「ユー!」
『ホーリーランス!』
術者に向けた杖から放たれた光の槍が飛翔し、男を吹き飛ばす。祭壇の祭器は乱雑に床に転がったが壊れたりはしていない。
男はそのまま瓦礫のある地面に転がった。だが、まだ動ける。僅かに上体を起こそうとするその頭蓋を、怒り任せに掴み地面へと叩きつけて力を込めた。
「がぁ! があぁあぁあ!」
ギリギリと頭が締まるのだろう。ジタバタと体を暴れさせるが、それがなんだ。恐怖する術者を見下ろし、私は笑った。
「この程度の痛みが、なんだというのだ?」
「っ!」
「ロイは遙かに超える痛みと闘い、それでも負けずに耐えてみせた。それに比べれば優しいだろ?」
魔物の瘴気に耐え、傷の痛みに耐え、セナのおかげで乗り越えられそうだったのに、次は呪い。どれほどに苦しく辛かったか。並の者ではとっくに死んでいた。
「楽には殺さないが……そうだね、同じ苦しみをあげよう」
にっこり微笑んで、私は忍ばせておいた蛇精を取りだした。私の支配を受けたこいつは既に敵ではない。スルリと私の手首を降りてきて、男を睨み付けた。
「まっ、待て! 知っている情報を全て言う! だから!」
「お前等から出る言葉は全て嘘だ。本当の事を言えば自壊の呪いで死ぬからね。そうだろ? 邪神崇拝者」
「!」
深く被ったローブのその先で、男の目が見開かれ次にはギリリと奥歯を噛んだ。
邪神を崇拝する者達がいる。それは何時の世も一定数いるものだ。女神は偉大な救い主だが、全てを救えるわけではない。憐れにもこぼれ落ちた者の中には絶望し、堕ちる者がいる。
奴等は邪神による世界の破壊を望んでいる。そして各地で何かしらの異変を起こさせたり、要人の暗殺をしている。
今回、これほどの呪いを誰がかけたか考えたが、こいつらしか考えられなかった。
「女神の犬が……邪神様こそがこの世の救い主! 地上を支配する者共を駆逐し、浄化の後にこの地にっ!」
「あぁ、そんな妄言はどうでもいいんだ。私はお前等の主張なんてクソも興味がない。言いたいのはね」
片手で頭を締め付け、片手で男の顎を握る。バキリと音がして顎の骨が砕け、だらりと口が閉じなくなったのを見て、私は蛇精に命じた。
「私の大切な者に手を掛けた事を地獄の果てまで後悔しつつ、生きたまま腸喰われる痛みに踊りながら死ねってことだよ」
男の口から蛇精は中へと入り、命令に従い死に遠い所から食い荒らし始める。転がりのたうち血を吐きながら暴れる男を見下ろして、私はユリシーズの元へと向かった。
「なんとも惨い事です、殿下」
「私にここまでさせる者が悪いとは思わないかい? 大抵はいい王子だよ」
「ロイ殿が知ったら悲しまれますよ」
「っ! それを知られない為に少し距離を置いているんだよ」
幼少の頃から世話をしてくれているロイの私に対する認識は、どうも12~3歳から進んでいないように思う。だが実際は王太子となり宮中の黒さを知って、それに対して立ち回るうちにこっちまで黒くなった。今や倍も年の離れた官吏相手にバチバチの戦いをしているのだ。
だがこれを知られるのが少々怖い。幻滅されたり嫌われたりしたら……どうしよう、ひとまず旅に出たくなる。
「まぁ、ゆっくりとお話なさってください。王妃にと望むのなら、いつかは知られる事ですよ」
「……そうだな」
正直今回の事は応えた。思いを明確に伝えなければ彼には分かってもらえないと思っていたが先延ばしにしていた。そんな状態で死なれてしまっては後悔しかない。
失えないのだ、自分以上に。もう、彼しかいらないから。
「さっさと言えば、後は押し切るだけなのかな?」
「……ちゃんと手順を踏んで頂かなくてはなりませんよ? いきなり既成事実とか、止めてください」
「それも手だよね」
「殿下」
立場って、面倒臭いな。なんて思う瞬間だった。
場が少し静かになった。見れば男は虫の息だが、まだギリギリ生きている。
改めて祭器を確認したが、一つが壊れている。無事なのは今男を追い詰めている方だから、壊れたのはロイに憑いていたほうだ。
「何があって壊れたのでしょう」
「ここに答えはないだろうな。あるとしたら城だ」
トモマサが何かした可能性がある。セナも十分規格外の聖女ではあるが、想定外の奇跡を起こせる力はない。
「トモマサ殿ですかね」
「間違いなくね」
「恐ろしい方です。殿下、彼についてどのような判断をなさるおつもりですか?」
真剣な顔で問いかけてくるユリシーズは警戒しているのだろう。
私も多少考えていた。トモマサの力はでたらめすぎる。これが悪用されれば恐ろしい事が起こるだろうと。
だが……何故だろうな。平気だろうなって、思ってしまうのだ。
「能力について少し確かめたい事はあるけれどね。基本はあのままでいいと思う。むしろ余計な事をしたら此方が痛手を負うかもしれないよ」
「ですが」
「デレク叔父上もついているし、クナルがいる。あれが気に入っているんだから、簡単には手放さないよ。さて、それよりもだ……」
室内が完全に静かになった。
辺りを見回し、物色すると黒い装丁の本が一つ。邪神を崇拝する文言が書かれたその本に挟み込まれた紙に、それは書かれていた。
「黒の森か」
走り書きされたたった一つの地名。この国の、王都に近い深い森は昔から魔物の多く生息している場所。そしてここ最近、騒がしい場所だ。
「森の異変はこいつらのせいだった可能性があるな」
何をしかけたのかは分からないが、いい事ではないだろう。こうなれば四の五の言わずに調査団を結成したほうがいい。そのうえでセナに少しずつ浄化をお願いするのがいいだろう。
「まったく、やる事が多くて参るよ」
溜息と共にメモに保存の魔法をかけてユリシーズに預け、私は無事な祭器を破壊した。