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8話 君の想いに触れたのは(13)

 青い光を口からレーザーのように出したリヴァイアサンの攻撃に間に合わなかった二隻が巻き込まれ真っ二つにされて沈んでいく。

 これをクナルと燈実は悔しく見つめ、次には更なる攻撃の手を加えたがやはり相手が大きすぎて通用しない。


 このままでは……そんな焦りのある中、何かがリヴァイアサンの上空へ飛んで行くのを見つけた。手には重そうな何かを抱えたそれは奴の頭上へと来ると手にしていた物をポンと落とした。


『起爆』


 何かが落ちてくる事に気づいたリヴァイアサンが上を向いた瞬間だった。落ちたそれはカッと光ったかと思うと空気をバリバリ切り裂くような音で雷が落ちた。


「っ!」


 それは間違いなく、大砲用の弾だった。

 シルヴォが大砲の玉を抱え、リヴァイアサンの上空へと単身移動し、弾を落としたのだ。


「まだだよ。ありったけの大砲を! 魔法攻撃部隊は魔法を止めないで! クナル殿と海王国の同志の後押しを!」


 勇気づけるような声に呼応して、一度は萎えそうだった人々も声を上げる。

 魔法が使える人達は魔法を。そうでない人は大砲を撃った。空中が賑やかな音を立てリヴァイアサンは明らかにダメージを負っている。そこにクナルと燈実が切り込み、紫釉が氷の魔法で足止めをしている。


 それでも駄目だ、削れていかない。傷が塞がる。


 俺だけが何も出来ずにいる。やっぱり浄化を試みるのがいいのか。払いきれる気がしない。

 そんな時、ふとリヴァイアサンがこちらを……俺を見た。


『殺してくれ!』

「!」


 目から直接何かが繋がって、頭に叩きつけるような声が響いて脳が痺れた。そのままフラッと気が遠くなって倒れた俺を紫釉が受けとめてくれた。


「マサ殿!」

『殺してくれ……理性が、切れてしまう前に……我はベヒーモスのようにはなりたくない!』


 ベヒーモスを、知っている? それにこの声には理性がある。とても真面目で真っ当な意志がある。

 これは、リヴァイアサン? 魔物なのに、殺される事を願っている。それに理性が切れる? これは理性が切れた状態なのか?


『女神の力を持つ神子よ、どうか』


 その声を最後に、ぷつりと声は途絶えた。


 リヴァイアサンが咆哮を上げる。氷の呪縛を抜けた体が舞い上がっていく。そして周囲が幾つもの青い魔法陣を浮かび上がらせると、そこから沢山の氷の塊が降り注いだ。


「わぁ!」


 船に当たれば木っ端微塵になり、海に落ちても大波が襲う。紫釉の魔法で出来た凍土も砕かれていく。

 クナルと燈実も一旦引き返した。


 その中で俺は見た。確かに黒い霧のようなものをリヴァイアサンが吸い込んでいくのを。それが傷を治していくのを。


「穢れだ」


 あの穢れがリヴァイアサンからさっきの理性を奪っている? もしかして全身が黒いのもそのせい?


 でも……俺がやれる事は結局これしかないんだ。


 イメージは掃除。拭き掃除……では取れなさそう。感じとしては高圧洗浄機でドババババッと刮ぎ落としたい……けれど、それだと汚れが辺りに飛び散りそう。

 もっとこう……吸い込めるか? 霧みたいな、塵みたいな感じだよな穢れって。それを全部吸い込んで、俺の体をフィルターみたいにして汚れを浄化したものを放出……よし!


 俺の中でイメージは出来た。パッと手をリヴァイアサンの方へと向ける。これが掃除機のヘッドだ。

 行け! 根こそぎ払うまで吸い込め!


 心の中でスイッチオン! 瞬間、伸ばした手が何かを吸い込んでいく感じがした。その勢いは掃除機っていうよりもバキュームカーだ!


「わっ、わっ、わっ!」


 ズルズル吸い込んでいく。その威力はリヴァイアサンに全部向いている。吸引力に負けて黒い鱗の一部が浮き上がり、一部が裂けていく。そうするとズルズル俺へと引っ張られて剥がれ落ち、吸い込まれていった。


「うっ」


 瞬間、気持ち悪さに思わず呻いた。体の中にドロドロしたものが流れ込んでくる。これが穢れなんだ。


「マサ殿駄目です! 腕が!」


 見れば俺の腕は指先から黒くなっていた。側に来たクナルも止めようとした。

 でもこれが、俺の役目で使命なんだ。


「浄化!」


 そして排出!

 吸い込まれた穢れが俺を通っていく。フィルターのように汚れを吸着して、それを中で浄化して背中の辺りから排出していく。そうすることで俺の中のドロドロも消えていく。


 これなら行ける!

 俺はどんどん吸い込んだ。その度に脆く剥がれ落ちた部分から広がった黒いヘドロみたいなものが落ちていく。吸い込んで、浄化して出す。それを繰り返すうちに徐々にリヴァイアサンに変化が現れた。

 黒いと思っていた鱗は、実は白かった。パール調に輝く色をしたそれが見えてくるにつれ、皆が思わず見惚れる美しいものになっていく。真っ赤だった目からも力が抜けて青くなっていく。


「まさか……あのお姿はまるで我等が神のようではありませんか」


 信じられないものを見るように紫釉は呟く。

 もしかしたら、その可能性だってある。だって俺に話しかけてきたあの声は海王国が襲われる直前、俺の夢で聞いた声と似ていた。

 これが穢れで、剥がれ落ちて綺麗になるならもしかしたら正気に戻るかもしれない。だから!


「もう、少し!」


 何一つ残してやるものか。悪いものなら全部を吸い込む。これ以上の犠牲なんて出させない!


 やがて『ウオォォォォン』と弱い声で鳴いたリヴァイアサンがブルブルっと体を震わせて体にこびり付いた黒いものを振り落とし、俺はそれまで綺麗に吸い取って浄化した。そこで、ドーンと音を立てて巨体は海面に崩れ、浮き上がったのだ。


「マサ!」


 どさっと崩れそうな体をクナルが支えてくれる。俺は大汗をかいていて、息も乱れていたけれどそれ以上はない。疲れていたし少し具合は悪かったけれど、倒れてしまうようなものではなかった。


「倒したのか?」


 周囲から疑問が湧き起こる。俺も倒した……というか、救えたのかと思ったけれど、まだ何かが引っかかる。


「クナル、俺を近くに連れていける?」

「可能だけど、どうすんだ」

「様子見たい。なんかまだ、終わった感じがしない」


 まだ変な感じが残っている。これで終わりじゃないって、何かが警告している気がする。


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