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8話 君の想いに触れたのは(15)

§


 その日は戻ってお祭り騒ぎとなった。

 港には樽を簡易のテーブルにして料理やお酒が並び、町を挙げての祝勝会だ。

 領主邸も同じで、少しの間紫釉と燈実も居たけれど日の高いうちに帰った。今頃は海の底でも同じようにお祝いがされているのかもしれない。


 一時はどうなることかと思ったけれど、どうにか事態は収まった。討伐はしていないけれどさ。


 そんな事で食べて、飲んで……俺は早い内に眠気に襲われ部屋で眠ってしまった。

 その、夢の中だった。


 辺りは海の中みたいに感じる。プカッと浮いている不思議な浮遊感と、「これ夢だな……」と分かる感じ。こういう時は大抵、何かに呼ばれて見ている夢だ。


『ほぉ、流石慣れている。アリスメリノ様とも既に話しているか?』


 まだぼんやりしている俺の顔を覗き込むイケメンをただただ見上げている。

 どことなく紫釉にも似ている。青い髪をきっちりと結い上げ、頭には冠をつけている。西洋風のじゃなくて、中国風のだ。

 服装も中華な感じだ。青い柄の入った服の上に白く薄い、袖の広いヒラヒラした服を重ね着している。


「海神様ですか?」

『左様。名は蒼旬という』


 穏やかで少し硬い声だ。でも知っている声。俺に「殺してくれ」と言った声だ。

 起き上がり、ちゃんと向き合う。色白で、でも目鼻立ちは整った東洋美男子という感じだ。母がいたら喜んだだろうな。


『神子、名を聞かせてくれるか』

「相沢智雅です」

『智雅か。手間をかけた。ところで、其方は我等が姫アリスメリノ様の力を強く感じる……いや、今目の前にいるようにも思える。それは何故か』

「え? えっと……」


 多分それは、俺の中にある女神の魂の欠片だろうか。

 俺は疑問がる蒼旬に、これまでの経緯を話した。

 異世界から召喚されたこと。召喚したのが女神だったこと。スキルや、使命のこと。そして女神の魂の欠片が俺の中にあること。

 これらを聞いていくと、次第に蒼旬は難しい顔をして腕を組み始めた。


『其方、それで体に異常はないのか?』

「え?」

『不調、もしくは以前と大きく違う所はないか?』

「えっと……あっ、眠気が」


 少しマシになったとは思うけれど、やっぱり気になる。

 そう呟いた途端、蒼旬は大きく溜息を付いた。


『その程度で済んでいるのが幸いだ。下手をすれば其方の体は耐えられず、徐々に浸食されていただろう』

「えぇ!」


 思わず大声を上げてしまう俺を、蒼旬は困ったように見つめて近付き、俺の手首に触れた。


『この辺り、神という存在は雑なのだ。己の存在が如何に大きく他と異質かを念頭に置かぬ』

「あの」

『少しで済む』


 そう言って彼が手首に触れていると、そこに青い呪文の輪のようなものが浮き上がっていく。それは少し焼き付くような熱さがあって痛んだけれど、彼が短く言葉を発すると嘘のように消えた。

 後には銀に光る腕輪があるだけ。一つ、青い宝石もはまっている。


『我の加護だ。我を呼び出す事と水への耐性、そして女神の浸食を抑える事ができる』

「あの、女神の浸食ってなんですか?」


 俺の質問に、蒼旬は深く頷いた。


『神というのは人の姿を借りてはいるが、まったく異なる存在だ。故に完全には交わらない。メリノ様は今力を失っていると言ったな?』

「はい」

『それでも魂は人のそれより余程強い。一つ器に魂は一つが限界だ。そこに欠片でも他の魂が入れば元の肉体や魂に影響を与える。大抵、強い方が弱い魂を食らい融合し、肉体はそれに合わせて変化を始める』

「え……それって」


 俺はこのままだったら女神の魂に食われて俺って存在が消えるってこと!


 サッと血の気が引く。ようやく事態を把握した俺に、蒼旬が溜息をついた。


『なんと暢気な』

「だって!」

『まぁ、説明もなくそうしたのはメリノ様の落ち度。だが怒らずにいてやってくれ。あの方は暢気でな、そのような事を考えていなかったのだろう。とにかく我等が主を救いたいと、それだけを考えていたに違いない』


 ……確かに、そんな気もする。そんな裏があるようには思わなかった。それに、必死さは伝わっていた。


 溜息をついた蒼旬が俺の手首の腕輪に触れる。


『これには我の加護を与えている。我の魔力が其方の魂の周囲に壁を作っている。完全ではないが、これで浸食は抑えられるであろう』

「ありがとうございます」

『なに、迷惑料にもならん。我はあのまま死ぬのだと覚悟していた。むしろ、殺してくれと願っていた。瘴気により徐々に精神を蝕まれ、心を塗り替えられてゆくのを感じ恐怖しながら、それでも可能な限り害を成さぬようにと踏ん張っていたのだ。それを救われた。感謝してもしたりない』


 呟く人はフッと息を吐く。そして優しい顔で俺を見た。


『我が末裔にも苦労をかけた。ウォルテラの神子は我とは相性が良いようだからな。そのうち、加護を与えておく』

「ありがとうございます」

『……神子殿、其方の力を頼る事になるが、もう一つ頼まれてくれぬか?』

「え?」


 首を傾げる俺に、蒼旬は深く頷いた。


『我は、今は邪神と呼ばれるアリスタウス様がお作りになった眷属。神獣と呼ばれるものだ』


 そう言って、彼は指で空に文字を書く。すると文字は青く蛍光塗料で書いたように光って空間に浮かんだ。


『この世界は広い。とても神二人では管理できない。だからこそ我等が生まれた。我は海の中を任された海龍。他に、地上を任された天狼、山を任された天狐、空を任された竜、そしてあの方の補佐として金烏がいた』


 それらも彼は書いていく。漢字からしてどんな姿をしているか、なんとなく分かった。


『だが、あの方が堕ちた時に我等にはあの杭が打ち込まれ、神獣としての力を徐々に失い、瘴気に蝕まれてしまっている』

「ってことは、貴方みたいな存在が他にもいるんですか!」


 こんな厄災クラスの魔物が他にも出てくる可能性があるのか!

 そんなのとんでもない! オロオロする俺の心中を察してか、蒼旬は苦笑した。


『他の者はまちまちだ。瘴気に蝕まれる事を恐れて深く眠った者もいる。竜などは瘴気にも強いから、案外そのままで元気にしているかもしれぬ』

「そう、ですか」


 それならよかった。

 そう思うのに、蒼旬は『ただ』と繋いだ。


『近年、何やら不穏な感じもしている。急に瘴気が強まったのだ』

「え?」

『我等が主を押さえ込む事が、難しくなっているのやもしれぬ』

「!」


 それって、邪神が復活するってこと? そんな事になったら、この世界はどうなるんだよ!

 目を見開く俺を見て、蒼旬は頷く。そして再度、腕輪に触れた。


『神子殿、頼む。他の神獣を見かけたら救ってやってくれ。さすれば加護を得られるであろう。そうすれば其方自身の守りも強くなり、メリノ様の力も増していく。メリノ様を陥れ力を奪った何者かを討伐する事も可能になるだろう』


 それは俺もそうしたい。けれど俺が動く時にはクナルも巻き込む。戦えない俺の前に立つのはいつもクナルだ。

 最悪、俺がクナルを殺しかねない。


『……其方の力が増せば、与える加護も増える。今日、我を助けた雪豹の男は我と親和であろう。本来なら獣人は天狼の力を得るほうが良いが、礼をしておく』

「あ……ありがとう、ございます」


 俺の心中を察したのか、蒼旬はそう約束してくれた。

 だから俺も、俺の目的とこの世界の為にやれる事をやろうと思う。


「俺も、他の神獣を助けます」


 それが、俺がこの世界に出来る事。沢山増えた大事な人達を、守る事になるのなら。


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