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5-19 黒い陰謀(19)

「君の能力は大きすぎる。これが万が一悪用されれば恐ろしい事を招きかねない。それでなくても君はお人好しで騙されやすそうだしね」

「うっ!」


 それは、否定できない。あっちの世界でも何度星那に助けられたか。


「それも君の良い所だと私は思うのだけれどね。でも、そこに付随する能力が高すぎる。国が認定するとなれば当然目立つ。君を利用したい貴族連中も多く接触を望むだろう。それを避けたいんだ」

「俺も避けたいです」


 想像だけで気疲れしてヘニャヘニャになってしまいそうだ。

 思わず肩が前屈みに落ちて重く溜息をついて、これに殿下は面白そうに笑った。


「だが、王家としては君を聖人として扱いたい。だから任命式の日はこっそりと入城してもらって別室で待機して、後々行われる王族だけの食事会に招きたいのだけれど、構わないかい?」

「王家って……王様とかいるんですか!」


 そんな人達の前に出て行く勇気なんて無い!

 全力で辞退したいけれど、殿下はにっこり笑っている。この笑顔の迫力と有無を言わさぬ強制力が怖かったりする。


「そんなに気を遣う事なんてないよ。無礼講さ」

「いや、でも」

「むしろ、今更じゃないかな? 私は王太子だし、叔父上だって王弟だよ? ほら、既に王族二人とこれだけ親しいなら、三人追加されるのなんて平気だよ」

「うっ……でも、いやぁ?」


 そう言われてしまうと難しいんだけれど、どれも俺から積極的に近付いたんじゃなくて、向こうから突進してきた感じがあるんだよな。

 とはいえ、この人とデレクが育った環境なら胃の痛くなるような精神負荷はないのかもしれない。

 もの凄く親密になれってことじゃないだろうし、一度くらい顔を合わせておくのもいいのだろうか。拒み続けると力業も考えられるし。


「分かりました」

「ありがとう。クナルは付けていいからね」

「はい」


 隣のクナルは頷いてくれる。だから安心できた。


「さて、それとは別に今回の報酬だけれど」

「報酬?」


 はて、何の事だろうか?


 首を傾げた俺を見て、殿下の方が目をまん丸にした。


「え? これだけの事をして見返り考えてないのかい?」

「ですが、食材は此方で用意してくれていたものと、支度金でまかなえましたし。寧ろ支度金が沢山余っているので、お返ししないと」


 クナルから事前にもらっていた袋を出して前に置くと、今後こそ頭がいたいという様子で殿下が額に手を押し当てて溜息をついた。


「あっ! もしかして、寝室の床に傷つけた修理代とか必要ですか!」

「どうしてそうなる!」

「備品壊したら弁償じゃ……」

「君の頭の中はどうなっているのかな?」


 頭が痛いと言わんばかりの殿下の後ろでロイが笑って、隣でクナルも忍び笑う。俺は訳分からなくて三人を見て、殿下は更に溜息を重ねた。


「まず、その支度金の残りは君にあげるよ。それにそのマジックバッグも」

「え!」


 支度金の残りも金貨20枚はある。このバッグの価値も金貨50枚以上と聞いている。そんな大金もらう訳にはいかない。

 焦って返そうとするけれど、殿下は断固受け取らない。それどころか足を組んで俺をにっこり見下ろした。


「それとは別にマジックボックスに謝礼を詰めて帰りの馬車に積んだ。君以外は開けられないようにしているから、きっちりと受け取るように」

「いや、でもですね!」

「それともなにかい? 君は次期国王妃の命を救っておきながら、その命にこの程度の価値もないと言いたいのかな?」


 吹き荒れる冷気がいっそ恐ろしくて、俺はヒェッとなりながら「ありがとうございます」以外の返答を封じられた。


 けれどこれの使い道はどうしようか。考えていると不意に殿下の後ろにいるロイがビックリ顔をしているのに気づいた。


「ロイさん?」

「え!」

「どうしたんですか?」


 俺が声をかけたことで皆の視線がロイに集まる。その中で彼は見る間に顔を赤くして、少し俯き加減に目をそらしてしまった。


「あの、大した事では」

「?」

「ロイ、聞こえていたよね?」

「!」


 含みのある殿下の声と表情。それにビクリとして一歩引こうとしたロイの腕を彼は取って、その手に甲にキスをした。


「!」

「きゃっ」

「おぉ」


 星那の黄色い悲鳴にクナルのニヤリとした笑み。真っ赤になったロイを、殿下は熱っぽく見上げた。


「次期国王妃の命を、救ってもらったんだよ」

「あの、我が君ですが!」

「今更逃げられると思うのかい? それとも、私が諦めるとでも?」

「あの!」

「ロイ、君の事が好きだよ。君以外を妃に据えるなんて考えていない。僕の人生をかけて、君を幸せにしたいんだ。考えてくれるかな?」


 目の前で繰り広げられるドキドキの告白に星那は無言のまま俺の肩をバシバシ叩き、クナルもご機嫌な笑みを浮かべている。

 ロイは戸惑っているし、オロオロしているけれど多分嫌じゃなくて。殿下は真剣で幸せそうで、でも絶対に逃がさないという顔をしていて。


 俺は、いいなって思ってしまった。性別とか、そういうものに縛られずに好きだと思う相手と結ばれる事が出来る世界。それはとても素敵な事だって思える。

 この二人の幸せを、俺も影ながら願っている。


 大変だったけれど、終わりがこんな幸せな光景ならありだよね。


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