である。

 その恩恵が自分にもあるので、強くは否定できない湊。と言うのも、配信に呼ばれた際、湊へ投げられた分は丸々湊の取り分として渡されるからだ。

 湊の家庭事情を知って、秋紘なりのやり方でサポートをしているつもりらしい。


「つぅか昨日さ、アイツ湊のコトめっちゃ見てなかった?」

「いつもの事でしょ。あの人、いーっつも湊しか見てないじゃん」


 即答する尚弥に、秋紘は反論する。


「昨日のはいつもと違ったのぉ! なんつぅかさ、こう····を探ってたって感じ?」


 身バレを最も恐れる湊は、秋紘の言葉に身を強ばらせた。思い当たる節はたったひとつ。

 昨日、ライブ会場へ向かう前の事、湊は珍しくヘマをしていた。


(まさか、あの人が僕を、『サルバテラ』を知ってるわけないよね。····大丈夫、バレたりしてないはず。きっと、大丈夫····)


 けれど、湊は心配を掛けまいと、秋紘の思い過ごしだと言って苦笑いで誤魔化した。




 試験終了日の昨日、苦手な数学を除いて手応えは上々。けれど、気を抜いてはいられなかった。

 ホームルームが長引いた所為で、ライブ前に行うミーティングの時間が迫っている。終わるや否や、荷物を抱え急いで教室を飛び出す湊。


 階段を駆け下り、廊下へと曲がった時だった。出会い頭に、湊は人とぶつかり弾き飛ばされた。


「んわぁっ!」

「うおっ····」


 ぶつかった拍子に、湊は抱えてたリュックを落としてしまった。ファスナーを閉め忘れていたリュックからは、ライブで着用する衣装がこぼれ落ちる。慌てて拾い、手早くリュックに詰め込む湊。


 その様子をポカンと見る、金髪のイケメン。彼は、湊が通う私立月宮学園の理事長の息子・月宮つきみや れん。月宮三王子の1人で、大手ファッション誌の専属モデルをしている。ファンクラブを抱えており、女性関係の不純な噂が耐えない。

 178cmの高身長に、程よい筋肉質な身体つき。整った顔立ちで、王子と呼ばれるに相応しい出で立ちをしている。噂が飛び交うのも頷ける見てくれだ。

 湊の隣のクラスで、派手な噂が耐えない御曹司。兄と姉がいて、父親からは然程期待されていない、自由気ままなワガママ王子。周囲からはそんな印象を持たれている。本人はそれを知りつつも、他人事の様に気にしていない。

 そんな彼にも、秘密にしておきたい裏の顔はある。


 焦って衣装をリュックに詰める湊を、訝しげな顔で見下ろす煉。そして、ある事に気づく。

 湊の首からぶら下がる、青い小さな星型の石が輝くペンダント。それは、確かに自分がへ贈った物だ。

 煉は、目を丸くして湊に声を掛ける。


「お、おい。お前それ──」

「すすす、すみませんでした! 僕、急いでるので!」


 煉の言葉を遮り、湊は一度も顔を上げる事なくその場から走り去った。背後に迫る手になど、気づくことなく。

 煉は、慌てて振り向いたが、湊の肩を掴み損ね逃がしてしまった。動揺して足が動かない。ただ呆然と、煉は湊の背中を見送った。


 煉が動揺した理由。それはまさに、煉の裏の顔を暴くものだった。

 家族さえ知らない、誰にも知られざる煉の秘密とは、サルバテラの重客だという事。最推しは勿論、星空蒼。

 ライブの時には必ずサルバテラ宛ての物と、それとは別に蒼へ、一等大きなフラワースタンドを贈る。そして、蒼へのプレゼントは毎回欠かさない。

 初めてのライブで一目惚れし、2回目のライブの時に贈ったペンダント。蒼を想い、蒼をイメージした特注の物だ。星型の石はサファイアで、湊は知るはずもないが相当高価な物である。


 それを見知らぬ生徒が着けていた。煉は、見間違いだと自分を疑ったが、何度思い返しても疑いようがなかった。

 見間違うはずがないのだ。世界でたったひとつしかない、自分がデザインした物なのだから。



 心ここに在らずといった様子で、今日もサルバテラのライブ会場へと足を踏み入れる煉。いつも以上に、蒼へ目が向く。


 ライブ後の交流会でも、蒼をまじまじと観察した。

 声は似ているように思う。けれど、どうしてもあのぶつかった生徒と容姿が繋がらない。

 煉は、何一つ糸口を見つけられないまま、会場を後にし帰宅した。


 20畳はあろうかという広い自室で、ベッドに寝転がる煉。落ち着かない様子でゴロゴロと転がる。

 サイドチェストに飾ってある、先程会場で撮ったチェキを眺め、煉は大きな溜め息を吐いた。そして、ブツブツと独り言を漏らす。


「まさか····いや、どう見ても同一人物じゃなかったよな。····っくそ! なんであんなモサ男が蒼のペンダントを····」


 煉は纏まらない考えを手放し、眠りについた。煉が、明日からあの生徒自分を観察しようと胸に決めた事など、湊は知る由もなかった。


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