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5-13 黒い陰謀(13)

▼ルートヴィヒ


 ロイの容態は驚く程に安定した。無事に声も出せるようになり、腕なども動くという。これもトモマサとセナのおかげだ。

 だが、問題はまだ解決していない。

 捕獲器の中に収まった蛇精は今は落ち着いている。支配の鎖を巻くことが出来れば此方の意のままだ。


「それにしても、本当に呪いかよ」


 事態を知らせ、デレク叔父上に来てもらった。現在は瓶の中の蛇精を物珍しそうに見ている。


「術者に依頼した者を捕らえます。叔父上、協力してくださいますか?」

「そりゃ勿論だ。それにしても初日から動いたな」

「トモマサのおかげです」


 とはいえ、彼の固有スキルは曖昧すぎる事と強力な事で油断できない。私の固有スキル『支配者』よりも強い可能性がある。

 目を合わせた者、触れた者が私よりも魔力が低ければ行動、言動を支配する事ができる。蛇精を現在意のままに出来るのはこれだ。

 条件が色々と面倒だし、こんなものを多用しては歪みが生まれる。だからこそ使う事がほぼないが、必要時には出し惜しみもしない。


 これですら強すぎて使いどころを考えるというのに、トモマサの固有スキルはもっとでたらめだ。祈る事でその事象を起こすことが出来る。これがどの程度なのか、知る必要があるだろう。


 それでも悪い事にはならないと思えるのは、彼の人間性なのだろう。困ってしまうくらいお人好しだ。

 もしも女神が人柄を選んでスキルを与えているのなら、女神の信頼を勝ち取った彼はド級の善人だろうな。


 今彼は部屋で深く眠っている。側に付いていたクナルの報告では、容態は安定しているそう。熱も引き、腕の腫れも治まった事に此方も安堵だ。

 何せこの事態にロイは酷く落ち込み、セナはしばし泣きっぱなしでどうにもならなかった。


「さて、大捕物か。速い方がいいな」

「えぇ、勿論。ロイを呪うよう依頼した者はロイの一部を手に入れる事ができた者。今回は血液である可能性が高いかな。血の付いた服とか」


 彼が負傷した時、周囲への警戒が一時的にザルになった。命を繋ぐために人の出入りも多かったから、その辺りから流出した可能性もある。

 もしくはそれとなく紛れて此方の目を盗んで使用済みの包帯などを奪ったか。なんにしてもこの奥院に協力者がいるだろう。探させる。だが……。


「まずは術者を始末するのが先です。祭器を破壊しなければ安心できません」


 厳しい様子のユリシーズに私も頷く。それにも理由がある。

 現在、脇腹に巣くっていた蛇精は取り除いた。だがまだ胸に埋まっているという蛇精はそのまま。下手に刺激すればロイの命はない。

 此方が蛇精を1匹確保した事が術者に知れれば一気に殺しに掛かる可能性もある。その前に確保し、祭器を始末する。

 そして術者の隠れ家を漁り依頼主を確定させ、叔父上に取り押さえてもらう。そういう手はずだ。


「明日か?」

「その予定で。術者の方は私とユリシーズに。依頼主の確保は第二騎士団に。セナ、トモマサはロイについてもらい留守番。護衛にクナルを」

「了解だ」


 さて、大一番。

 必ずこの愚か者共を引きずり出し、命あることに絶望するほどの苦痛を味わわせてくれる。



▼智雅


 目が覚めた時、部屋の中は薄らと暗かった。


 室内を見回したらソファーでクナルが寝ていて、俺は驚きと同時に申し訳ない気持ちになってしまった。

 昨日の事はギリギリ覚えている。だからこそ最初、もの凄く慎重だった。噛まれた手が動くかが一番心配だったけれど、無事だった。手をにぎにぎして、力もちゃんと入るのを確認してゆっくり起き上がるとクナルの白い耳が動く。そして、閉じられていた薄青い目が俺の方を見た。


「起きたのか」

「うん」

「おはよう」

「あっ、おはよう」


 大きな手が伸びてきて、俺の頭に触れる。髪を撫でて整えてくれている感じだ。


「よく寝てたな」

「そうみたい。あの、今何時?」

「翌日の午前五時ってところか」

「……へ?」


 いや、待って。翌日? 寝かされたのって夕方だったよね? そんなに寝倒したの!

 驚きを通り越して既に怖い。俺、こんなに寝られないよ普段。


「疲れてたんだろ」

「いや、でもね」

「それに、体に負担もあったんだろうさ。いくら状態異常を消して回復かけても削られた体力や血液、気力なんてのはそう簡単に回復はしない。慣れない事も多かったんだ、いいんだよ」

「……うん」


 そういうものなんだろうか。昨日のあれは体調不良みたいなものでいいのかな?


 とはいえ、こんなにしっかり寝たら今は元気。むしろツヤツヤな感じがする。同時にもの凄くお腹が空いた。

 か細く鳴いた俺の腹の虫を聞いて、クナルが声を殺しているのに絶対爆笑しているのが分かる。途端に恥ずかしくなった俺は手早く支度をして厨房に向かう事にした。


 厨房に行くと料理長のバルが準備をしていて、俺を見て目をまん丸にした。


「マサ、もういいのか」

「はい。すみません、ご迷惑をおかけして」

「何言ってんだ、迷惑なんざかかってない。それよか、自分大事にだぞ」

「はい」


 昨日知り合ったばかりなのに、気遣いの声をかけてくれるなんて。この世界で俺が出会う人はこういう優しい人が多いのが嬉しい。


「んで、今日は何作るんだ?」


 でも基本料理人って、グエンタイプが多いのも事実だなって、バルのワクワクした顔を見て思った。


 気を取り直して朝食だけれど、腹にしっかり溜まりつつ食べやすいものがいい。考えて、昨日使えなかった米を使いたいと考える。


「ねぇクナル、昨日あの後ロイさんはどんな様子だったの?」

「嘘みたいに回復し始めたぜ。意識もあるし体も起こせて手も動く。話せるしな」

「食事はどうかな?」

「重たい肉なんかは避けるよう指示がきたけど、食えてたぜ」


 俺に代わって夕飯を作ったバルが教えてくれた。

 そうなると、あれならすんなり食べられるかな?


 マジックボックスから取りだしたのは米とトマトとニンニク。そして俺のカバンからロック鳥のもも肉とチーズだ。


「何を作るんだ?」

「トマトと鶏肉のスープリゾット。食欲がなくてもこれなら入っていくし、米は腹持ちがいいからね」

「面白そうだ。見学してもいいかい」

「どうぞ」


 さて、そうなるとまずは調理だ。



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