サラダまで美味しく食べ終わったところで星那が合流して、今日の事が伝えられた。
殿下とユリシーズは蛇精の案内で術者を捕まえるらしい。心配だけれど二人は強いし、相手に警戒されない為にも少数のほうがいいらしい。
俺と星那、そしてクナルはロイの側についてお留守番。ロイの身に何かあった時の対応をお願いされた。
戦えない俺としてはちょっと安心したし、居てもお邪魔だから。
それぞれ動き出して、殿下は昼を少し前にこっそりと出ていった。
今はこんな事態だっていうのにのんびりとした午後の時間を過ごしている。
「それにしても、マサさんは色々な物を作るのですね」
昨日よりずっと顔色のいいロイはベッドに腰を下ろした状態で残っていたクッキーを食べている。ベッドの側に簡易テーブルを置いてのお茶会だ。
「ホントだよね。うちは和食中心の料理屋なのにパン焼いたりお菓子作ったり」
「バイトで教えてもらったから」
少し行儀悪くクッキーを食べている星那に笑って答えると、彼女は驚いたみたいに目を丸くした。
「バイトしてたの!」
「あぁ、うん。学校終わった後で知り合いから紹介された料理屋の厨房とか。臨時でパン屋の朝の仕込みとか行ってたけど」
「厨房の仕事って、何時まで」
「あ……0時くらい?」
「パン屋のバイト何時スタートよ!」
「午前3時……」
「それで6時には私達の朝ご飯作ったり洗濯したりしてたの!」
思い切り責められている。でも、パン屋は週に三回くらいだったし。洗濯なんかは母さんもしてたし。
「あんた、いつ寝てたんだ」
「え? えっと……合間に2時間とか」
「よし、生活改善だな。宿舎ではちゃんと寝ろ。あと食べろ」
「えぇ!」
「本当ですよ、マサさん。そのような生活を続けては体がボロボロになります。自分を労っていただかなくては」
「クナル、お兄ぃ任せた」
「おう、任せとけ」
妙なタッグが成立している。星那とクナルが俺をジト目で見て、ロイがクスクスと楽しそうに笑った。
「それにしても、本当に美味しいです。我が君も喜んでおりましたし」
「やらないぞ」
「流石にそのような事は致しませんが。クナル、少し心が狭いのでは?」
ロイが呆れ顔をしているが、クナルは俺の隣でやや威嚇している。いや、大丈夫だから落ち着いて。
「そうではなくて、可能なら教えて頂きたいなと思っただけなのです」
そう、ほんの少し恥ずかしそうに微笑んだロイは凄く可愛くて、幸せそうに見えた。これって、恋してるっていうのだろうか。
そういえばロイは次期王妃筆頭候補……というか、クナルの言い方だとほぼ確定なんだっけ。殿下の一方的なものかも? と思っていたけれど、この顔を見ると実は両思いなんだろうか。
「我が君はお忙しいですし、少しでも心の休まる時間が持てればと。僕ではそのあたり、あまりお役に立てないので」
「何言ってんだ? あんたが少し褒めたりすれば殿下はその気になって仕事するし、甘やかせば喜ぶだろ」
「え? そんな、まさか。僕はただの側近ですよ? それはまぁ、小さな頃からお側にいますので少しは親しいと思いますが、そのような事は」
あれ? えっと……これって。
「ルー様、苦労してるんだね」
「あ……ははぁ」
まさか、あれだけ態度に出てるのにそういう好意だとは受け取っていない?
「昔っからこうなんだよな、ロイは」
「まだ歩けない頃からお世話をさせて頂いているのです。良くて兄のようなものですよ」
「殿下が聞いたら泣くと思うぞ」
呆れ顔のクナルもそれ以上は言わない。全部をほんわかした空気で流したロイはさぞ強敵なのだろうな……と、殿下が可哀想になってきてしまった。
「あの、料理を教えるのは勿論構いませんよ」
「え? いいのですか?」
「はい。とはいえ、宿舎の家政夫なのでそこでだったら……」
お仕事もあるから難しいだろうか。
と思ったが、なんとロイは二つ返事でOKだった。
「勿論伺います!」
「でも、仕事とか」
「正直、側に付いている事くらいしか無いのです。政治的な意味での側近は他にもおりますので。最近では近衛騎士としてお側についているばかりで、会議では外されてしまいますし」
そう言うロイはどこか寂しそうな顔をする。これ、本当はもっと側にいたいとかなんじゃないかな?
「黒い話は聞かれたくないんだろうよ」
「あはは」
ぼそっと小さく言うクナルの言葉を否定できない。殿下って、そういう部分ある気がするんだよね。味方なら心強いけれど!
「なんにしても元気にならなきゃじゃない?」
「そうですね」
ふわっと微笑んだ人の幸せを、俺も心から願った。
その時、ふとロイを包むように黒い靄が足元から上がってきた。
「え?」
「あっ!」
本当に一瞬で飲み込むみたいに立ち上った黒煙にまかれて、ロイは胸を押さえて苦痛の声を漏らした。
「きゃ!」
「ロイ!」
小さく悲鳴を上げる星那に、焦って助け起こすクナル。その中でロイは小さく体を縮めて胸を押さえて苦しんでいる。
黒い靄を吸い込んで蛇精は力をつけている。苦しめているんじゃない、これは……。