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5-14 黒い陰謀(14)

 トマトはやっぱり皮が気になるらしいので湯むきして、適当な大きさにカットしていく。少し果肉感も欲しいから小さくしすぎない程度に。

 ロック鳥のもも肉は気持ち小さめの一口大。今回は具材としても大事だけれど、旨味を出すのに必要だ。

 米は軽くといでおく。現代の精米技術なら寧ろ洗う必要もないんだけれど、玄米だしね。少ししっかりめにといでおいた。

 これをザルに上げて少し水を切りつつ、オリーブオイルにスライスしたニンニクを投入して点火。油に香りを移したら取りだす。そのまま具材にしてもいいんだけれど、俺は少し気になるんだよね。


「油とニンニクの匂いは肉が食いたくなるな」

「あぁ、それは同感だ」


 バルとクナルが後ろで同意している。それも分かるよ。ステーキソースが焦げた匂いとか、本当に美味しそうだもんね。


 油に香りが移れば、そこにロック鳥を投入。軽く表面に焼き色を付けたらトマトも入れてしまう。加熱されて中のゼリー状の部分が溶け出し、果肉部分も柔らかくなってきたらザルに上げておいた米を投入する。


「そのコメってのは炒めるのかい?」

「炒めて使う時もあります。とにかく旨味を水分と一緒に吸うので、リゾットやピラフ、パエリアなどには生米のまま入れて炒めて、スープと一緒に煮込むんです」


 日本人としては炊きたい。ザッと見て土鍋が眠っているのも確認した。一緒に伝わったんだろうが、これも使い方がわからなかったと見える。後で洗っておこう。


 米が油とトマトから出た水分を纏い僅かに赤っぽくなってきた。

 これに水と塩少々投入し、一度煮立たせる。煮立った所でヘラで底の部分を一度擦るようにしたら火を弱めて、あとは放置だ。


「よし、後は20分くらい放置」

「そんなんで出来るのか? かき混ぜたりは?」

「米は粘りがあるので、かき混ぜすぎると逆にドロドロになるんです。だから今回はあえて放置で」


 そういうのが好きな人もいるとは思うけれどね。今回はサラッと食べられるように。


 これに果物を添えたサラダを作ると、クナルが「俺はいらない」と辞退した。相変わらず野菜は苦手みたいで、バルが笑うから赤い顔でムッとしてしまった。


 その間にもクツクツ煮える鍋の中からいい匂いがする。ニンニクとトマト、そして肉の相性の良さを思わせるものだ。

 徐々に米が水分を吸い込んで膨らんできている。

 ほんの少し表面をスプーンでかき回してみたら、まだ少し固いみたいだ。


「なぁ、これって昨日の海鮮なんかでも出来るのか?」

「美味しいと思います! 海老とかの殻から出汁を取って、玉ねぎとかと」

「海老の殻? どうやる」

「一度綺麗に身をこそぎ取って洗って、フライパンなんかで焦げないように炒ってください。十分加熱されたものを鍋に移して水を注いで弱火にかければ旨味が出ます」

「なるほどな」


 バルが頷いている間に鍋も良い感じだ。再度スプーンで触れた感触も悪くない。少量をすくい、小皿に移して味見をすると食べやすくもっちり炊けた米の弾力と、ほんのりとした甘みを感じた。

 やっぱり俺、日本人だったな。米、美味いよ。白米とはまた少し違うけれどこれはこれで美味い。


「うぉ! こう……モチモチした感じで美味いな」

「スープがよく染みこんでる」


 試食を出していた二人は初めての食感らしく、それも楽しんでいる。何にしても気に入ってくれたようだ。


 そうこうしている間に執事さんが来て、俺を見て心配してくれた。なのに朝食を作っていたから少し怒られてしまった。

 とはいえ早めの朝食が出来上がっているのは良いらしく、盛り付けなどを頼まれて人数分をとりわけ、余った分は厨房の人の賄いにしてもらった。


 朝食を持って殿下の部屋に行くと軽く着替えた殿下とまだ眠そうなユリシーズがいて、微妙な顔で挨拶をされた。


「具合は本当にいいのかい?」

「はい、殿下。寧ろ沢山寝たので良好です」

「案外逞しいんだね。普通、蛇精に噛まれたなんてかなりショッキングだよ? 呪いを受けたかも! って卒倒する人だっているし、責められないよ」

「あ……」


 そっか……そうだよな。恐ろしい呪いをかけているものに噛まれたんだから、そうなるんだけど……考えてなかった。


「マサの事だから、そこまで考えてなかったんだろ」

「うっ!」

「ははっ、大物だな」


 クナルの指摘にぐうの音も出ない俺を見て、殿下がカラカラと笑った。


 とはいえ食事となり隣室に行くと、既に起き上がっているロイが俺を見てぱっと表情を明るくした。


「マサさん、おはようございます。怪我の具合はどうですか?」

「え? あぁ、はい! 平気です。元気です」

「それはよかった」


 本当に心からほっとした様子のロイはこうして見るともの凄く美人だ。

 眠っている時の顔立ちも端正で凄く美人だと思ったけれど、目が開いて話をすると更に優しげな様子も加わっておっとりお兄さんという感じがする。

 正直、こういう人を初恋泥棒っていうんだろうなって思ってしまった。


「貴方とセナさんには、本当に感謝をしてもし足りないくらいです。今はまだ本調子ではありませんが、回復したらなんなりとお役に立ちます」

「そんな! 既に皆さんにとても良くしてもらっていますので」


 加えてもの凄く生真面目なのかもしれない。真摯な表情と声音に俺は笑ってこの申し出を辞退した。


「さて、その辺にして食事にしよう。今日も美味しそうだ」


 運ばれた料理が気になるのか、殿下がクローシュをちょっと開けている。笑って、それぞれが席についた。ロイも手が自由になって自分で食べられるそうで、ゆっくりとテーブルについて一緒に食事をする事になった。


「んぅ!」


 一口食べたユリシーズが目を丸くして、忙しく手を動かしている。気に入ったようだった。


「なんというか、朝には嬉しい食事だ」

「はい。この穀物が米なんですね」

「はい」


 殿下とロイも物珍しそうに食べているが、自然と手は動いている。

 そこにチーズをすりおろしたものと黒コショウを出したら、真っ先にユリシーズが取って行って残りに掛けて食べ始めた。


「チーズが美味しい。黒コショウで味が引き締まって更に」

「味変ですね」

「また罪なものを作るものだね」


 ちなみに寝坊した星那の分は部屋に運ばれたという。


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