そうして決行日、ソワソワする俺は朝から落ち着かず、船の上でも食べられるようにと軽食をモリモリ作っている。不安になるとご飯を作る癖が俺にはあるみたいだ。
「マサ、あんた朝から何してんだ」
「だって、不安で」
領主館の厨房を借りて俺が作っているのはおにぎりだ。やっぱり遠足とかっておにぎりのイメージなんだよな。遠足じゃないけど。
一緒に卵焼きと唐揚げも作っている。
そんな俺を見てクナルは呆れながらも唐揚げを一つ摘まみ上げて口の中に。「あ!」と言ったけれど既に遅しだ。
「うっま!」
「もぉ、つまみ食いは駄目」
「仕事の前の腹ごしらえにな」
もう。と腕を組む俺の髪を、ふと撫でる手がある。そちらを見て、優しい視線を向けられている事を知ってドキリとした。
「不安がるなよ。俺は負けないって」
「……絶対はないじゃん」
だって、ベヒーモスの時にこの人は一度死んでいるんだ。俺が知らないうちに蘇生させたから当人も知らないけれど。
あの時、絶対はないって思ったんだ。
それでも手は優しく俺の髪を撫でる。気遣いと……かまってほしそうに。
「お前がいれば絶対だ」
「なんで」
「惚れた奴一人守れない、情けない男にはなりたくないしな」
「っ!」
クッと上半身を折ってズイッと俺の顔を覗き込んでくる人の、分かっててやっている狡い笑顔。俺が赤面するのを見越している。
でも、しかたないだろ? 彼の気持ちを知って数日。俺は恋愛初心者過ぎてこれにどう対処していいか分かんないんだ。
「マサ」
「っ! もぉ、近いよ」
結局逃げる俺を、クナルは面白そうに笑った。
海上は気持ちの良い風が吹いている。先頭の船に乗って印を付けた辺りへと到着したけれど、海はまだ静かなままだ。
「大丈夫かな、紫釉さん」
「大丈夫だろ、あの人なら」
俺の隣にはクナルがいて、肩にはキュイがいる。
そんな俺達の船へと、音もなくトンと舞い降りた人がいた。
「こんな所でイチャつかないでよ、お二人さん」
「おわぁ!」
気配が分からなくて叫んだ俺をシルヴォが呆れ顔をして見ている。軽装だけれど普段とは違い戦う格好をしている。
それにしても、本当に人型なのに飛べているの凄いな。
「見えたか?」
「うん。泡が上がってる。今日はこのまま詰めずにいくよ。近づき過ぎると浮上の際の波に飲まれる」
真剣な様子のシルヴォとクナル。その視線の先を俺も追って……何かが、近付いてくる!
「気をつけて!」
思わず叫ぶ俺の声の直ぐ後に、ドンと下から突き上げる振動があった。一瞬地震かと思える衝撃に近くの物を掴んだ俺はその先に、巨大な海蛇のような魔物を見た。
黒光りする鱗は禍々しく光り、鋭角な頭部は刺さってしまいそう。角のようなものが後頭部に生えていて、背には小さな蝙蝠のような羽根がついている。
「リヴァイアサン……」
海王国で見た姿そのままの巨大な魔物が、こちらを睨んでいた。
『キュイィィィイィィイィィィイ』
「!」
甲高い声が振動になって襲ってくる。耳が痛くなる……というか、鼓膜破けそう!
「クナル!」
彼の耳はいい。心配して見れば辛そうにしている。
声はそれだけじゃない。音は壁のようになって船へとぶつかり船体が大きく揺れた。左右に傾く中、俺の体はズルッと大きく甲板を滑って欄干にぶつかった。
「いっ!」
「マサ!」
クナルの声がする。そっちへ視線を向ける、その端にこちらへと向かい突進するリヴァイアサンの姿が見えた。
「駄目だ! 突っ込んでくる!」
「っ!」
俺の声に視線をリヴァイアサンへと向けたクナルが踏ん張って前に出る。荒れる甲板を誰よりも早く駆け上がるように向かった彼は指輪に触れ、そこから一振りの剣を取りだし大きく振りかぶった。
「止まれぇぇ!」
モリみたいに飛んでくるリヴァイアサンの頭上めがけて振り下ろされた剣は鋭角な頭部へと確かに当たった。だが勢いの方が強く弾かれる。
ドォォン! と大きな衝撃に船はまた大きく揺れた……けれど、それだけだ。
「え?」
「はっ、マジかよ。頑丈だな」
空中へと弾かれたクナルは上手く宙返りして船の甲板へと着地した。
それにしても頑丈過ぎる。確かに防御用の結界を張ると言っていたけれど、それにしても。
「……あ」
俺、出る前に心配で全部の船に触って「守ってください」とお願いしてきたな。
「……マサ、また何かやらかしたか?」
「守ってくださいって触ってお願いしただけだよ!」
「それだろうが!」
クナルが呆れながら溜息をつく。けれど、結果オーライで!
「反撃くるよ、クナル殿」
「あぁ、分かってる」
思い切り体当たりしたにも関わらず沈まなかった船に、リヴァイアサンもまた疑問そうにしている。
だが持ち直したのか一旦距離を置いた魔物の周囲に青い魔法陣が浮かぶ。
「魔法くるよ!」
「させるかよ」
ニッと笑ったクナルが手を前に出す。すると同じように青い魔力が彼に集まってきて、それは徐々に氷の針……から、槍に……って!
「何この数!」
クナルを中心に数十本の槍が浮いている。それでもクナルは余裕そうだ。
リヴァイアサンが一声鳴くと青い光線のような物がこちらへと放たれた。それを見て、クナルもまた発動の呪文を唱えた。
『アイシクルランス』
無数の槍が放たれた光線めがけ一斉に飛んでいく様はロボットアニメとかに出そうな光景だ。数十の物が一斉に高速で飛んでいくのだ。
それらは光線の一つ一つに的確に当たり相殺していく。空中で爆発する魔法の振動で海は波立ち風が吹き荒れている。
「これはまた壮観」
「はは、だよね」
遠い目をするシルヴォと半笑いの俺。これを成したクナルは満足そうだが、それでも足が止まらない。