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5-12 黒い陰謀(12)

 呆然としている殿下はハッとして、俺の手を引いてロイの側へと近づく。その目は僅かな希望を宿していた。


「トモマサ、どのように見える?」

「えっと……蛇が2匹、絡んでいます。1匹は脇腹の傷に……多分頭を突っ込んでいて、上半身に巻き付いて首を絞めている感じです」


 改めて見てもエグい光景だ。真っ黒く光る鱗の蛇が巻き付いているんだから。

 でも星那の浄化魔法と、一応俺の料理? が仕事をしているみたいで今は動きが鈍い。


「だから上半身が動かなくて、声が出ないのか。今はどんな様子だい?」

「多分星那の魔法で痺れてる? 動きが鈍くて力があまり入っていない感じで緩んでいます」

「声が僅かでも出たのはそれか。もう1匹はどういう状態だい?」

「背中から出ていて、頭は左胸に埋まっています」

「……分かった」


 何か手が打てるみたいだ。

 殿下は頷き、ユリシーズは出ていく。その間に殿下の方から説明された。


「脇腹から出ているという蛇精を切り離し、捕獲する」


 簡単に言うとそういうことのようだが、クナルは難しい顔をする。言う程簡単な事じゃないようだ。


「呪いを無理矢理引き離せばロイが苦しむんじゃないのか。最悪死ぬ事もあると聞くが」

「そうだね」

「!」


 死ぬほど苦しむ。この説明にロイは僅かに震えた。でも、不自由な手をグッと握った。


「話を聞く限り、蛇精はロイの腹に食いついて魔力や命を吸い上げている。そこを無理矢理引き離すんだ、当然苦しむ。だが、これが出来れば蛇精が祭器に戻る習性を利用して術者や祭器を辿れる」


 ロイの髪を殿下が撫でて、申し訳無く笑う。許しを請うように。それにロイは頷いた。とても強い目で。


「まずは逃亡を抑える為に広域結界を張る。星那は脇腹の傷に向かって全力で浄化魔法を掛けて欲しい。蛇精を引き剥がす感じで」

「了解」

「トモマサ、君には引き剥がされた蛇精の居場所を教えてもらいたい。そこからは私が捕らえ、捕獲器に移す」

「……わかりました」


 見えているのは俺だけ。これは俺にしかできない事だ。

 腹に力を込めて自分を励ましている間に、ユリシーズが何かを持ってくる。銀板に魔法陣を刻んだ物を入れた瓶で、コルクで栓をするようだ。


 全員が頷き、厳重にドアを閉める。その部屋全体にユリシーズが魔法で封印をした後、ロイのいるベッド脇に立って杖でドンと床を突いた。


『ホーリーサークル』


 キラキラした光が床から円形に広がって空気が綺麗になるのを感じる。

 物珍しくそれを見回していると星那がベッド脇の椅子に座り、傷口の上に手を置いた。


『ピュリフィケーション!』


 さっきよりもずっと強い金色の光が脇腹の傷一点に向かっていく。

 だがその直後ロイは激しく痛がり身を捩り悲鳴を上げた。


「ロイ!」


 クナルがロイの体を強くベッドに押しとどめるが、それでも痛みにもがき息が乱れていく。ジワリと脇腹部分の服に血が滲んで、咳き込むとそこに赤いものが混じってしまう。


「あ……」


 見ているだけで苦しくて、何かできないかと思って手を伸ばすも届く前に尻込みして。こんな時、動けない自分が情けない。


「さっさと出てけ!」


 星那の手元が更に光った瞬間、暴れ回っていた蛇がパッと傷口から離れて獰猛な頭を上げた。

 刺さりそうな頭部は口元にかけて鋭い三角形で、牙は細く長い。目は血のように赤かった。

 そんなものが真っ先に口を開き襲いかかったのが、側にいた星那だった。


「あ!」


 本当に咄嗟だった。このままじゃ蛇が星那を襲う。噛まれてしまう。思ったら何も考えずに腕が出てしまっていた。

 鋭い牙が俺の腕を深く根元まで噛む。その痛みは熱くて、一瞬で痺れて頭の中がグラグラした。


「お兄ぃ!」

「っ!」


 腕を庇いながら倒れた俺をクナルが支え、星那は悲鳴を上げた。

 でもその声が、手の熱さが僅かに俺の意識を繋いでいる。痛くて苦しくて痺れているけれど、無事な方の手でどうにか首を捕まえた。


「ここ、です! ここに頭があって」


 伝えないと、声が出る間に。気絶したら伝えられない。

 脂汗がじっとり体を濡らしていく。そして首根っこを掴む俺の手に殿下が触れた。


支配者の声カーストコマンド


 魔法みたいな、不思議な声だ。直後殿下の手から鎖が出てきて、蛇の首にしっかりと巻き付いていく。凶暴に光っていた赤い目から禍々しさが消えて、しばらくしたら俺の腕から離れた。


「マサ!」

「治療を! ユリシーズ、捕獲器を頼む」


 俺を抱えるクナルが傷口を強く圧迫してくれる。その間に殿下は瓶の中に蛇を入れて、コルクで栓をして鎖をかけた。すると瓶の中で蛇が小さくなって、よりしっかりと見る事が出来るようになった。


 ほっとした。途端に痛みが酷くなっていく。呻く間にパンパンに腫れていく感じがして、目の前もグラグラする。それになんだか、熱っぽい。


「お兄ぃ!」

「あぁ、うん。星那、先にロイさん」


 フラフラだけれど俺のはまだ噛まれただけ。いつの間にか血が出てるけれど、ロイに比べたら少しだ。


 涙目の星那がまずはロイの傷を治していく。見えた傷は爪痕みたいなのが三本、どれも深い。その全部から黒っぽい血が出ていた。


『ヒール!』


 キラキラの光が傷を覆っていくとまず血の色が赤くなって、次に裂けた部分がくっついていく。その後は皮膚が再生されて、跡もなく綺麗に塞がった。

 これが回復魔法なんだ。こんな凄い魔法が使えるなんて、星那は凄いな。


『アンチドート』


 ぼんやり見ているとユリシーズが側にいて、俺の傷に何か魔法をかけていく。水みたいなものに傷口が覆われて、そこから紫色の何かが吸い出された。


「無茶が過ぎます、トモマサ殿」

「あ……ごめんなさい」


 厳しい声で怒られて、素直に謝った。クナルを含めて凄く心配されたのを感じる。

 ロイの傷を回復させた星那が直ぐにきて、浄化と回復をかけてくれて俺の傷は塞がったけれど、立ち上がったら貧血みたいになってフラフラで、結局クナルが支えてくれないと居られなかった。


「トモマサ、今日はもういいから寝なさい」

「でも、夕飯……」

「そんな怪我をして食事の心配をしなくていいから!」


 殿下まで驚き俺を休ませようとする。でも、それだと俺の意味って。

 なんて思っている間に俺の足は床から離れていた。


「へ?」

「あんたは休みだ」


 いつの間にかクナルに横抱きにされていた俺はぼんやり彼を見上げている。厳しくなる眉とか、怒っている雰囲気とかを感じてしまう。

 途端、悲しくて苦しい感じがした。そして、必死に謝らなきゃという気持ちが込み上げるけれど言葉にならない。ワタワタしている間に運ばれて廊下に。

 逞しい腕は俺を抱えても危なげなくて、寧ろ安心する。胸元に引き寄せるようにされているから、体温を感じる。温かくて、落ち着いてくる。心臓の音も聞こえてきた。


 割り当てられた部屋に戻って寝かされた俺の側にクナルが付く。椅子に座って、汗ばむ俺の頭を撫でて、苦しそうな顔をした。


「クナル」

「……悪かった」

「え? なんで?」


 怒られる事をしたのは俺だ。咄嗟とはいえ、危険な事をしたんだから。

 でもクナルは苦しい顔をしたまま。手に力も入っているし、歯を食いしばっている。


「お前を守るのが俺なのに、守ってやれなかった」


 その言葉に、俺はドキリとした。

 実感がなかった。クナルは護衛で、俺はそれを受け入れていたけれど実際はそんな危険ないだろうって思っていたし、親しくなった人がいてくれる安心感を一番に感じていた。でもそうじゃない。クナルは間違いなく俺の護衛で、危険な時には守るのが仕事なんだ。

 これはクナル的に、仕事に失敗したのと同じなのかもしれない。俺が悪いのに。


「ごめん、クナル。あの、俺が悪いから」


 クナルの落ち度じゃない。そう言いたかった俺を見るクナルの目は、真剣で強くて、悲しげだった。


「どんな状況でも、あんたを守るのが俺なんだよ。あんたが苦しんだり、痛い思いをしないようにしたいと俺が思ってるんだ。それが出来なかったんだ、俺が悪い」


 不意に胸が苦しくなる。それはジワッと広がって、ギュッと胸元を握った。


 大きな手が頭を撫でる。これにほっとしていると、ゆっくり眠くなってくる。


「側にいるから、寝てくれ。今度こそ守るから」


 優しい声がする。ゆるゆる瞼が重くなる俺は頷いて、次には本当に眠ってしまった。



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